第54話 元S級ハンター、感謝を伝える
星だ。
スターダストオークスの乳首から湧き出てきたのは、まさに星屑だった。
それまで青の世界に染まっていた空間が、眩い世界に包まれる。目が眩むような光にも、俺たちはスターダストオークスから出てくるその綺麗なミルクから目を離せなかった。
キュールが力を入れる度に、きめ細かな絹生地のようなミルクが、受け皿に注がれていく。
通常、搾乳時においてもっと勢いよく乳が出るイメージだが、スターダストオークスは違う。
まるで雄大な大河の流れを思わせるようにゆったりとしてミルクは流れ、受け皿に溜まった生乳たちは、まるで空に渦巻く星の雲を思わせた。
ごくり……。
思わず唾を呑む。
それは俺だけではない。横で眺めていたパメラの喉もまた動くのが見えた。
三つ首ワイバーン。
リヴァイアサンの卵。
そうだ。あの時と一緒だ。いや、あの瞬間以上に、食指が伸びようとしている。そしてそれは腹の中から沸き上がり、たった一言に集約されてしまった。
「「おいしそう……」」
偶然にもパメラと言葉が重なる。
お互い見合わせ「えっ?」という意外そうな顔まで一緒だった。
「ふふ……。ゼレット、最近ちょっと食いしん坊になってきたんじゃない? なんかプリムさんと似てきた」
「あのバカ弟子と一緒にするな。心外だ」
仕方がない。
今、目の前で眩い光を放っているのは、普通の生乳ではない。天の川のように流れる『星屑ミルク』なのだ。
飲んでみたい、というのは普通の欲だろう。
受け皿がいっぱいになると、一旦あらかじめ準備しておいた硝子瓶に漏斗を使って、注ぐ。硝子瓶に入れると、まるで星の欠片を集めたようだった。
「綺麗……。ずっと見てられるわ」
パメラがうっとりと眺める。
「飲みたいんじゃなかったのか?」
「もう! ゼレット! 情緒ってものないの? あんたには?」
「じゃあ、飲まないのか?」
「…………飲む」
パメラは顔を背けつつ、認めた。
耳の先まで真っ赤だ。
火属性魔法で軽く煮沸消毒し、いよいよ俺たちは絞りたての『星屑ミルク』を味わう。
依頼主や、ここまで来られなかった者たちには申し訳ないが、これが食材提供者に与えられた特権なのだから仕方ない。
「「いただきます!!」」
俺たちは手を腰に当て、やや胸を反り、コップに入れた『星屑ミルク』を飲む。
喉を動かした。
ごきゅ……。
ごきゅ……。
ごきゅ……。
ごきゅ……。
「「ぷはぁぁぁあああああああああ!!」」
うまい……!
もうちょっと味わいたかったのに、いつの間にか一気に飲んでしまった。
喉越しが最高すぎる。もっとドロッとしたイメージを持っていたが、全くの逆だ。サラサラとまさに清らかな水を飲むように、喉の奥へと駆け下っていく。
飲む前から感じた独特の風味は、口の中に入れると一層濃く感じる。風味を説明するのは難しいが、飲んだ瞬間沸いたイメージは、陽が燦々と降り注ぐのどかな牧草風景だった。
ホコホコに温められた土、風に乗ってくる牧草の香り、脳裏に瞬間的に沸く心象風景に胸を打たれる。
甘味はほのかで、牛乳を飲んだ後のネチャッとした不快感はなく、どこまでも清らかだった。
「…………」
感動的な美味しさに言葉も出ない。
もう1杯と木のカップを掲げたいが、それよりももっとこの美味しさを誰かに伝えたい――そんなガラにもないことが、脳裏によぎった。
ふと側を見ると、パメラが泣いている。
手にはカップを持ったまま、もう片方の手で涙を拭っていた。
涙を流すほどおいしかったのか。それもわかるが、俺にはちょっとパメラがナーバスになりすぎているように見えた。
「どうした、パメラ?」
「ううん。ごめんね、ゼレット。……『星屑ミルク』を飲んだら、とてもホッとして」
「ホッと?」
「やっとゼレットの役に立てたかなって。そう思えたの」
それを聞いて、俺はピンと来た。
ずっと引っかかっていたのだ。何故パメラがこうも俺に尽くそうとするのか。
回避していた『試しの儀』まで受けて解体屋になろうとしたり、危険にもかかわらず、ハントにも同行してくれた。
普段から行動力があるパメラだが、俺には度が過ぎていて、違和感しかなかったのだ。
「パメラ……。お前が解体屋になろうとしたり、今回のハントに同行したりしたのは、俺のためか?」
質問すると、パメラは頷いた。
「私の両親が亡くなってから、ずっとゼレットは私のことを気にかけてくれて、守ってくれたでしょ。だから、いつかお礼がしたいって思っていたの」
特に強く思ったのは、俺がハンターギルドを辞めた時らしい。
何かゼレットの役に立ちたい。
そう強く思うようになったと、パメラは話してくれた。
まさかそんなことを考えていたとはな。俺はてっきりパメラ自身が、スキルアップしたいのだと思っていたが……。
「そんなに気を張らなくてもいい。今回、パメラがいなければ『星屑ミルク』を手に入れることができなかった。感謝するのはこちらの方だ。それに――――」
パメラは俺がずっと守ってくれたことを感謝しているが、俺こそずっとパメラに感謝していることがある。
俺は幼い頃に両親を亡くした。
そして育ての親でもある師匠も亡くなった。
それでも、俺には帰る場所があった。
「それが宿屋『エストローナ』だ」
パメラが引き継いでくれたから、俺は俺のままでいることができた。
だから、感謝するならこっちなのだ。
「ありがとう、パメラ」
パメラの顔も、そのパメラの瞳に映っていた俺も赤くなっているのがわかった。
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