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【コミック発売中】魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~  作者: 延野正行
第2章

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第35話 元S級ハンター、黄昏れる

 黄昏時から始まった嵐は収まり、空には星が瞬いていた。


 海は時化たままだが、徐々に落ち着きを取り戻しつつあり、生ぬるい夏の風が戻ってきて、俺の頬を許しもなく撫でている。


「冷てぇ……」


 不平を漏らしたのは、濡れ鼠になった身体に言っているのではない。


 船体を氷で作った氷舟(ひょうせん)に、俺は文句を垂れていた。


 舟といっても、帆も縁もない原始的な作りだ。見ようによっては、流氷と大して変わらないだろう。


 海中に没する前、俺は最後の氷弾を使って、この氷舟(ひょうせん)を作り上げた。そこにリル、プリムとともに乗り込み、氷の浮力をを生かして、難を逃れたのである。


 とはいえ、かなり沖の方へと流されたらしい。


 チチガガ湾どころか、陸地も見えない。


 羅針盤もないから、方角もわからず、星でも詠もうとしたが、生憎と綺麗すぎて、それどころではなかった。


 つまり、俺たちは広い洋上を漂うしかなかったのだ。


 俺は氷舟に寝そべり、未明の空を眺めていると、プリムが喚き始める。


「ししょー!」


 肩を叩く。何事かと上体をあげると、小型の漁船がこちらに近づいてくるのが見えた。


 その舳先に立っていたのは、3人の女たち、パメラ、オリヴィア、ラフィナである。


 俺の無事を知るなり、そろって顔を輝かせた。パメラの目には薄ら涙のようなものが見えたが、きっと気のせいだろう。


 冷たい氷舟に別れを告げ、俺とプリム、そして俺と同じく濡れ()となったリルが漁船に移る。漁船は引き返し、チチガガ湾へと船首を向けた。


「ご無事で何よりですわ、ゼレット様」


「本当に良かったです」


 ラフィナはさりげなく俺の手を掴み、労う。


 横でオリヴィアが半泣きになっていた。


 その中で1人プリプリと怒っていたのは、パメラだ。


「心配したんだからね、本当に。無事なら、無事って早く言いなさいよ!」


 金髪のアホ毛をクルクルと回しながら、パメラは喚いた。


「一応、信号弾は打ち上げておいただろう」


 俺が言うと、ラフィナが答えた。


「ええ……。それを辿ってここまで。……他のハンターの方々の救助も進んでますわ。海に投げ出された方々は、ゼレット様が作った氷にしがみついておりました。これも、お考えにあったのですね」


「まあな……」


 俺は首肯する。


 自分のハントに巻き添えを出すのは、俺のポリシーに反する。


 間抜けな連中とはいえ、死人を出しては後味が悪い。


「そ、そういうのはいいのよ。心の問題よ」


 むくぅ、とパメラは頬を膨らませた。


 心なしか、目元が赤いような気がする。さっきも泣いているように見えたが……。気のせいではなかったのだろうか。


 すると、オリヴィアがそっと俺に耳打ちした。


「優しくしてあげて下さいね。さっきまで泣きながら、ゼレットさんのことを探していたんですから」


「そうなのか?」


 泣きながら、というのが信じられない。


 家賃の取り立ての時は、幼馴染みが泣いて許しを請うても、1グラだってまけない守銭奴なのに……。


 泣いたところを見たことがない――というわけではないが、少なくとも俺を心配して泣くなんてことは、初めてのような気がする。


 よっぽど心配させたのだろう。


 それが今回のハントの反省点かもしれないな。


「すまない、パメラ。心配させたようだな」


 俺はパメラの頭をポンポンと撫でる。


「も、もう……。そ、そんなんじゃ誤魔化せないんだから」


 恨みがましい声を上げる。本人の顔は赤く、満更でもない様子なんだが……。


「わかってる。だから、ちゃんと捕ってきたぞ、リヴァイアサンの卵」


 俺は氷漬けにして道具袋の中にしまっておいたリヴァイアサンの卵を抱え上げた。


「え? それは――――」


「パメラ、早く食べたかったんだろ? だから、必死に俺の――――」


 直後、何故かパメラからフルスイングの平手を食らわされた。


 元S級の俺に躱す間も与えないと、なかなかだ。本人は解体屋を希望してるが、意外とハンターとしての素質があるかもしれない。


 何故パメラは怒っているかは、謎だが……。


「これがリヴァイアサンの卵なんですね」


 依頼主のラフィナが氷漬けになった卵を見つめる。


 ほう、とオリヴィアも感心した様子だった。


「大きいですね。あ、でもリヴァイアサンの大きさにしては、小さいのかな?」


「リヴァイアサンの卵が、鶏卵のような殻がついたものではなく、魚卵のような卵だったとわかっただけでも大発見ですわ。持ち帰ったら、まずスケッチをさせましょう。偽物の対策もしないと」


 ラフィナは目を光らせる。


 今回リヴァイアサンの卵について、広く周知されてしまった。今後、偽情報が出回り、偽物が出回る可能性は十分にある。


 対策として、色や形などを正確に記すのは対策として悪くないだろう。


「ところで2匹いたリヴァイアサンはどうしたんですか、ゼレットさん」


 オリヴィアの質問に、俺は包み隠さず話した。


「雌竜の方は産卵後に死んでいた。雄竜は――――」


 俺は少し言い淀む。下げた拳に力を入れて、俯いた。


「ゼレット! あんた、もしかして…………」


「リヴァイアサンを討伐したのですか?」


「でも、それは致し方ないことです。あれほど強力な魔物から殺さずに、卵を奪うなんて……」


 3人は沈痛な表情を浮かべる。


 それもつがいのリヴァイアサンが、必死に子孫を残そうと奮闘していたと知った後なら、なおのことかもしれない。


「ううん。ししょーは、リヴァイアサンを撃ってないよ」


 反論は思いも寄らないところから返ってくる。


 その出所であるプリムは、漁船の方向を指差した。


 ちょうどその時、朝日が昇る。眩い光が洋上を滑り、先ほどまで宵闇に閉ざされていた世界は、巨大な蝋燭の炎に照らされたかのように明るくなる。


 宝石の輝きに似た光が満ちる中で、俺たちは洋上を横切る大きな影を見つけた。


 大きな航跡のように見えたが、そうではない。


 途方もなく巨大な生き物が、海面すれすれを蛇行する姿だった。


「リヴァイアサン!!」


 ヒッと悲鳴を上げて、ラフィナは近くの縁にしがみ突く。


 リルはピンと尻尾を立てたが、そのままリヴァイアサンはチチガガ湾のある方とは反対側へと泳いでいく。


 やがて角度を深く取り、海の底へと消えていった。


「殺さなかったんですね、ゼレットさん」


「当たり前だ。依頼は卵だからな」


 とは言え、誘惑がなかったわけではない。


 あの一瞬、麻痺弾(パラライズ・ブレッド)ではなく、普通の貫通弾であれば、間違いなくリヴァイアサンを討伐できただろう。


 他のハンターの力を借りず、ハンター単独によるリヴァイアサン討伐。


 その前人未踏の快挙に対する欲が、全くなかったといえば嘘になる。


 何せ、俺が世話になったハンターの師匠ですら為しえなかったことだからな。


「ししょー? あの時ゼッタイ撃つと思ったのに。なんで撃たなかったの?」


 プリムは能天気に、人のセンシティブな話題に触れてくる。


 デリカシーという言葉を知らないことは十分承知しているため、俺は怒る気にもなれなかった。


「それは私も興味あるわね」


 さっきまで頬を膨らませていたパメラが、俺の方を向く。


「実はわたしも……」


 苦笑を浮かべ、オリヴィアも手を上げた。


「ではわたくしも……」


 涼しげに黒髪を払い、ラフィナも参戦した。


 やれやれ……。


 俺の知り合いは皆、人の心に土足で上がり込むのを趣味にしているらしい。


「簡単だ。俺がハンターではなく、食材提供者だからだ」


「え? それだけ?」


「それだけって……。重要なことだろ? 俺と対峙した時にはすでにリヴァイアサンは、興奮状態だった。そんなリヴァイアサンを殺しても、おいしく食べられないではないか?」


 魔物は興奮したり、緊張したりすると、血を赤から青に変える。


 その青に変える興奮物質は、魔物の肉を不味くする。それは料理ギルドに来て、学んだことだ。


 俺は食材提供者として、それを実践したにすぎない。


「ぷふっ……。あははははははははは!」


「なんで笑う、パメラ」


「すみません! わたしも……あははははははは!」


「オリヴィアまで……」


「なかなか秀逸な言い訳ですこと。いい兆候ですわ、ゼレット様。その調子で――――あ、ダメですわ。わたくしも、ぷぷぷ……。あはははははははは……」


 ラフィナまで。


「あははは! ししょー、おかしい! あははははは! よくわかんないけど!」


 だったら笑うな、馬鹿弟子。


 なんだ。俺は別におかしなことは一言も言ってないぞ。自分で言うのもなんだが、至極真っ当なことを言っただけなんだが!


「だってさ。ねぇ、オリヴィア」


「そうですよねぇ」


「Sランクの魔物しか討伐しないとあれほど駄々をこねていらした方が、『食材提供者だ』とドヤ顔で言われましても、その説得力が――――ぷぷ」



「「「「あはははははははははははははっ!!」」」」



 4人の女たちの(かまびす)しい笑い声が、朝焼けの洋上に響き渡る。


 俺は反論できなかった。


 というか、さっき口にした言葉が猛烈に恥ずかしくなって、今すぐ記憶から抹消したいほどだ。


 はあ……。なんで、俺はあんなことを口走ったんだろうか。


 ハンターギルドにいた時は、もっと冷静で冷酷で、お洒落だったはずなのに。


「へっくし!」


 俺は唐突に鼻の周りがムズムズして、盛大にくしゃみをかます。


「ほら! そんな恰好でいつまでもいるからよ。せめて、ずぶ濡れのコートぐらい脱いだら。そのダサい指出し手袋も」


 パメラは手を差し出すが、俺はそっぽを向いて無視した。


「嫌だ! いつも言ってるだろ。これは俺の――――」



「「「お洒落だ――でしょ!!」」」



 パメラ、オリヴィア、ラフィナは、ここぞとばかりに笑った。


 そしてまたあの喧しい笑い声が、船上に響き渡る。


 やれやれ、と俺は肩を竦めるより他なかった。



 ◆◇◆◇◆



 リヴァイアサンが沖から離れたことにより、チチガガ湾は平和を取り戻した。


 漁民たちは歓喜に沸き、さらに仲買人や料理人たちも諸手を挙げて喜ぶ。


 街がひっくり返ったような騒ぎになり、漁師は早速海へと繰り出し、お昼前には大漁旗をわざわざ掲げて、港へと入港して戻ってきた。


 実は時化の影響で大漁にはほど遠かったのだが、久しぶりの海の幸に漁師やその家族は、小躍りして喜んだ。


 そんな中で、存在感を示したのは、沖から帰ってきたハンターたちだった。


 ガンゲルはこれ見よがしに漁民に対して、ハンターたちの活躍を喧伝し、「リヴァイアサンを追い払ったのは、我々だ」と誇張した。


 その後ろ盾となったヘンデローネも胸を張り、区長から感謝を受けていた。




 一方、ガンゲルやヘンデローネが祝福を受ける街中から、東の沖よりさらに東。


 周囲には海しか見えない隣国の海域で、事件が起きる。


 その報をガンゲルやヘンデローネが聞いたのは、その2日後のことであった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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