第32話 元S級ハンター、海を割る
「リヴァイアサンが……」
「海竜王と呼ばれるSランクの魔物が……」
「2匹もいるですって!!」
リヴァイアサンは2匹いる。
その驚愕の事実を聞いて、3人の顔から血の気が引いていく。
Sランクの魔物は、たった1匹を倒すだけでも、一個師団を全滅させるぐらいの覚悟で臨まなければ討伐できないモンスターだ。
それが2匹、同じ場所にいる。
人が踏み入れる海から、大きく外れたことを意味するだろう。
俺にとっても悪夢だ。垂涎の好敵手が、目の前に2匹もいるのに、1匹も討伐できないのだからな。
「パメラさん、ちょっと声が大きいですよ」
「そうですよ。また聞かれちゃいますよ」
「ご、ごめん。でも、つい――――」
しー、と人差し指を口に付けながら、そっとガンゲルとヘンデローネの方に視線を向ける。
向こうはリヴァイアサンを追いかけていったハンターたちの蛮勇に夢中らしい。
腕を振り上げ、「行け! 行け!」と声を荒らげ、興奮していた。
「ゼレット様、本当にリヴァイアサンが2匹もいるのですか?」
「とても信じられません。Sランクの魔物が2匹同時に、湾内にいるなんて」
「別におかしい話じゃない。人間だって、出産の時にパートナーが立ち合うこともあるだろう」
「そりゃあ。人間はそうかもだけど、相手はリヴァイアサンなんだよ、ゼレット」
パメラは腕を組むが、俺は間違いないとみていた。
リルの反応からして、羊水の匂いが確認できたのは、チチガガ湾の中だ。
このドン深の湾の中に、言わば雌竜が隠れ潜んでいる。今、ハンターたちを引き連れているのは、雄竜だろう。
雌竜から危険を遠ざけるために、囮として沖へと出ていったのだ。
「わかりました。ゼレット様の言葉を信じましょう。ですが、どうやって卵を探すのですか? 相手は海の底です。沖合より水深は浅いとはいえ、特別な戦技や魔法でもなければ、探すのも難しいかと思いますが」
「そう言えば、ゼレットって泳げたっけ?」
「ずっとビーチチェアに寝そべって、海に入るところ見たことないですね」
「もしかして、ゼレットって金鎚だったりするの?」
ジト……。
パメラとオリヴィアは、俺に疑いの目を向ける。
俺はやれやれと首を振った。
「そんな訳ないだろ? このコートの中には大事な仕事道具が入っているのに、海水にさらすわけないだろ。それにこのコートも俺のお気に入りだ。海水にさらして布地を傷めるようなことはしたくない」
「だったら、コートを脱げばいいでしょ! 前から言ってるけど、あんたのその恰好は見てるだけで暑苦しいのよ」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。前から言ってるが、これは俺のお洒落だ。それだけは譲れん!」
俺は早速とばかりに、指ぬきグローブを嵌める。
コートの中から【砲剣】を取り出し、戦闘モードに移行した。
それを持って、浜辺から1段高い場所にある岸壁に上る。長い砲身を掲げると、ゆっくりと倒して、海の方へと狙いを定めた。
「プリム!」
「えっとね……。大体、真ん中ぐらいだと思うよ、ししょー」
プリムの目で以てしても、大体しかわからないのか。
相当深い水深で、卵を産んだのだろう。
海は徐々にしけり始め、太陽も隠れてしまった。海中を確認できる要素はどんどん減り始めている。
これ以上、待っている時間はない。
「パメラ! 浜にいる全員を退避させろ!」
「ちょ! 何をするつもりよ、ゼレット!!」
「決まってる。狙い撃つ……」
「もしかして、リヴァイアサンを?」
「ちょっと! あんたたち、何の話をしているのよ?!」
やりとりが耳に入ったのだろう。
同じ岸壁に立っていたヘンデローネ侯爵夫人が、憤然と顔を赤らめながら、こちらを睨んでいた。
「心配するな。俺が狙うのは――――」
海だ!!
瞬間、【砲剣】が火を吹く。
砲身の先から赤い火花が四方に燃えさかった。
発射された弾は嵐を切り裂き、チチガガ湾のちょうど真ん中に着弾する。
ドォォォォオオオオオオオオオンンンンンンン!!
凄まじい衝撃が、鈍重の空を斜に裂いた。
衝撃は沖の方へと向かって弾け、巨大な水柱は斜めに倒れる。それは巨大な大津波となって、沖に向かって押し寄せた。
「わわわわわわ! ちょっと! ゼレット!! あれじゃあハンターや停泊している漁船が巻き込まれて――――」
パメラのわめき声を聞きながら、俺はすかさず次弾を装填する。
レバーを引き、体勢を整える。
少しの間、深呼吸……。
そして再び湾内の中央に向けて、銃把を引いた。
砲身から弾丸が射出される。海面に着弾する寸前、弾がパンと弾けた。弾の中に込められた魔法が起動し、海面を滑っていく。
キィン!!
空気が変わる。
俺の首筋を撫でたのは、夏の生ぬるい風ではない。
極寒の雪景色に吹く冬の寒風であった。
「さ、さむ!!」
パメラはぶるりと震え上がる。
一方、ラフィナとオリヴィアは別の意味で震え上がっていた。
「な、なんですか、あれ?」
「海が……。湾全体がめくれ上がって……」
2人とも言葉を失う。それは寒さだけではない。
今、チチガガ湾には大きな穴が空いていた。
1フィットは、人間の標準的な歩幅であるが、その深さはざっと見積もっても1200フィットのほどはあるだろう。
下手をすれば、空を覆う雲ごとすっぽりと収まりそうな深い海底が広がっていた。
チチガガ湾にできた穴は、深さだけではない。
穴の直径は円形の闘技場ぐらいなら楽に入るぐらいである。
周りは凍てついた氷に覆われ、完全に氷結していた。盛り上がった水柱は顎を開けた鮫のように、沖の方へと伸び上がっていく。
「す、すごい! 海の水をたった1発の弾で捲り上げて、次弾でその周りを凍らせて固めてしまうなんて……」
「に、人間の業ではないですわね」
「で、でも……。ゼレットの属性って、『炎』と『雷』でしょ? 『水』属性とは相性が悪いんじゃ」
「弾の中にあらかじめ氷の魔法を詰め込んでいたということでしょう。それにしたって、威力が出鱈目すぎますわ。S級のハンターってこんなことが可能なんですの?」
ラフィナは剥き出した瞳を一切よそへ向けず、説明を口にした。
「ふぅ……」
俺はスコープから目を離す。
久しぶりに全力で撃ったが、まあまあだな。
1発目の衝撃で海面を弾くとともに、潜行した炎属性の弾が周囲の海水を一瞬で蒸発させる。
次弾で海にできた穴が閉じないように凍らせるとともに、湾内の被害を最小限にとどめることができた。
「深海で卵を産んでるリヴァイアサンを探すために、深海が剥き出すほどの威力の弾を撃つなんて……」
「やっぱり出鱈目すぎます……」
「ゼレット、よっぽど海の中に入りたくなかったのね」
口の端をピクピクさせ、パメラは苦笑した。
別に入りたくないわけではないぞ。海中ではリヴァイアサンが有利だ。例え、俺でもヤツの土俵上では勝てないだろう。
そんなリスクを冒してまで、卵を捕りに行くべきではない、と考え、今回のような大がかりな方法を取っただけだ。
決して、俺が金鎚という理由ではない。
すべてはこのお気に入りのコートのため、引いては俺の美学のためだ。
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