第184話 元S級ハンター、思い出す
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本日、ピッコマにて最新話が更新されました。
いよいよあの食材の調理が始まります。
垂涎の出来なので、是非ご賞味下さい。
また2月24日には、コミックス第4巻が発売予定です。
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瞬間、身体が軽くなる。
俺はハッと後ろを振り返った。
シエルを見ると、だいぶ顔色が良くなっていた。
薬の効果というよりは、ボンズの『戦技』の効果が切れたのだろう。
どんなに万能な『戦技』や『魔法』も、使い手が意識を無くしたり、死んだりすれば持続することはできない。
ただボンズの場合、『戦技』の性質上、能力で作った毒かそうでないのか、見分けるのは難しい。あらかじめ薬をもらう駆け引きを行なったのも、意識を失ってからでは時間がかかるからだ。
「プリム、ボンズを縛り上げろ。慎重にな」
といっても、プリムに毒は効かない。
こいつの身体の頑丈さは、俺がよく知ってる。
流石のボンズもプリムのような相手ではどうしようもないだろう。
プリムがそろりとボンズに近づく。
最初に反応したのは、リルだ。
その様子を見て、ただならぬ気配に気づく。
俺は咄嗟にリルの背に乗ったシエルを庇う。
次の瞬間、梢の揺れる音を聞くと、さっと目の前を影が通り過ぎていった。
次に目視できた時、俺たちは見覚えある猩猩族が木にぶら下がっていることに気づく。小脇には意識を失ったボンズの姿があった。
「あいつ、見たことあるよ、師匠」
「ああ。ヤム一派のものだな」
忘れていたわけではなかったが、シエルが助かって、その間隙を突かれたのは否めない。
(いかんな。やや幸せボケしているかもしれない)
ルカイニの一件で、ブランクは取り戻せたと思っていたが、どうもまだ本調子というわけではないようだ。
それに頭がぼんやりする。
毒に対する耐性こそあるつもりだが、ゼロというわけじゃない。
(嫌な予感がする……)
今はもう警戒も油断もしていない。
目の前の敵も強敵というわけではない。
万全の俺じゃなくとも、プリムとリルに当たらせれば勝率は10割に近い。
(何か見落としている気がしてならない)
それはエシャランド島に来てから、感じていた。
最初は小さなものだったが、それは次第に大きくなっていた。
どこからかはっきりしないが、俺の不安は決定的に膨れ上がって来たことは確かだ。
「師匠! あいつ、捕まえていい?」
「待て。プリム」
「んにゃ?」
「リルもその場を動くな」
『バァウ?』
「何か嫌な予感がする。久しく感じていなかったこの感じ」
悪寒のようなものがする。
がさりと背後の茂みが動く。
やってきたのは、ヤムだ。
後ろには部下のドワーフも控えている。
こっちを睨んで、いずれも殺気立っていた。
「見つけましたよ、ゼレットさん。よくもうちのアジトをめちゃくちゃにしてくれましたね」
「覚悟しろよ、ゼレット・ヴィンター」
「さあ、スライムをこちらに」
ヤムが手を差し出す。
俺は動かなかった。
ただじっとヤムの細い指を見つめる。
やや伸びた爪は、ネイルの色もあってか、凶器めいた印象を受ける。
それでもヤムに至っては、危険な気配は微塵も感じない。
「どうしました、エシャラスライムをこちらに」
「お前たち、ここに来るまで誰かに合わなかったか?」
「はあ? 何を言ってますの?」
「答えろ」
「…………時間稼ぎのつもり?」
ヤムは目を細め、俺の方を向いて訝しむ。
やはりこいつではない。
直後、地面が震える。
同時に空気が軋む。
火山性の振動に、ヤムたちも驚いていた。
「姐さん、さっきから地震がすごいよ」
「言われなくてもわかってるわよ。本当に噴火するかもしれないわね」
「おでたち、ここにいるのは危険なんじゃ……」
「そうだね。あんたたち、とっととエシャラスライムを奪うんだよ」
ヤムの命令で、猩猩族とドワーフが動く。
すると、2人の足が止まった。
「なんだ、お前?」
「ロージ、知り合い?」
特大の殺気が側をすり抜けていく。
背後を振り返り、その姿を見た直後、俺は叫んだ。
「逃げろ!!」
プリムと、リルは素直に動いた。
特にリルの反応がいい。すぐさま背に乗ったシエルとともに、安全圏まで退避する。
逆に反応がまずかったのは、猩猩族とドワーフだ。
突然現れたそれの姿と、ただヤバさに気づいてないらしい。
「お前、なんだ?」
「やめろ! 離れろ!!」
俺は叫んだが、次の瞬間猩猩族は吹き飛ばされていた。
体重100キロ以上もありそうな猩猩族が、木を超え、森の上に広がる空へと消えていく。
「な、なんだ?」
「近づくな! そいつは化け物だ。お前らなんて相手にならないほどのな」
「ゼレットさん、あれは一体……」
「あれは……」
こっちで会話を進める中、それは悠然と動き、側にあったエシャラスライムを拾い上げる。
エシャラスライムはただじっと見ていたわけではない。
大きく口をあけると、それを飲み込もうとする。
だが、それは意に解さない。
そっと両手を使って、エシャラスライムを眺めている。
それを一言で表すとすれば、「異様」の一言に尽きる。
黒い肌に、血を刺したような赤い瞳。
全体的に逞しい身体から伸びていたのは、しなやかな鋼のような尻尾と、翼――そして頭から伸びる山羊のような角だった。
(全く……。どうやら俺は今の今まで平和ボケしていたらしい。なんで今まで考えなかった。あいつらの目的は、俺がよく知ってるじゃないか?)
俺が子育てに勤しんでいる間も、決して奴らの動向から目を離さなかったわけではない。ラフィナを通じて、常にその情報がないか、送られてくる書類全てに目を通してきた。
幸運にも奴らはこの3年ずっと息を潜めていたようだ。
そして、今俺の前に現れた。
Sランクの魔物を抱えて。
それまで漠然と抱えていた不安が一気に吹き飛ぶ。
周りがその異形の存在を見て、鼻白む中で、俺だけがその再会を喜んでいた。
「よう。久しぶりだな」
魔族……。
そして俺は【砲剣】を構えるのだった。







