第193話 元S級ハンター、カミナリウナギの丼を味わう
ハタハタハタハタ……。
団扇が仰ぐ音が響いている。
場所は宿泊施設の大台所だ。
本来ならお客のために何十人という料理人たちが、忙しなく動いている厨房ではあるが、今は静まり返っていた。聞こえてくるのは、団扇を仰ぐ音と、七輪の中の炭が爆ぜる音だけだった。遠くの方で火山が燃え盛っているとは思えないほど、厨房内はのんびりとした空気が流れていた。
そんな風流な音とは対照的に鼻腔をつく香ばしい香りは実に暴力的だ。
今、七輪の上には網が置かれ、網には俺が捕獲したライトニングイールことカミナリウナギが焼かれていた。純白にほんのりと紅紫色をした身に焼き目がついていく。通常鰻の蒲焼ともなれば、皮を楽しむものだが、カミナリウナギの皮は厚く噛み切れないため、今回は身だけだ。しかし魚とは思えない肉厚の身は、網の上で牛のステーキを焼いているかのような迫力があった。
今回の料理人はギルドマスターだ。
蒲焼きには少しうるさいらしく、頭に捻り鉢巻きを巻いて、テキパキと調理していた。1歩下がったところでも七輪から噴き出す熱は凄まじいものだが、ギルドマスターは額に汗を浮かべながら、何度も肉厚の身を返す。
しばらくして純白の身が狐色になってくる。
その色が均等になると、蒸し器の中に入れた。
「蒸すのか?」
「そうよん。一旦蒸すことで身がとっても軟かくて、ジューシーになるのよぉ」
15分ほど蒸した後、あらかじめ用意していたタレを身にたっぷりと塗りつける。タレには濃いめの魚醤、酒、少量の砂糖、酒精を加えた調味料が入っている。全体的には甘塩っぱい仕上がりになっていた。
焼き、蒸し、タレを加えてまた焼く。
タレとともにカミナリウナギの身から滲み出た脂が炭の中に落ちていく。
ジュッという音とともに、痺れるような香りが脳幹を直撃した。
煙とともに嗅ぐ香りは、本能的に俺たちの胃を刺激してくる。
プリムとリルのコンビは、すでに七輪の前で臨戦体制で、目と唇を輝かせながら料理ができるのを待っていた。
狐色がタレと相待って濃くなる。
そこにさらに追いタレをすると、いよいよ蒲焼らしい濃い赤茶色の姿になってきた。
「よし。完璧」
ギルドマスターは自画自賛する。
どうやら白米も炊けたらしく、パメラが丼に白い米を盛っていた。
タレのこともそうだが、ここがリゾート地の中にある宿泊施設でよかった。
大台所には古今東西の食材と調味料が手付かずのまま残っている。
俺たちがやってることは、火事場泥棒のようなものなのだが、このまま置いていても腐るだけなので、こうやって供養するのが生産者のためになるだろう。
熱々の白米の上に、一口サイズに切った蒲焼を丁寧に並べていく。
普通の蒲焼って肉厚が厚いため、丼から身がこぼれそうだ。
「カミナリウナギの蒲焼き、お待ち!!」
完成を知らせるギルドマスターの声に、大台所は一気に華やぐ。
ネギなどの薬味を用意し、いよいよ待ちに待ったカミナリウナギの蒲焼きが宿泊施設の食堂に並んだ。あいにくと、がらんとした食堂だが、匂い立つ料理の匂いは一級の鉄板ステーキのそれと変わらない。皆が席につくと、カミナリウナギの試食会ならぬ、本日の晩御飯が始まった。
『いただきます』
早速、箸を取るが、何度も言うが匂いがたまらない。
焼いている時に嗅いだ香ばしい匂いにプラスして、タレの匂いとそれが焦げた香りが加えられ、嗅覚が幸せで満たされる。このままずっと嗅いでいたいのだが、激戦を終えた俺の腹はそれを許さない。ギュッと収縮して、内側から俺の腹を蹴り飛ばしてきた。
やれやれ、と思いながらも、自分のことながらワクワク感が止まらない。
まずはタレと焼きが入ったカミナリウナギからだ。
あの淡白な味は一体どうなっただろうか。
もぐっ……。
「ぬおおおおおおおおお! うめぇぇええええええええ!!」
丼を持ったまま思わず立ち上がった。
だが、俺だけじゃない。最初に身を食べたプリムやオリヴィア、ラフィアも顔に「うまい!」と文字を書いて、立ち尽くしていた。
焼き目の入った外側のさっくりとした食感。
続いてきたのは、刺身の時とはまた違う身の軟らかさだ。
ステーキとはまた違うジューシーな味わいに、噛んだ瞬間上質な脂が溢れ出てくる。薄い旨みは火が通ったことによるのか強くなり、濃い味のタレと絡んで口にすることも難しい、至福の味覚を与えてくれる。
皮がないことと、肉厚の身のおかげで、蒲焼の醍醐味がなくなってしまったかもしれないと思ったが、全くの杞憂だった。
何より濃い味のタレと、真っ白な米があう。
白濁とした米に濃い飴色のタレ、そこに肉厚のカミナリウナギ。さらに薬味のネギも加わると、まるでスタミナ丼を食べているような衝撃を受ける。ジャンクな感じはなく、濃いタレに上品な脂と、しっとりした身の歯応えは高級料亭で食べる海鮮丼にも似ていた。
「ふふん。みんな、満足してくれたようね。でも、お楽しみはここからよ〜」
ギルドマスターが持ってきたのは、魚のすり身を濾したものを出汁にしたスープに、酒、塩を加えたものだという。
残ったカミナリウナギの蒲焼きの上に、ちょこんとのせた緑色の薬味は、俺とパメラの故郷でもあるカルネリア王国で有名なワサビというものだった。独特の清涼感とともに、鼻につんとくる独特な辛みが特徴的だ。カルネリア王国のエルフの中でも好き嫌いが分かれる薬味の1つである。
カルネリア王国の食堂でも置いてあることが少ないワサビだが、どうやらこの大台所にはあったらしい。
蒲焼きの上にワサビを乗せた後、ギルドマスターは先ほどのスープをゆっくりと回しかける。ほどよい温度に温められたスープから白い湯気が立ち上ると、スープの中に溶けていったワサビの香りが、鼻腔をついた。カルネリア王国出身者としては見逃せない、いや嗅ぎ逃せない香りだ。
「うまそう」
「むふふ……。どうぞゼレットくぅん」
ヴァンパイアに血を吸われた眷属のように俺は、ゆっくりとその丼を手にする。どんと乗ったカミナリウナギと白米、そこに満ち満ちた黄金色のスープがまた美しい。何より食欲をそそった。
ずずっ……。
慎ましい音を立てて、カミナリウナギの出汁茶漬けを口にする。
「はうっ!」
変な声が出てしまった。
思ったより熱かったのもあるが、広がった旨みの爆弾に俺は被弾する。
魚から取ったスープの上品な旨みエキスに加え、カミナリウナギの脂、旨み、タレが混然一体となって、舌を包み、疲れた身体をほぐしていく。
極め付けはワサビだ。様々な味が入り乱れた中を、緑色の涼風が吹き抜けるが如く、味を引き締めまとめてくれる。味のしつこさを抑えるとともに、さわかやな高原の空気が口の中に広がるようだった。
カラリ……。
気がつけば丼が空になっていた。
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