第181話 元S級ハンター、噴火を予見する
◆◇◆◇◆ パメラたち ◆◇◆◇◆
「噴火って……!」
ラフィアの話を聞いたラフィナは椅子を蹴る。
突然もたらされたエシャランド島にある火山の噴火。
急報を聞いて、オリヴィアや料理ギルドのギルドマスターも驚いていた。
エシャランド島の最南端にはエシャラ火山と言われる活火山が存在する。活動的な火山で、自然の強いパワーを見せつけるように常に噴煙を上げ続けていた。
西から東に向かって吹く風のおかげで、火山灰の影響こそないが、その地熱はエシャランド島の特殊な自然環境に一役担っている。
ここ数十年大きな火山活動は見られなかったため、あれが危険な自然災害を生む活火山であることを、パメラもすっかり忘れていた。
まさに天災は忘れた頃にやってくるという奴である。
「うちのお抱えの占術師からの報告ですわ」
「占術ということは、外れる可能性もあるんですよね?」
オリヴィアは問いただすのではなく、一縷の望みをかけるように口にした。嘘であって欲しいのだろうが、ラフィナは首を振る。
「可能性はあります。ですが、アストワリ家が契約している占術師はとても優秀です。わたくしも外れて欲しいとは思っていますが、一旦避難した方が懸命かと」
その時だった。
一瞬建物がぐらつく。微かに天井のシャンデリアが震えていた。
「どうやら間違いなさそうね〜。実は昨日から度々揺れを感じていたのだけど、あれはお酒のせいじゃなかったのね〜」
「揺れを感じていたのなら教えてくださいよ、マスター」
オリヴィアは首を傾げるギルマスの腰をポコポコと叩く。
「仕方ないですわ。火山性の地震なんてここではしょっちゅうなんですから」
「今思えばぁ、よくこんな島にテーマパークなんて建てようと思ったわよね〜」
「ギルドマスター、忘れましたか? このテーマパーク自体が不当な方法で建てられていることを」
「そういえば、そうだったわ」
「それに今は……」
オリヴィアはパメラの方に振り返る。
時が止まったように呆然とするパメラは胸を押さえたまま固まっていた。
亭主はおろか、最愛と言える娘ですら今はいない。
気が気でないことは、本人に問いかけるまでもなく周りは察した。
そんなパメラに最初に声をかけたのは、ラフィナだ。
「パメラさん」
「は、はい」
「気持ちは察しますが、今はご自分の安全を第一に考えた方がいいかと……。ゼレット様もそう判断されると思いますわ」
「で、でも……。シエルまでいないのに」
「シエルちゃんはきっとゼレット様と一緒にいらっしゃいます。元S級ハンターのゼレット様の側にいるなら、安全です。違いますか?」
「そ、そうね」
「逆にピンチなのはわたくしたちですわ。多分ゼレット様も心配してるはず。今はこの島から脱出するだけを考えましょう」
「…………わかった。ありがと、ラフィナさん。私、気が動転して」
「仕方ありませんわ。大事な家族なのですから」
パメラの表情が幾分か和らぐ。
しかし、問題はまだ山積していた。
「脱出といっても、どうやって脱出するんですか、ラフィナ様」
「そうね〜。大陸本土とエシャランド島を結ぶ船はあたしたちが乗ってきた客船だけよねぇ」
「このテーマパークにいる人全員となると、たった1隻では難しいかと思うのですが」
オリヴィアは自分で言いながら、次第に声のトーンを落としていく。
「今、公爵家所有の船が数隻、出航の準備をしているところですわ」
「数隻! さすがアストワリ家」
オリヴィアは両手をあげて喜ぶのだが、ギルマスの表情は変わらない。
「といっても、今から出航してもここに到着するのは、どんなに早い船でも2日」
「それまで噴火しないことを祈るしかありませんわ」
ラフィアは南の方角を臨む。
噴煙をたなびかせる火山の手前には鬱蒼と茂る密林が広がっていた。
◆◇◆◇◆ ゼレット ◆◇◆◇◆
雑魚のプランターアークを切り裂く。
葉に雷撃を浴びた植物系の魔獣は激しく光を放ちながら、ついには真っ黒になって枯れ落ちた。
「随分と奥までやってきたな」
周りを見渡すと、鬱蒼と生い茂る南国の樹木しか見えない。
テーマパークに漂っていたファンシーな空気は消え、獣臭が混じる原始的な香りが辺りに満ちていた。
俺は黒のコートから水筒を出す。
プリムにおぶされたシエルに差し出した。
「シエル、飲んでくれ」
発汗がすごい。
このままでは毒の前に脱水症状を起こしてしまう。
幸いシエルは俺の言葉に従う。
冷たい水を3度ほど口にした後、再び荒く息を吐き出した。
そんな娘の表情を見ると、胸がキュッと締め付けられる。
願わくば自分が変わってやりたかった。
シエルに毒を打ったボンズを許すわけにはいかない。
今、この森を全て焼き払い、シエルが受けた苦しみの一万倍の苦しみを奴に与えたい。そんな憎悪が燃え上がる。
それは師匠を亡くした時と似たような感情だった。今にも爆発しそうな感情を、元ハンターとしての理性が押さえているような状況だ。
(落ち着け……。感情的になれば、狡猾なボンズの思う壺だ)
感情と理性がせめぎ合う。
最中、地面が揺れた。
昨日から火山性の地震は何度か感じていたが、今のは大きい。
「まさか……」
南の方にあるエシャラ火山を見つめる。
「プリム、リル……。何か妙な音が聞こえたりしないか?」
「おへその中から、ゴロゴロと音がするよ、師匠」
「お前の腹が減っていることは知っている。他にだ。例えば、地面の下からとか」
「地面の下? う〜ん。ちょっとわかんないかも。リルはどう?」
『バァウ!』
「地面の下でなんか大きな生物が動いているような気がするって」
俺は顎に手を当てた。
まさかエシャラ火山が噴火しようとしているのか?
くそ。心配の種がまた増えたな。
シエルが受けた毒だけでも厄介なのに。その上、噴火とは。
苛立ちを必死に抑える中、エシャラスライムと目が合う。
「わかってる。お前らも無事送り届ける。それがシエルとの約束だからな」
エシャラスライムを撫でる。
ずっと見てると可愛いものだ。
俺にとって、魔獣全てが害悪ではあるのだが……。
ヒャンっ!
不意に空気を切り裂く音が聞こえた。
すかさず【炮剣】を握ると、とんできた針を打ち返す。
「俺が苛立つところで、すかさず奇襲か。さすがは元S級ハンターだが、みえみえすぎるぞ、ボンズ」
俺は振り返る。
飛んできた射線方向を目で追うと、迷彩柄の服を着たボンズと目が合う。
向こうはすぐにその場を脱出すると、背を向けて走り出した。
「逃すか!」
俺は【炮剣】を収めると、今度は【砲剣】を構える。
背中を向けるボンズに、照準を向けた。
トリガーを絞る。
ドゥン!!
強烈な砲声が密林の中で響き渡る。
魔法弾は一直線に飛んでいく。
ボンズの肩を抜くつもりだった。
だが、弾はボンズの肩口の肉を抉るだけだ。
ボンズはそのまま森の奥へと逃走する。
それを見て、目を丸くしたのはプリムだ。
「し、師匠が外した? わざとなの、師匠?」
「当たり前だろ? 奴に当てたのは臭気弾だ。その臭いを追え、リル、プリム」
「了解!」
「一緒にだぞ、プリム。独断先行は絶対ダメだ。ボンズが何かを仕掛けているかもしれないからな」
「あい〜」
プリムはシエルをおぶさったまま歩き出す。
俺は【砲剣】をしまうと、自分の指先を見つめた。
最初にボンズと出会った時の毒が抜けきっていない。
そのため微妙な感覚が重要になる狙撃に、影響が出ていた。
気がつけば、心配そうにリルが俺を見つめている。
『バァウ〜』
「プリムは騙せても、リルにはバレバレか?」
俺はリルの毛を撫でる。
うん。やはりスライムよりも、うちのリルの方が触り心地が良い。
「フォローを頼む。頼りにしているぞ、相棒」
『バァウ!』
任せろ、とリルは吠えるのだった。







