最終話 元S級ハンター、未来に馳せる
『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』WEB版最終回です。ここまでお読みいただいた読者の皆様に感謝を申し上げます。
ありがとうございます。
俺の家族、住んでる街は守られたが、キングコーンがヴァナハイア王国に残した爪痕は、大きかった。3つの街、12個の集落を消滅させ、死者は推計で1~2万人に及ぶという。同時に多くの遺児や未亡人を生み出し、国は早急に奇跡的に生き残った国民の生活基盤を作ろうと躍起になっている。
生き残った俺の街にも及び、街の広場や外には難民キャンプが出来上がっていた。
ヴァナハイア王国女王は、国民を守れなかったことを陳謝し、精力的に各地の難民キャンプを回って、復興の指揮に当たっているそうだ。
さて俺というと、街に帰るなりぶっ倒れ、1週間ほど寝込んでいた。幸い女王が送ってくれた高位の治癒士のおかげで、損傷した内臓や骨は一瞬にして治り、10日後には現場復帰していた。
といっても、ハントに出かけたというわけではなく、俺が自ら足を運んだのはキングコーンの残骸がある荒野だった。
討伐してからすでに10日が経ったが、巨大なキングコーンの骨格も、スカイ・ボーンの残骸も残ったままだ。その周りで頭に安全帽を被ったラフィナやギルマス、そしてオリヴィアが現場の指揮を執っていた。
声をかけると、3人は驚いた様子で目を丸くする。心配されたものの、俺はこの通り元気だ。おそらく女王は治癒士の中でも、Sランクの者を寄越したらしい。
「無理をなさらないでくださいね、ゼレットさん」
「そうよ。病み上がりなんだからぁ」
オリヴィアとギルマスが揃って忠告する。
「別に狩りをしにきたわけではない。それよりも解体は進んでるか?」
「始まったばかりよ~。時間はかかるけど、急ピッチでやるつもり」
「食材にする部分以外は、土に埋めるんだな」
「ええ。ゼレットくぅんの指示通りにね」
骨格だけとはいえ、魔族が悪用しかねない。まだ国の復興が道半ばの中で、先に魔物の解体をしているのは、それが理由だ。解体して、その後高温で燃やし、土に還す計画をしている。これは元々俺がスカイ・ボーンからあらかじめ聞いていたことだった。
「今さらですけど、よくこんな魔物を倒せましたね。さすがゼレット様です」
ラフィナは称賛してくれるが、俺は首を振った。
「スカイ・ボーンがいなかったら、多分結果は逆だったろうな」
「…………」
「なんだ、オリヴィア」
「いや、ゼレットさんにしては随分殊勝な言葉かなって。『あれぐらい当たり前だ』とかいうのかなって」
「お前、普段の俺をどう見てるんだ?」
まあ、そんな余裕のコメントが出ないぐらいには、今回の相手は強敵だったわけだ。今も思うと、よく勝てたなと思う。ただ今までの人生でなかったといえば、嘘になる。魔物の相手は常に恐怖との戦いでもある。相手は喋ることはおろか、まともなコミュニケーションも取れないのだ。だからこそ、俺は魔物をよく調べ、相対することにしている。それは自分の恐怖を少しでも和らげるためでもあるのだ。
3人と雑談していると、ラフィナの側付きらしい初老の男が近づいてきた。手には皿を持っていて、肝心の食材は銀蓋の中に隠れていた。ラフィナの前に持ってくると、蓋を開ける。現れたのは動物の骨らしきものだった。
「これがキングコーンの骨か」
「はい。肋骨の一部だそうです」
骨というより、なんだか岩石みたいだ。
ただツルッとした表面と色味は、普通の動物となんら変わらない。香りは……というとお世辞にもあまりよくはない。10日間も放置されていたのだから仕方ないだろう。
ここから洗ってみて、食べられるかどうかを判断するのだ、とギルマスは説明した。
魔物を食材扱いすることに慣れていたと思ったが、巨大なキングコーンの骨まで材料にすることに、やはり驚きを禁じ得ない。
「それで、これで一体どんな料理にするんだ? また食事会に出すんだろ?」
「食事会は開きません。時期が時期ですし、会員の中にも被災された方がいらっしゃいますので」
ラフィナは悲しげに目を伏せる。
そうか。今回の件は、平民だけじゃなく、被害は貴族にも及んでいるのか。街ごと消されたのだからな。
「その代わり、国民の皆さんに振る舞おうかと」
「ほう。それは良いアイディアだな。被害をもたらしたキングコーンを、国民全員で食べるわけだ」
これほどの意趣返しはないだろう。
「まずは食材として使えるかどうかだけどね~。でも、あたしの見たところ問題なさそうな気がするけど」
「あとは、皆さんが魔物食に興味を示してくれるかです」
「大丈夫だろう」
「ゼレット様?」
「ラフィナや料理ギルドのおかげで、魔物食はかなり広まった。受け入れてくれるはずだ」
ラフィナは嬉しそうに笑う。
「そうですわね。迷っていても仕方ないことですわ」
「それでラフィナ様、料理はどうしましょうか?」
「うーん。おそらく皆さんに配るとなれば、炊き出しということになるので……」
顎に手を当て、ラフィナは唸る。
「芋煮、豚汁、スープ系だけじゃなくて、炒め物や味付けにも使えるわね」
色々使い途があって、逆に悩んでしまうらしい。その中で、俺はなかなか出てこない料理を1つリクエストした。
「ゼレット様、何か食べたいものはありますか?」
「じゃあ……」
ラーメンなんてどうだ?
◆◇◆◇◆
「へい!」
キングコーンのガラで作った塩ラーメン、お待ち!!
2日後……。
料理ギルドの食品検査に通ったキングコーンは、早速一晩煮込まれて、ラーメンとなっていた。
出てきた一杯に、俺は思わず目を見開いた。魔物の骨で取ったスープとは思えないほど、透き通っていた。
「おいしそうですね」
オリヴィアは目を輝かせる。
「味は塩味だけど、昆布出汁や少し魚醤も加えてるわ。臭みを消すのに数種類の香味野菜も使ってるから、栄養価も高いわよ~」
どうぞ召し上がれ、とギルマスは勧めてくる。後ろからパメラとシエルがラーメンを覗き込む。プリムとリルのコンビが、涎を垂らしながら絶品であろう魔物ラーメンを注視していた。
料理ギルドの決まり。料理に最初に口をつけることができるのは、食材を取ってきた食材提供者である。本来の功労者はスカイ・ボーンだが、今回は代表者として俺が食べさせてもらう。これも役得だ。
それにラーメンはもとより、麺類全般が好きだったりする。昔はさほどではないのだが、リヴァイアサンの卵を使ったスープパスタあたりから、麺類にこだわるようになってしまった。これも料理が得意な妻のおかげでもある。
「いただきます」
手を合わせ、ギルマスが「ラーメンといえば、割り箸でしょ」と謎のこだわりによって選ばれた箸を割る。
まずはスープからだ。
レンゲを沈めていくと、黄金色の清らかなスープがクルクルと渦を巻きながら入ってくる。色もそうだが、泡のように浮かぶ油もいい。湯気とともに上がってくる匂いがかぐわしく、ギュッと腹が萎むのを感じた。
ズズッと音を立てて、まずは一口。
「うっっっっっっっま!!」
なんだ、これは。
清らかな見た目から想像できないワイルドな味わい。まるで拳を振り下ろされたかのように舌にガツンと来る。
塩み、甘み、コク……あるいはそれをすべて含んだ複雑な味わいが、口の中に広がっていく。野生味を感じる風味は強く、余韻として残っていく。
断言できる。
こんなラーメン……こんなスープ、食べたことがないと……。
続けて、麺を絡めて食べてみる。
「細めのストレート麺か……」
俺はどっちかというとスープが絡むちぢれ麺の方が好きなのだが。
「ふふん。結構そういう風に思っている人がいるわよねぇ。でも、実は逆なのよ。スープってね。麺と麺の間が狭いほどよく絡むの。一見ちぢれ麺の方が多くのスープを持ち上げているようにみえるけど、麺と麺の間が空いてるからスープが落ちちゃうのよね」
「その点、ストレートは真っ直ぐですから麺どうしが絡みやすく、スープが落ちないんです」
ギルマスとオリヴィアは説明する。
なるほど。わかりやすい。確かにそうだな。しかし、ちぢれ麺の方がスープに絡んでいるように思えるのは何故だろう。
いや、考えている場合ではないか。
麺が伸びてしまうからな。
俺は一気に麺をすする。
(うま~~)
もっちり系のストレート麺は、キングコーンのガラで作った塩ラーメンによく合っていた。ギルマスが言う通り、麺がスープをうまく持ち上げてき、ぐいぐい口の中にガラの旨味が広がっていくのを感じる。
選ばれたストレート麺のもっちり感も抜群だ。
「麺を食べるというより、麺とスープの一体感を大事にしたモチモチした食感の麺を選んでみたわ~」
「加水率を上げて、小麦の風味を消して、なるべくスープに没頭できる味にしてあります」
「バツッとしてジャンクな感じがするラーメンは嫌いじゃないが、キングコーンのガラのスープにはこっちの方があってる気がする」
こうして喋ってる間も、俺はどんどんと麺をすすり、喉の中へと流し込んでいく。もはや口の中はキングコーンのガラの味で、お祭り状態だ。
様々な味が渾然一体となり、無邪気な子どものように味が跳ね回っていた。
続けて叉焼、味玉を食べてみたが、どれもうまい。まるでラーメンのために生まれたようなガラだった。
その後、他の者たちも試食する。
全員が絶賛し、改善できるところはギルドマスターがメモを取っていた。
「うん。これならいけそうね。ガラはいっぱいあるし……。そうだわぁ。ゼレットくぅん、この出汁に使ったガラ。キングコーンのどこの部分だと思う」
「肋の骨とかじゃないのか?」
「むふふ……。ちがわよ~ん」
「勿体ぶるな、ギルマス」
「これはね。キングコーンの角の部分よ」
「つ、角……」
あの闇の中で浮かんでいたあれか。
キングコーンを倒した今でも、里で見た闇と角のことははっきりと思い出すことができる。これまで俺のトラウマになっていたものを、俺は胃の中に押し込んでいる。そう思うと、笑えてしまった。
山の中で1人ハントをしている時、魔物に追いかけ回されていた時考えるのだ。この世はまさに弱肉強食なのだと……。
世界は日々命を奪い続けながら、命を守っている。
ヘンデローネはその連鎖を止めようとした。だが、それは人間の奢りなのだろう。人間はまだ弱く、未熟だ。古代の文明にすら手を焼いているのだから、まして自然の流れに勝てないだろう。
結局、人間は人間を守ることぐらいしかできない。それでいいとは思わないが、身の丈に合わない万能感ほど迷惑なものはない。
俺は魔物を飼って、家族を養うちっぽけな存在だが、さてシエルはどうだろうか。
シエルは俺に言った。
魔物と仲良くなりたい、と……。
シエルがハンターになった時、人間と魔物はどうなっているだろうか。
少しはお洒落な未来であってほしい。
そう願わずにはいられなかった。
これにてWEB版『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』にて終了します。
とはいえ、気が向いたら何か短い話を書いたりするかもしれませんが、一旦クローズとさせていただきます。
おかげさまで、書籍2巻、単行本5巻とシリーズとして花開くことができました。
お買い上げいただいた読者の方、そしてWEB版を楽しんでいただいたユーザーの方に改めて感謝申し上げます。
そして最近、告知させていただいておりますが、
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