第55話 元S級ハンター、気持ち良くなる
『きゅるるる……』
引き続き搾乳していたキュールが、突然叫ぶ。
俺とパメラは同時に振り返った。
「スターダストオークスが……」
俺の目には何か細かな砂の粒のようなものが流れていた。
それにいつの間にか、洞穴内が光に満たされている。『星屑ミルク』の光のせいもあるのだろう。
しかし、青かった洞穴が、陽光が差す何か絵画めいた空間に見えた理由は、スターダストオークスが光を食べることをやめたからだろう。
その考察に行き当たり、俺はようやくスターダストオークスの死期を悟る。
直後、薄い硝子が割れたような音がした。地面に弾けると、そのまま空気の中に溶けるように消えていく。スターダストオークスを最期まで支え続けてきた足が壊れる音だった。
俺たちは何もしていない。
おそらくとっくに限界だったのだろう。俺たちがここに来なくても、スターダストオークスは、消滅する運命だったのだ。
横を見ると、パメラは大泣きしていた。
スターダストオークスの姿がはっきりと霊視できる幼馴染みは、どんな光景を見たのだろうか。
牛よりも一回り大きな魔物が、まるで砂塵のように消えていくのを見つめているのだろうか。
俺からはただただ目の前のかすかな光の灯火が、消えていったようにしか見えない。
それはやがて小さくなり、蝋燭ほどの明かりとなって、天井へと向かう。
そして弾けた。
俺の目の前にあった強い存在感が消えるのを感じる。
パメラは目元を拭いつつ、告げた。
「スターダストオークスが消えたわ」
「そのようだな」
こう言っていいのかわからないが、俺たちは運が良かった。
スターダストオークスの最期に、『星屑ミルク』を手に入れることができたのだ。そしてスターダストオークスが動けない状態でなければ、俺たちは『星屑ミルク』を手に入れることはできなかっただろう。
死期を前にして、ようやく手に入れることができる食材……。
もしかしたら、1億グラでも全然安いかもしれないな。
パメラは手を合わせる。
それを見て、俺も倣った。
スターダストオークスの最期のミルク。せめておいしく食べてやろう。それがせめてもの手向けだ。
受け皿の『星屑ミルク』を硝子瓶に移す。最期とは思えないほど、スターダストオークスは生乳を出してくれた。
以前、ラフィナが催した試食会規模ぐらいの分は十分あるだろう。
用意が調ったところで、俺たちは洞穴の方へと戻る。
「――――ッ!」
金属が激しく打ち鳴らされるような音が、かすかに俺の耳に入ってきた。
すぐさま振り返る。
おそらく剣戟の音だ。
パメラにも聞こえたのだろう。胸の前に手を置いて、竦み上がっている。
「パメラはここで待っててくれ」
「う、うん。ゼレット、気を付けてね」
「ああ。キュール、パメラを頼むぞ」
『きゅるるる!』
任せろ、とキュールは元気よく返事する。
俺は来た道を戻った
コートから砲剣を取りだし、発射態勢を整え、洞穴を飛び出した。
ぐるりと前転し、周囲の状況を確認する。
『ワァウ!!』
リルが魔物たちを吹き飛ばす。
その周りで、カルネリア王国の騎士団も奮闘していた。
「ぽいっ!」
プリムは魔物を掴み、明後日の方向へと投げ飛ばす。
見たところ、全員スターダストオークスの幻覚魔法から解かれたのだろう。
正気を取り戻した瞬間、いきなり魔物とそれ以外で別れて、戦い始めたといったところか。
「ししょー! 何やってんだよ! 手伝ってよー。あと、この人たち邪魔!」
『ワァウ!!』
プリムは師匠と再会するなり、不平を漏らす。バカ弟子はともかく、リルも戦いづらそうだ。
周りに騎士団がいるからだな。プリムとリルが本気で戦うと、騎士団を巻き込みかねない。
「我々が邪魔とはどういうことだ、小娘!!」
猛り散らしたのは、あの女副長アネットだった。細剣を振るい、迫ってきたグレイハウンドの眉間を貫く。
直近の脅威を排除すると、鋭い眼光をこちらに飛ばした。
「貴様ら、民間人だろう。ここは我ら騎士団に任せて、その洞穴に引け!」
正気に戻ったというのに、まだ俺をゼレット・ヴィンターだと認識できていないらしい。
どうやら、かなりの天然のようだ。
「プリム、リル……。お前たちは一旦退け」
「ええ……」
『ワァウ!』
「ふん。ようやく身の程を知ったか」
アネットは腕を組み、偉そうに顎を上げた。
ゴンッ!
その自尊心を撃ち抜くような重い音が響き渡る。
俺がコートから取り出したのは、砲剣だ。ただの砲剣ではない。長柄の砲剣とは違って、こっちは短い。片手でも扱えるぐらいの大きさだった。
それが二丁……。
それぞれ片手で持ち、魔物たちが群がる方に向けた。
「アネット、それにカルネリア騎士団……」
「ん? なんだ」
「忠告だ。その場を動くな」
銃把を引く。
ドドドドドドドドドドドドドッッッ!!
けたたましい銃声が、静かなエトワフの森に響き渡った。
何十発という魔法弾が魔物たちの命を無遠慮に刈り取っていく。
しかも、すべての弾が木々や騎士たちをすり抜けていく。俺は適当に撃っているように見えて、これでも狙いを付けているのだ。
魔物の数は、約70体。
余裕で掃討できる。
俺は弾倉を落とし、新たな魔法弾を装填する。
ちなみにこの砲剣は連射専用の砲剣だ。威力こそ長柄の砲剣より弱いが、Bランク以下ぐらいならこれで楽に殺せる。
弾丸も魔法との相性がいい魔法銀ではなく、単なる鉄製だ。
だから、コストも安い(重要)。
今回の依頼は1億グラだ。
これぐらい大盤振る舞いしてやろう。といっても、経費とやらで落ちるらしいから、気兼ねなく撃てるのだが……。
1度やってみたかったのだ。
用意していた弾を、全弾発射するという狙撃手のロマンを……。
シュ~~。
そして俺の望みは叶う。
静かに砲身の先から白い煙がたなびき、銃把の部分まで熱くなっていた。
こんなに砲剣を振るったのは初めてだ。
ハンターギルドにいる頃は、1発撃つのにも、経費計算をしていたからな。
落ちた薬莢が金貨に見えた時は、さすがに病院に行った方がいいかなって思ったほどだ。
砲剣のうなり声は止み、ついにエトワフの森は静かになる。
魔物の生の気配はなく、戦意喪失してしまった魔物たちは、我先と逃げ出してしまった。
俺はこみ上げてきた感情を、そのまま吐露する。
「はあ~。気持ち良かった」
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