第165話 元S級ハンター、背中を洗ってもらう
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ラフィナとの出会いから、リヴァイアサン編の始まりまで網羅。
巻末には奥村先生書き下ろし漫画収録。Web版の話で未収録だったあの話を描いていただきました。
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「ぱーぱ!」
真っ白な肌を晒したシエルが、サラサラの金髪を揺らして、湯殿を走る。
本人はパパを発見してニコニコ顔だが、俺としてはヒヤヒヤだ。
濡れた湯殿の石畳みは、いくらトレッキング鍛えたシエルの足腰でも難易度が高い。
「あっ!」
俺の心配は的中し、シエルは転ける。いや、転けそうになる。地面に膝や顔が打つ前に、シエルは空中で止まった。そのまま時間を戻すように、シエルは床の上に立つ。その後ろから現れたのは、キュールだった。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
一方で湯殿の出入り口から影が伸びた。
「もう! 滑りやすいから走ったらダメって言ったでしょ!?」
むっと頬を膨らませ、お冠なのは我が妻パメラだ。こちらはギルドマスターと同じく、白い布で肢体を隠している。普段ポニーテールにしている髪をお団子にしてまとめていた。
(――って、ちょっと待て。なんでパメラとシエルがここにいるんだ?)
という疑問と同時に、横で湯船に浸かったギルドマスターに気づく。
慌てて、俺はその目を塞いだ。
いくら女か男かわからないとはいえ、生物学的に男だ。
それが自分の娘と妻なら尚更見せることができない。
「見るな!!」
「ちょっとぉ~! ゼレットくぅん! 何をするのぉ? もしかして新手のプレイ? うふふふ……。楽しみだわぁ」
「気持ち悪いことを言うな。俺にはそんな趣味はない。……パメラ、お前なんでここにいる」
俺はシエルを抱き上げたパメラに注意する。しかし、妻の方はパチパチと目を瞬かせる。
「何を言ってるのよ。私だって貸切風呂に入りたいわよ」
「ここは男湯だぞ」
「?? 何を言ってるの、ゼレット。貸切風呂に男湯も女湯もないのよ」
「なっ!」
「家族で借りてるんだもの、当たり前でしょ」
さも当然という感じで反論してくる。
公衆浴場で男湯女湯はわかるのだが、家ではそんなことはないからな。
まあ、その理論で言うと、ギルマスはここから排除されてしかるべしなのだが……。
いや、待てよ。
ここが男湯だからこそギルドマスターが男だと思っていたが、混浴となると……どうなるんだ?
「オリヴィア、早く来なさいよ。すっごく広くて、素敵な露天風呂よ」
「オリヴィアまでいるのか?」
俺が驚くと、脱衣室の方からオリヴィアの声だけが聞こえてきた。
『え? え? でもぉ……! そ、そこにゼレットさんがいるんでしょ。恥ずかしいですよぉ』
「大丈夫。大丈夫。何かあった時、私が本気で殴るから」
おい、パメラ。
それはちょっと男に対してご無体ではないのか?
「身体を隠していれば平気だって」
『そうそう。今さら何を気にする必要があるんですか』
『ええっ! ちょっと! ラフィナさまぁ』
「ら、ラフィナまでいるのか!!」
呆気に取られていると、ラフィナがオリヴィアを連れてやってくる。
2人ともパメラ同様に首下から太股まで布を巻いていた。
いずれも髪を下ろし、繭玉のような白い肌を晒している。
俺は反射的に後ろを向いた。
「ちょっ! お前ら、恥を知らないのか。俺がいるんだぞ」
「何? ゼレット、照れてるの?」
「あ、当たり前だろ」
「だって、あんた……。私と結婚する前とか裸のプリムさんと添い寝していても、全然興味を示さなかったでしょ?」
「犬猫の裸を見ても興奮するのか、お前ら?」
「師匠ぉぉぉぉおおおおお!!!!」
突然、声が上から降ってくる。
嫌な予感がすると思いながら、恐る恐る上空を見ると、上の部屋からプリムが落下してくるところだった。
真っ裸で。
「馬鹿弟子!!」
ドボンッ!!
水柱が上がる。
べったりと俺に胸を押しつけてきたのは、プリムだった。
「師匠、見つけた!!」
「馬鹿! プリム! お前、なんてつう入り方するんだ。せめてかけ湯をしろ!!」
「そういう問題なのかしら」
俺の拘束から離れたギルマスがやれやれと首を振る。
シエルが被ったお湯にキャッキャと笑うと、後ろの女子メンバーたちも釣られて笑うのだった。
「水着を着てるなら、早く言ってくれ」
俺はシエルの頭を洗いながら、ジト目で今湯船に浸かっている女性陣を睨む。
先ほどの俺と同じく、キィンキィンに冷えた麦酒で1杯やっていた面々は、嬉しい悲鳴を上げていた。
「ぷはっ! 乙女の素肌を早々大衆に晒したりしないわよ」
パメラも温泉で飲む麦酒が気に入ったらしい。
早速、2杯目を手酌している。
「それは旦那様以外には見せないってことですか。お熱いですわね、パメラさん」
ワインをチョイスしたラフィナはグラスを揺らしつつ、先ほどの鯛のカルパッチョを摘まんでいた。
「相変わらずラブラブですねぇ、お二人とも」
ギルマスと一緒にオリヴィアもニマニマと笑っていた。
パメラの顔は真っ赤だ。
湯あたりや、酒のせいではないだろう。
そういういじりにパメラは昔から弱いのだ。
「…………うっ、ううっ」
ついにはパメラは湯に顔を隠す。
「あら。図星だったかしら」
「当然ですよねぇ、パメラさん」
「も、もういいでしょ。こっちのことは!?」
防戦一方である。
やれやれ、助け船を出してやるか。
「ところでリルはどうしたんだ?」
俺の質問に答えたのは、ラフィナだった。
「ああ。先ほど宿側と交渉して、厨房にある氷室に入れてもらいました。どうやら気に入ったようで、ぐっすり眠っているそうです」
エシャランド島はヴァナハイアの東南に位置していて、結構暑い。
リルはどっちかといえば、暑い地域が苦手だ。それでパフィーマンスを落とすほど柔な肉体ではないのだが、避けられるなら避けておきたいのだろう。
モフモフの毛のストレスにもなるなら、しばらくそこで大人しくしてもらうのもいいかもしれない。
冷たいリルの毛に埋もれるのも悪くないかもしれないからな。
「シエル、水で流すから目をしっかりつむれ」
「うん」
髪を丁寧に洗ってやった後、お湯で洗剤を流す。高級宿泊施設だけあって、髪用の洗剤も完備していた。流してみると、なるほど、確かにシエルの髪がより一層輝いてみえる。
「よし。終わり」
「じゃあ、今度はシエルがパーパの背中を洗う」
「お。洗いっこしてくれるのか?」
「うん」
シエルは慣れない手つきながら、石鹸を泡立てると、俺の背中をゴシゴシと洗い始めた。
娘に洗ってもらう……。
普段、家にいる時も度々やってもらう時があるのだが、こういう旅行先でやってくれる子どもの献身も格別だ。
「ぱーぱ……」
「ん?」
「いつもありがと!」
「………………シエル」
良かった。
シエルが俺の子どもで……。
俺は幸せものだ。
「やだ。ゼレット、泣いてるの?」
「当たり前だろ」
シエルが俺の背中を流して、感謝の言葉をかけてくれているのだ。
泣かない父親がこの世にいてたまるか!
◆◇◆◇◆
湯船にゆっくりと浸かり、冷えた麦酒を堪能し、子どもが背中を流してくれた。
いい気持ちだ。
心も身体も充実していくのがわかる。
ハンターギルドで1人、ハンターとして働いていた頃に比べたら、今の生活は想像できなかっただろう。
エシャランド島から見る夕陽を眺めながら涼んだ後、部屋に戻る。
待っていたのは、エシャランド島の名物だった。







