第203話 元S級ハンター、呆気に取られる
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また本日はニコニコ漫画で第18話を更新しております。
コメント付きで読みたい方は是非ご利用下さい。
伸びをしたり……。
欠伸をしたり……。
ネズミを追いかけたり……。
もはや猫だった。
全員が赤耳の獣人の雰囲気に呆然とする。ついさっきまで俺は奴と死闘を繰り広げていた。さらに言えば、多数の冒険者を追い返してきた強者なのだ。それが何故か今では、道化かと思う程、穏やかにゴロゴロと床の凹凸を使って、背中を掻いていた。
「お前、何者だ?」
「何者? うーん。うーん……。何者だろう?」
赤耳の獣人は「ぬはははは」と笑う。態度は飄々としているものの、嘘は言っていないように見えるから余計に始末が悪い。
「ふざけるな」
「じゃあ、名前をつけてよ、ゼレット」
「はっ?」
「ん? 違うの、ゼレット?」
赤耳獣人は首を傾げる。
戦っている時は、無表情だったから気づかなかったが、よく見ると愛嬌ある顔をしている。本当に大きな猫みたいだ。まあ、リルには負けるがな。
「名前を付けてやったらどうだ?」
提案したのはダルミスだ。
「どういうわけか、こいつにはもう俺たちに対する敵愾心というか、ここ防衛する本能みたいなものはないようだ」
「そうみたいだな……」
だからといって、名前まで付ける必要があるのか? 拾ってきた猫でもあるまいに――いや、そのようなものか。
「それに『マスター』というのは古代の言葉で、『師匠』という意味だ。こいつ、ゼレットを師匠と思っているかもしれないぞ」
「おお。ゼレットは師匠なのか! じゃあ、師匠! お願いします」
なんだかおかしなことになってきた。
師匠って……。別に俺は弟子を取るつもりはないぞ。
しかし、このままここに放置するわけにもいかないか。何せコイツは古代の生き証人だ。うまくすれば、古代の人間がどういう風に生きていたか解明することができるかもしれない。そもそもこんな都合のいい証人を、専門家が見逃すはずがないだろう。今すぐベッドに寝かせて、骨の髄まで調べたいはずだ。
「なら、俺なんかより専門家が1番適当じゃないか」
「ベンガレンのことか。確かにな」
「あれ? そのベンガレンはどこ行った?」
ユーギーをはじめ冒険者は辺りを見渡す。
「たぶん器材の影に隠れてるんだろう。腰が抜けて立てないんでいやがるんだ」
ユーギーは嘲笑すると、冒険者と手分けして、ベンガレンを探し始めた。
俺は少し首を捻る。
この獣人の所有者はいずれベンガレンになるだろうが、仮の名前ぐらいは必要だろう。いつまでも『赤耳の獣人』なんてのも味気ないしな。
「じゃあ、お前の名前はプリムだ」
「プリム? 僕のこと?」
「お前じゃなきゃ誰のことだと思ってるんだ」
「やった! 初めて師匠から名前をもらった。大切にするね、師匠」
「別に大切にしなくていい。仮の名前だからな。あと、その『師匠』というのをやめろ。俺は弟子を取るつもりはない?」
「なんで? 師匠は師匠でしょ??」
「だから――!!」
突然、空間が揺れたような気がした。
それと同時に、何かのロックが外れるような音が響く。先ほどまで和やかな空気が流れていた空間が一転する。赤い光が回ると、鐘の音にも似た音がやかましく鳴り響いた。
「トラップか?」
ダンジョンにはガーディアンの他に侵入者を排除するためのトラップが存在する。
「それに近いものだが、わからないな。いつもの空気とは違うぞ」
「へっ! こうなったらとことんやってやるよ!!」
ユーギーは双剣を構えて、罠を迎え討とうとする。他の冒険者も同様だ。いきり立つものもいえば、震え上がるものもいた。ダルミスも額に汗を掻いている。
「こりゃ逃げた方がいいかもな」
「ナイスな提案だ、ダルミス。だが1歩遅かったな」
空間内にある無数の巨大ビーカー。
俺の弾に対しても、ほとんど傷を入れられなかった硝子が突如弾け飛ぶ。容器の中を満たしていた液体が溢れ出すと、同時に中に入っていたガーディアンが出てくる。
いや、ガーディアンというよりは、それは先ほど俺たちの前で屈託のない姿をさらしたあの赤耳の獣人と、同じ姿をしたものだ。
「こいつ……、動くぞ」
液体の中に漬けられ、てっきり死んでいるものと思っていたが、赤耳の獣人は立ち上がる。最初は生まれたばかりの子鹿のようなおぼつかなさだったが、急激に筋肉が発達すると、ついに立ち上がった。
やがて黄金色の瞳を俺たちに向ける。
「おいおい。なんか様子が違わねぇか?」
「ああ。プリムとは気配が違う。というより、以前のプリムだな」
ダルミスが後退しながら、顔を青くするのも無理はない。無数にあるビーカーが次々と壊れると、例の赤耳の獣人がむくりと起き上がる。その数は10体。たった1体でもやっと倒せた相手が、その10倍の数となって現れたのだ。
「マジかよ……」
ユーギーもまた呆然としている。
絶望に彩られ、得物を取り落とす冒険者も少なくない。ダルミスは後退を指示したが、突如入口の閉められる。俺たちは閉じ込められてしまった。
『ぶはっはっはっはっ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!!』
聞こえてきたのは、薄気味悪い大笑だった。
「ベンガレンさん?」
「いないと思ったら……。あの司祭、何をやってるんだよ!!」
ユーギーは怒りを滲ませる。
周りを見渡したが、ベンガレンらしき人影が見当たらない。わかったのは、声の出所だが、そこにベンガレンの姿はない。金属でできた魔導具らしきものは、俺たちの方を向いているだけだった。
「ベンガレンさん、これはあんたの仕業か?」
『その通りだ、ギルドマスター。どうだ? 素晴らしかろう? これが旧文明の力だよ』
「ああ。よくわかった。だが、茶番をやめてくれ。冒険者が怯えている。ここにいる獣人はあんたの言うことを聞くんじゃないのか?」
『その通り』
「なら引っ込めてくれ。専門家の解説はあとで存分に聞くから」
『断る。何故、わたくしがお前たち冒険者の言うこと聞かなければならない』
「あんた、何を言ってるんだ」
『わからんか? 所詮は寄せ集めのクズの集まりか……。わからせてやれ、No.4』
次の瞬間、1体の赤耳の獣人が飛び出す。
ダルミスに向かって走り出すと、あの振動を伴った拳を振りかざした。
ドンッ!
俺はすかさず【砲剣】を撃つ。
獣人の足を止めると、次弾に雷属性の『魔法』を込めた弾を撃ち込む。獣人は回避すると、一旦後ろに下がった。
「助かった、ゼレット」
「1人ならどうにかなる……が……」
複数同時に襲いかかられたら、さすがの俺もどうしようもない。退却が現実的だろう。そのためには後ろの扉を突破する必要がある。【砲剣】で吹き飛ばされるだろうか。できれば魔族以外の相手で、奥の手は使いたくないのだが……。
一先ず時間稼ぎをするか。
「ベンガレン、俺たちを殺すつもりか。お前の目的なんだ?」
『ゴミにわたくしの高尚な野望を話しても理解できないだろうが、冥土の土産に教えてやろう』
(高尚というには、台詞はペラペラに薄いけどな)
『何か言ったか、ゼレット・ヴィンター』
「何も……。それで? 野望とは?」
『世界征服だ』
「………………はっ?」
俺たちが呆気に取られる横で、ベンガレンはヒートアップする。
『わたくしは! この力を使い! 旧文明を復活させ、今の『魔法』や『戦技』に頼った、新文明を破壊してやるのだ!!』
「…………」
ちょっと何を言ってるかわからない。







