第211話 元S級ハンター、2匹目と出くわす
本年はありがとうございました。
「魔物を狩るなと言われた最強ハンター」のコミカライズは終わりましたが、
WEB版はまだ続きますので、来年もよろしくお願いします。
キングコーンの姿には、大昔から様々な諸説が流れていた。ドラゴン、大蛇、大鷲、死神、黒い霧そのものが本体である唱えるものもいた。
しかし、その中で1番多かったのが、黒い霧に浮かぶ角になぞらえて、黒くたくましい毛並みをもつ一角馬であった。闇を纏い、天地を駆ける姿は数々の英雄譚にあって、魔王よりも恐ろしい存在として子どもたちのトラウマになってきた。
その【角王】キングコーンの姿が、まさしくヴェールを脱ぎ、今俺たちの眼前に広がっていた。
「馬……? 馬だよ、師匠」
「ああ。言われなくてもわかってる」
長い首に突き出た顎、しなやかな4本の細い足。確かにその姿は、馬だった。いや、馬に近いものだった。
ただ馬なのではない。そこには肉も、毛も、本来あるはずの内臓すらない。あるのはまるで金属のように頑丈そうな骨だけだ。
俺たちの前に現れたのは、巨大な馬のスケルトンであった。
そのキングコーンと目が合う。落ちくぼんだ眼窩の中で妖しい光が放たれる。直後、リルの遠吠えすら超えて、キングコーンは吠えた。一見、ひ弱そうに見える骨だけの馬も、小山よりも大きければ箔が付くというものだ。
まさに魔物の王者の風格を漂わせ、キングコーンは鳴く。
直後、再び俺たちの周りに闇が広がった。数秒剥き出しになったキングコーンの本体が闇の中に消えていく。
「なにこれ?」
「再生している??」
明らかに霧の量が増えている。氷で閉じ込め、俺の雷を浴びせたにもかかわらず、霧はまだ生きていたのだ。
(効いていない……とは思いたくないが)
俺はリルにもう1度、氷柱とのコンボを依頼する。リルは再び霧を凍らせるが、先ほどよりも効果が薄い。リルの動きに焦点を当て、こっちの動きを見ながら、霧を自在に動かしているらしい。
「こうなれば、直接――――」
俺が【砲剣】を構えた時だった。
闇の中から大きな骨の足が出てくる。俺たちに向かって急速に落ちてきた。
「リル、回避だ!!」
リルは氷の『魔法』を止めて、回避に映る。しかし、1歩遅い。
「プリム!!」
「あい!!」
プリムは落ちてきた足を両手で受け止める。さすが馬鹿弟子の力だ。今日以上にプリムが頼もしく思えた日はない。
「し、師匠……」
一刻の猶予もなかった。プリムは足に押しつぶされていく。本人の膂力にはまだ余裕はあるものもの、支えてる地面が次第に陥没していった。
「10……、7秒待て」
俺はリルと足裏から脱出する。
すぐさまレバーを引いて、排莢すると魔砲弾の属性を変えて、すぐ様打ち込んだ。
バンッと派手な音を立てて、キングコーンの足らしきものは弾き飛ばされる。
「師匠……」
地面に半分埋まっていたプリムを救出すると、俺たちは再びリルの背に乗る。リルが走り出すと、あの足が再び襲いかかってきた。
「師匠、踏まれる!」
「喋るな! 舌を噛むぞ!!」
闇の中から襲いかかってくるキングコーンの足。どこから落ちてくるかわからないぶん、確かに恐ろしい。だが、俺としてはラッキーだ。
「今まで見えなかった獲物の姿が見えてるんだからな」
この機会を逃すハンターはいない。
俺は銃把を引く。砲口から発射された特別製の弾丸は赤い放物線を描き、闇の中から出てきた足に着弾する。再び派手な爆発音が辺りに響くと、キングコーンの巨体が揺らいだ。そのまま走りつつ、頭から地面に倒れた。角は地面に刺さり、悪夢のような突進が止まる。
「スケルトンといえど、足がもつれれば倒れることもある」
今が絶好のタイミングだ。
俺はキングコーンの胸部分を狙う。そこには魔物を構成する核のようなものが光っていた。キングコーンの骨とは違う唯一の場所といっていいだろう。〝王〟とは呼ばれても、魔物の弱点は変わらない。俺はついに銃把を引いた。
間髪を容れずに撃ち込んだが、すぐに黒い霧が本体を隠す。弾道は間違いなくキングコーンの核を狙ったはずだが、手応えはなかった。
どうやら霧は外敵を排除する以外にも、防御にも有用らしい。
再び元の真っ暗な霧が眼前を覆い隠した。
「際限がないな」
こうなれば、霧があろうとなんだろうと、それをぶち抜いて、核を一撃で落とすしかない。
「プリム、出番だぞ」
「あい」
プリムは振り返り、いつものハントと同じく魔物を探し始めた。
俺からすれば、そこに広がっているのは、闇ばかりである。だが、プリムの目と耳は人のそれとは違う。視界に映るものの分析だけではなく、魔力、空間の揺らぎのようなものが計測できる。
あまりこう認めたくないが、プリムがいなければ倒せなかった魔物は数多くいたろ。まあ、俺の類い稀な射撃能力があってこそだがな。
「師匠! あっち!!」
プリムが核の場所を探す。
それは空の上だった。
なるほど。そういうことか。
「リル、速度はそのまま維持してくれ。プリム、発射タイミングは任せる」
「あい。3――」
「2――」
「1――」
「次、なんだっけ?」
次の瞬間、俺は銃把を引いていた。
【砲剣】から飛び出した魔砲弾は、狙い通り天高く飛び上がる。青白い光の功績を描きながら、すっかり更けた夜の闇に消えていった。
その弾道は無論、キングコーンからは離れている。しかし、これでいい。何度もこうやって俺たちはハントしてきた。誰も信じなくても、俺だけは信じられる。
馬鹿弟子が示した方角を――――!
次の瞬間、闇の向こうで重い音が響き渡った。続けて、目の前の闇がぐにゃりとねじれる。それまで規則正しく、計算し尽くされた動きを見せていた霧が突然暴走を始める。再びキングコーンの骨格部分が露わになった。
勿論、俺は好機を逃さない。
再び魔砲弾を装填し、スコープを覗いた。
「これで――――」
ふわっと俺たちを囲ったのは、またあの闇だった。核が損傷したことによって、霧を制御できなくなったのだと思ったが違う。キングコーンは再び立ち上がり始めたのだ。
再び霧がキングコーンを隠す瞬間、俺はある者を目撃する。
「霧が核を再生させている」
核の周りに纏わり付く黒い霧たち。それらが赤く発熱し、核を修復していたのだ。
(出鱈目すぎるだろ。霧だけでも厄介なのに)
攻防一体というが、チート過ぎる!
「リル、撤退だ」
俺は即断した。
正直、石にかじりついてでもこの場にいて、どうにかアイツを討伐したい。だが、弟子や相棒の命には変えられない。何より、俺には妻と子ども、それに仲間がいる。
「昔の俺が今の俺を見たらどう思うだろうな」
あの時の俺は復讐の鬼だった。今も変わらないが、それでも環境が違う。自然と「撤退」の判断ができたのも、その環境の変化のおかげだ。
しかし、1歩遅かった。
「師匠……」
『わぁう!』
俺たちはすでに取り囲まれていた。
今も思えば、キングコーンが大人しく俺に撃たれたのは擬態だったのでは、と思わないわけではない。とにかく奴は俺たちが閉じ込めることに成功した。
今、手元にレーバテインはない。
お守り代わりにもらった師匠の剣も、見えない蟲にはさほど効果を示さないだろう。ほとんど物理が効かない相手に、馬鹿弟子の力も役に立たない。
肝心の俺も、そして動きっぱなしのリルも、すでに疲弊しつつある。特にリルは『魔法』を使い過ぎている。このままではへばるのも目に見えていた。
師匠として、せめてプリムとリルだけでも逃がしてやりたいところだが、それも叶わなかった。
「絶体絶命というやつか」
こんな時なのに、顔が引きつる。笑いがこみ上げてくる。ここまで追い詰められたのは、一体いつぶりだろうか。魔族と対峙した時ですら、心のどこかにまだ余裕のようなものが存在した。
だが、自分のお洒落を気取る暇すらない。
霧が狭まり、闇の向こうでキングコーンが近づいてくるのがわかる。あいつは今、どんな顔をしているのか。そんな益体もないことを考えると、なんだか腹が立ってくる。
(すまん。シエル……)
心の中で愛娘に謝ろうとした時、ふと俺の鼻頭に何かが触れた。
雨だ。
しばらく雨が降らず、荒野となった土地におそらく久方ぶりであろう雨が降り出す。最初は天気雨程度だったものが、やがてスコールのように激しくなり、風も出てきた。
ゴロゴロと雷も鳴り響く。
天が俺の死を嘆き悲しんでいるにしては、随分と盛大だ。
この雷雨に乗じたいところだが、あまりいいアイディアは思い浮かばない。黒い霧は風雨などものともせず、今俺たちを食らわんと近づいてきていた。
いよいよとなった時、黒い霧を纏いながら、馬の顎のようなものが現れる。ついに食われるとなった時、それは何か轟音を響かせながら現れた。
ブロロロロロロロロロロロロロロ!!
何かが落ちてくる。
そう直感した俺は、反射的にリルとプリムに伏せるにように指示した。
瞬間、頭上で青白い雷が弾ける。
悲鳴を上げたのは、キングコーンだった。
馬の嘶きのような音が響くと、俺たちの周りにいた黒い霧が一点に収束して言った。やがて、それは1頭の巨大な馬を生み出す。。
「一体、何が起こってるんだ?」
「師匠、あれ! あれ!!」
プリムが興奮気味に指差す方向を見ると、そこにまた翼を広げた巨大な魔物の姿があった。
水平に翼を伸ばし、風車のようにグルグルと回っている。肌は骨のようにツルツルしてみえるが、見方によっては金属のようにも見えた。
キングコーンと同じく、雷雨を操りながら現れたそれに、俺は心当たりがあった。
「まさかここで現れるのか……」
【王禽】スカイ・ボーン!







