第58話 元S級ハンター、騎士団長と戦う
俺とヴァナレンは向かい合う。
いつの間にか騎士団員が集まっていて、円状の人垣を作り声援を送っていた。
「騎士団長!」
「頑張って下さい、騎士団長!!」
「ヴァナレン様、頑張って!」
野太い声と黄色い声が交じる。
「あの人、騎士団長なの……」
パメラは驚きを隠せない。
すると、俺の方に振り返った。
「ゼレット、大丈夫なの? 結構強そうよ。地位だって……」
「パメラ、俺を誰だと思ってる? S級ハンターだ。あいつよりも大きな魔物と、強大な魔力を有した魔物を何匹も倒している。問題ない」
「そうだといいんだけど……」
「ふーん。君、パメラというのか。なかなかいい名前だね」
ヴァナレンは白い歯を見せて笑う。
「ところで何をコソコソ話してるんだ? それとも今になって怖じ気づいたのかな?」
「そんな訳ないだろ」
「よし。じゃあ、アネット……。審判を頼むよ」
「あ、あの~、ヴァナレン様。どういうおつもりか知りませんが、お止めに――――」
「聞こえなかったか、アネット。審判を頼む」
「…………はい」
最後にはアネットも折れた。
俺とヴァナレンの真ん中に立つと、手を上げる。
「はじめ!!」
俺は小型の砲剣を取りだし、構える。弾を装填し、レバーを引いた。もう何万回と行った動作だ。
最適化に最適化を繰り返し、そのための筋肉を整えた。
1秒とかからず、ヴァナレンの眉間に照準を合わせる。
「遅い!!」
ヴァナレンは声を上げた。
その時には、2本の矢が同時に放たれていた。
真っ直ぐ俺の方に向かってくる。
銃把を引くことを中止し、俺は迫ってくる矢を回避することに注力する。
ギリギリでかわしつつ、ヴァナレンに踏み込む。奴を絶対に仕留める距離へと迫る――――。
――――つもりだった。
ヴァナレンの矢がすでに弓弦を引いて、俺が踏み込んでくるのを待っていた。
その矢尻の先は確実に俺を狙っている。
「速い!」
瞠目したのは、アネットだ。
おそらく戦いの素人であるパメラでは、ヴァナレンが何をやったかわかっていないだろう。
横を見ると、ただ息を飲むだけだった。
ヴァナレンが凄いのは、砲剣に負けないクイックシューティングができることではない。
その都度、弓弦を目一杯引いた弓と矢を用意することができる技術だ。
「さあ、今度はどう躱す?」
ヴァナレンは口角を上げる。
直後、俺に挑戦状を送りつけるように矢を放った。それもわずかに時差を付けてだ。1本目で退路を断ち、2本目で仕留める。
まるで森で獲物を狙う弓さばきだ。
俺は立ち止まらない。
落ち着いて向かってくる矢に向かって、照準を付けた。
ドドンッ!!
砲声が鳴り響く。
2つの矢は弾かれた。
「すごい! 迫ってくる矢をはじき返すなんて」
常人ならできない。
だが、俺は常人ではない。
ついにヴァナレンとの距離は、残り4歩と迫る。すでに必殺の距離だ。如何にヴァナレンが素早く動こうとも、砲剣の弾速から逃れることはほぼ不可能である。
「終わりだ」
俺は砲剣を向け、銃把にかけた指に力を込めた。
「そいつは、どうかな?」
ヴァナレンは弓を捨てる。俺を待ち構えると、グローブをした手を掲げ、指を弾いた。
パチッ!!
その瞬間、炎が俺の目の前で燃え上がる。
渦を巻いて、俺の行く手を阻んだ。
さすがの俺も、一旦身を引かざる得ない。小型の砲身を握ったまま、目の前のヴァナレンを睨む。
「弓と矢を一瞬にして精製した魔法――あれは金属性だな」
「ああ。そうだとも」
「だが、先ほどの炎は炎属性魔法だった」
ヴァナレンはニヤリと笑った。
対照的に身を竦ませたのは、戦いを見守っていたパメラだった。
「ヴァナレンさんが、2つの属性を持っているということ? それって…………」
……ゼレットと一緒じゃ。
そう。俺にも2つの『魔法』が宿っている。
つまり『火』と『雷』である。
それは世界的にも希有な例であることは間違いないが、どうやら目の前にいる男もまた、神から奇跡中の奇跡を受けたエルフのようだ。
少なくともパメラには、そう見えただろう。
「驚くのは速いよ。こういうこともできる」
その瞬間、ヴァナレンの手にあったのは水だった。それを俺に向けて放つ。
攻撃性はない。俺の足下にかかった。
「水? 水属性も??」
「驚くのは早いよ、パメラちゃん」
そして、ヴァナレンの手を擦り上げる。
それを大きく開くと、現れたのは雷だった。
「嘘!」
パメラの声は悲鳴じみていた。
金、火、水、さらに雷……。
実に4つの属性を、俺たちの前で披露したことになる。それもたった1人の手によってだ。
「これは躱せないだろ、ゼレット!」
ヴァナレンは雷を放つ。
それでも俺は回避を試みるが、足が動かない。
見ると、足下が凍っていた。先ほどヴァナレンが放った水が一瞬にして氷となり、俺の足を凍らせていたのだ。
つまり、相手の術中にはまったということになる。
「ふん。見事だな、ヴァナレン」
「お褒めいただきありがとう。だが、その言葉をもう少し早く聞きたかったものだね」
さらばだ、神に逆らう者よ……。
ヴァナレンの死刑宣告が響く。
パメラが悲鳴を上げ、アネットが息を飲んだ。
ああ。見事だ、ヴァナレン。
「だが、とっくに詰んでいるのはお前の方だがな」
「何??」
その瞬間、ヴァナレンの胸元が光った。
鎧に1発の弾丸がめり込んでいる。それに気付いたヴァナレンはようやく悟った。
「まさか――――矢を叩き落とした時……」
「そうだ。俺は2発撃ったんじゃない……」
すでに3発目を撃っていたんだよ……。
「しまっ!」
ぎゃああああああああああああああ!!
ヴァナレンの絶叫が響く。
その瞬間、俺に目がけて迫っていた雷が霧散した。
代わりにヴァナレンが、俺の雷弾の餌食となる。
意識を刈られたヴァナレンは、そのまま砂楼のように崩れ去るのだった。
次回の更新で書籍のタイトルに変更することを予定しております。
『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』というタイトルになるので、お間違いないようにお願いします。







