第145話 元S級ハンター、宿敵と再会する?
「卵だな」
突然、目の前に現れた白い球体を見て、驚く。
完全な球体ではない。
ただ周りが透明な膜に覆われ、中には白いものが詰まっている。
確かに何か魚類や両生類のような卵に見えるが、直感的にそう断じたのは、俺に覚えがあるからだ。
「師匠……。あれ――――」
プリムがゴクリと喉を鳴らす。
いつもは熱した餅みたいに緩い顔をしている弟子が、珍しく真剣な表情で目の前の卵らしく物体を見つめていた。
どうやら弟子も気づいたようだ。
「ああ。そうだ、あれは――――」
「あれ! 食べていい!?」
「は??」
俺は前衛芸術によく書かれる人間みたいに固まる。
こいつ、一体何を言ってるんだ?
しかし、プリムワールドは続く。
夜会に初めて来た貧乏貴族の娘みたいに目を輝かせ、その空気を思いっきり吸い込んだ。
「だって、とってもおいしそうだよ」
「…………」
その発言に俺だけじゃなく、後ろに控えたガンゲルやヴィッキー、A級のハンターたちでですら呆れかえる。
リルも「やれやれ」と項垂れた。相棒も大変だな……。
馬鹿は死んでも直らないというが、こいつの場合転生したって、そのままのような気がする。
「リル……。噛んでもいいぞ」
『バァウ!』
「なんでだよ、師匠! 僕は食べ物じゃないよ! それにリルも『おいしくないからいらない』ってどういうことだよ!!」
プリムはプリプリと怒り出す。
怒りたいのはこっちの方だ。
ガンゲルも薄々気づいているらしい。
やや警戒しながら、卵を睨んでいる。
「なんだよ、ゼレット。あれになんか見覚えがあるのか?」
事情を知らないヴィッキーが質問した。
「あれはリヴァイアサンの卵だ」
「リヴァイアサンの卵! あの大きな丸いのが卵なのかよ。……あっ! そういえば、お前とガンゲルって、リヴァイアサンの卵を取るために争ったんだっけ?」
「正確には違う。私はヘンデローネ元侯爵夫人に言われて、ゼレットがリヴァイアサンを撃たないように見張っていただけだ」
「へ~。でも、なんでその卵がこんなところにあるんだよ」
「それがわかったら、俺も苦労しない」
考えられるのは、可能性はいくつかある。
俺がリヴァイアサンの卵を取った時、他にも卵を奪取した可能性だ。まあ、これが1番確率が高い。あそこには他にも食材提供者やハンターがいたしな。
もう1つは誰かが料理ギルドから横流ししたということだ。リヴァイアサンの卵にはかなりの値がついていた。くすねようとする輩がいてもおかしくない。
この場合、料理ギルドに裏切り者がいるということになるが、今考えることではないだろう。
「出所はともかくとして、何故今、俺の前に再びリヴァイアサンの卵が現れたかということだな」
狙っていた食材はリヴァイアサンの卵だったが、俺にはあの時Sランクの魔物のリヴァイアサンを撃つチャンスがあった。
(この卵が再び俺の前に現れたということは、あの時の因縁がまだ続いているのか)
ダメだな。
変に感傷的になってしまう。
意外とあの瞬間、リヴァイアサンを逃してしまったことを悔いているのかもしれない。
「しかし、解せんな」
ガンゲルが髭を捻りながら、眉間に皺を寄せた。
「では、あの蟻どもの反応はなんだ?」
「ガンゲルの言う通りだね。この部屋にはキャッスルアントのキメラ種もいないし。後さ、『キャッスルアントのキメラ種』って名前が長いからもっと短くしない。たとえば『キメラア――――」
「名前なんて今はどうでもいいだろう。ともかく、あの卵は回収する。ここに置いておいたら、ルカイニの道具になるだけだ。……プリム、リル」
俺は弟子と相棒に命じて、卵を回収させる。
その間、他のハンターたちには周囲を警戒させた。
卵の周りだけぼんやりと光っているが、それ以外は真っ暗だ。
多少声が返ってくる感じはある。
そのことから、ここがドーム状になっていることはわかるが、壁や天井が暗くて見えなかった。
ただ何かあれば、真っ先にリルが気づくはずである。
「ん?」
ヴィッキーは何かに気づいたのか、じっと闇の方を見る。
一方、俺も何か気になっていた。
それは匂いである。
「プリム、待て」
「なーに、師匠?」
「お前、さっきおいしそうな匂いがすると言ったな?」
「うん。そーだよ」
注意深く鼻を利かせると、確かに匂いがする。
それがおいしそう匂いなのかはさておき、何か落ち着くことは確かだ。
「プリム、それは卵からか?」
「ん? ……たぶん、そうだと思うけど。リルはどう思う?」
『バァウ!』
突如、リルが足を広げる。
何か危険なものがあると気づいたらしい。
牙を剥きだし、激しく唸って警戒する。
「プリム! リルはなんと言った」
「えっとね。なんかいるだって!」
ゼレット!!
叫んだのは、ヴィッキーだった。
直後、闇の中から何かが伸びてくる。
舌だ。俺たち方に近づいてくると、素早くガンゲルに巻き付いた。
「なんじゃこりゃ!!」
次の瞬間、もの凄い早さで巻き取られる。
ガンゲルは悲鳴を上げる間もなく、闇の方へと引きずり込まれそうになった。
「しまった!」
ヴィッキーは叫んだが、いち早く反応したのは、俺だった。
【砲剣】を構えると、躊躇なく舌に撃ち込む。
舌の一部を削り取ったが、切るまでに至らない。
だが、ガンゲルに巻き付いた舌の力が弱まると、なんとか脱出した。
「ぜぇ! ぜぇ! な、なんだ? 何が起こってる!!」
地面に這いつくばりながら、ガンゲルは天井を仰ぐ。
俺はというと、すでに遠見鏡越しに、その姿を捉えていた。
「でっけぇ!」
ヴィッキーもその全貌を知る。
リル、プリム、ハンターたちも壁や天井に貼り付いた存在に気づいた。
俺たちが見ていたのは、地下の闇などではなかった。
ドーム状の空間に、それはヤモリのように貼り付いていた。
「いや、ヤモリというのも語弊があるな」
たとえるなら蛇に近い。
あの長い体躯に、所々壁に貼り付けるような足がついていて、それが蛇行しながら天井に貼り付いていたのだ。
「なんだよ、あれ」
ヴィッキー以下、ハンターたちは呆然とする。
真っ黒な体皮に、蛇のような体躯と足。
そして竜の鼻頭……。
「おい。これって、ゼレット……」
ハンター歴なら俺より長いガンゲルは気づいたらしい。
どうやら同じことを考えているようだ。
「ああ。混じっているな」
「混じっている? これも、キメラなのかよ、ゼレット」
「間違いあるまい。それも最悪な組合わせだ」
「おそらく1つは闇蜥蜴――ダークマンダーだろうな」
「ゲッ! それって、Sランクの魔物じゃないか!!」
闇の中で生まれ、生涯において闇の中で生きるといわれる魔物ダークマンダー。
火蜥蜴――サラマンダーの亜種でありながら、そのランクは〝S〟。
珍種でもあり、お目にかかるのも難しい。
だが、その闇の領域に入ったら最後。
骨すら残さず、しゃぶられ尽くすと言われている。
ダークマンダーと聞いて、A級ハンターたちは動揺する。
ここに至っては、彼らを同行させるのではなかったと、俺は少し後悔する。
それだけ力の差があるということである。
「だが、最悪なのはそれだけではない」
ガンゲルは冷や汗を垂らしながら、貼り付いたダークマンダーのキメラと思われる魔物を睨む。
「ダークマンダーはあんな体躯ではない。それこそ蜥蜴と似ている……」
今目の前にいるのは、蛇や龍に近い。
即ちダークマンダーは何かと掛け合わせられたということになる。
「ゼレットはわかってるのか? ガンゲルも」
「ああ。最悪だ」
「なんだよ! あたしにもわかるように説明してくれよ」
「あれはおそらくリヴァイアサンだ」
海竜王リヴァイアサンだ。







