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【コミック発売中】魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~  作者: 延野正行
第9章 魔物の王編

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第213話 元S級ハンター 古代の声を聞く

「おい。こら、起きろ」




 馬鹿弟子!!




 聞き覚えのある声に俺はハッとする。瞼を持ち上げると、そこには見知った人物が立っていた。腰まで伸びた長い黒髪に、色白の肌。その目はワインがたゆたうように妖艶に光っている。何より特徴的なのは頭に付いた菱形の馬耳だ。少々大きめのお尻からは柔らかそうな尻尾が嬉しそうというより、何かはしゃいでいた。


 シェリル・マタラ・ヴィンター。俺の師匠だ。


「シェリル?」


「久しぶりだな、ゼレット」


 その仏頂面はどこか不機嫌で、怒っているようにも見えたが、それ以上に声に懐かしさを覚えた。こみ上げてきた感情を抑えきれず、目から涙が勝手に流れ始める。


「そうか。あんたと一緒にいるってことは、俺は――――」


「うるせぇ! 馬鹿弟子!!」


「へばぁっ!!」


 いきなり蹴られた。

 久しぶりにあった弟子を突然蹴るか? いやシェリルらしいと言えば、シャリルらしいか。これで魔族が化けてるという線はなくなっただろう。今、目の前にいるのは間違いなく俺の師匠だ。


「てめぇ、あたしの言うことを忘れていたろ?」


「言うこと?」


 はて? なんだったのだろうか?

 いや忘れたわけではない。シェリルからはたくさんのことを学んだし、やっていいことと悪いことを事細かに教えてくれた。シェリルがいなかったら俺はS級ハンターになれなかっただろう。いや、そもそもまともな人生すら歩めなかったし、相棒との出会いもなかったはずだ。


 大恩人の言葉を忘れるわけないのだが、彼女が言いたいことが何を指しているのか、この時の俺にはわからなかった。


 俺の反応を見て、シェリルは何かに勘づいたのだろう、綺麗な黒髪を音がなるぐらい掻いた後、随分とめんどくさそうに俺に話した。


「ったく忘れてるのかよ」


「す、すまん」


「言ったろ。【角王】と【王禽】には手を出すなって」


「あっ……」


「あっ……、じゃねぇよ。あいつらは別格だ。あたしだって勝てるかどうかもわからない」


「だが……」


「皆まで言うな。もうお前があたしの復讐とか、里の復讐だけで動いていないことはなんとなくわかってる」


 そうだ。もう俺の心は、いや生きる目的そのものが16年前から変わっていた。今は復讐よりも、瞼の裏に浮かぶ人たちを守りたいと考えている。


 【王禽】はともかくとして、【角王】は間違いなく俺の家族や仲間たちに害になる魔物だ。この先、俺が死んだとしてもシエルがいて、シエルの子どもたちが連綿と生き続ける。その子々孫々のために【角王】を野放しにはできなかった。


「あたしが言えることは1つだ」


「……なんだ?」


「信じろ?」


「ここで宗教かよ」


「違う。お前の目の前にあるものを信じろ」


「目の前にあるもの?」


 そこでシェリルの姿は消え、俺の意識は再び深い底へと落ちていった。



 ◆◇◆◇◆



「おーい。師匠! 師匠ったら!!」


 再び目を開けると、そこには馬耳の女性はいない。

 いたのは、赤い耳をした獣人の娘と、銀毛の狼だった。


「プリム? リル?」


 なんで2人がここに? いや、その前にここは一体どこなんだ? 俺は戦場にいたはず。キングコーンに乗った魔族と戦っていて……。


 疲れているのか、思考がぼやける。

 すると、声――いや、音が聞こえてきた。聞きなじみがなかったが、しかしどこかで聞いたことがある音だ。とにかくやかましくて、プリムが何を言っているのかわからない。


 砂糖たっぷりの甘い紅茶が飲みたい気分だったが、生憎とコートの中には水筒しか入っていない。それをリルとプリムに分けながら、俺も口に入れた。水は生ぬるかったが、それでも五臓六腑に染み渡る。水分補給でできたことによって、ようやく意識がハッキリしてきた。


「プリム、ここは? というか、お前らなんでここに?」


「ここはスカイ・ボーンの中だよ」


「はっ?」


「覚えてないの? 師匠はスカイ・ボーンに食べられたんだよ」


 食べられたって……。

 そうはいっても、周りは生物の口内という感じはまるでしない。殺風景だが、頑丈そうな住居のようにすら見える。実際、壁を叩いてみると、硬質な音が返ってきた。鉄? いや、なんかそんな感じじゃない。もっと硬い金属だ。


「そうだ。どこかで見たことあるなと思ったら、以前プリムがいた遺跡の中に似ているな」


「んにゃ?」


 そのプリムにはあまり実感がないらしい。


「で? お前たちはどうしてここに?」


「師匠が食べられた後、ボクとリルも飛び乗ったんだよ」


 急降下してきたスカイ・ボーンは俺を飲み込んだ後、さらにリルやプリムがいる地上まで落ちてきた。地面スレスレを飛ぶスカイ・ボーンに2人は乗り込むと、そのまま戦線から離脱していったらしい。


「逃げたってことか、スカイ・ボーンが」


 妥当な判断だ。

 キングコーンと魔族のタッグはあまりに強力だった。あのまま戦っていても、敗色は濃厚だったろう。


 しかしこんなところでしゃがみ込んでいても仕方ない。魔物の中とはいえ、今すぐ消化されるという感じはしない。あくまで仮説だが、ここのスカイ・ボーンは魔物の中でも古代の遺跡にいるガーディアンに近い種なのだろう。あれより遥かに大きく、空を飛べるガーディアンの腹の中に、俺たちがいるというわけだ。


 体内というよりは、館内(ヽヽ)というべきスカイ・ボーンの中を探索する。人の形跡こそないが、実際のところベッドや椅子――つまり人がこの中で生活するためのものが揃っていた。まさに空飛ぶ要塞である。俺たちは限られた人間の『魔法(ルーン)』や『戦技(スキル)』を使って、空に浮くのが精一杯だというのに、古代の人間の力は凄まじいものだ。


 俺たちは鉄の階段を上る。驚くべきことに、2階もあるらしい。【砲剣】を握りながら、俺は慎重に上っていくが、やはりそこに人の影はなかった。


 そこは階下の雰囲気とはまったく違う。沢山のガラス張りの窓があり、見たこともない文字が壁や机に書かれている。なんと形容すべきかわからないが、1つ言えることがあるとすれば、以前訪れたことがある古代の遺跡の雰囲気に近かった。


 古代遺跡学者のベンガレンが見れば、何かわかったかもしれないが、服役中の奴を連れてくるわけにはいかない。そもそもここから脱出できるか否かも怪しかった。


「師匠」


「どうした、プリム」


「お腹、空いた……」


 こういう時、こいつを羨ましく感じてしまう。こっちは色々なことが起こりすぎて、胃に穴が開きそうだってのに……。


「食べられるかな?」


「な、何がだ?」


「スカイ・ボーン!」


「はあ?」


 こいつの馬鹿発言には、毎度驚かされてばかりだが、今のは過去最高といっていいだろう。


「だって、この中ってスカイ・ボーンの中でしょ。じゃあ、これはホルモンかな?」


「ば、馬鹿! 勝手に触るな。いや、食べるな!!」


「いっただきま~~す」


 プリムはそこらにあった金属の箱に齧り付く。どう考えても食べ物でも、ましてホルモンでもないのだが、お腹が空いているからか、プリムはガッチリと箱に歯を立てる。恐ろしい咬筋力に驚きを通り越して、引いてしまったのだが、事態はさらに悪い方向に進んだ。


「ぎゃあ!!」


 プリムは突然悲鳴を上げる。

 そのまま倒れてしまい、ピクリとも動けなくなる。


「毒? いや……」


 というよりは、何か雷のようなものが走ったように見えた。思えば、スカイ・ボーンは雷を降らせていた。その『魔法(ルーン)』は雷属性で間違いないだろう。その体内にも、その『魔法(ルーン)』が走っていてもなんら不思議ではない。


 しかし、とはいっても、プリムはでたらめというぐらい頑丈な奴だ。雷撃を浴びせたところで、その体内で『魔法(ルーン)』を発動させない限りはビクともしない。


 ただよく考えてみると、歯を伝って雷撃が身体を伝った可能性はある。この場合、どうなるか俺にもわからなかった。


「プリム!」


 最終的に叩いてでも起こしてやろうと思っていたが、プリムはすぐ目を覚ました。だけど、なんか違う。俺を見る目がだ。いつもは目をキラキラさせて、「師匠。師匠」と煩いくせに一言も発せず、ピョンと薄い金属の板が跳ね返ったみたいに起き上がった。


「大丈夫か?」


「ダイジョウブ?」


 やっぱり何かおかしい。

 リルも何かに気づいたのだろう。警戒するように唸りを上げた。


 慎重に後ろに下がりながら、俺はプリムに尋ねる。


「お前は誰だ?」


「わたくしの名前は、気象制御雷撃殲滅兵器天雷型掃減機――略称テンライ……」


「テンライ?」


「はい。あなた方がスカイ・ボーンと呼んでいるものです」


 とてもプリムとは思えない難しい単語が飛び出す。しかし、その顔は冗談とは思えないほど真顔だった。


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挿絵(By みてみん)

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