第141話 元S級ハンター、悪を見定める
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「魔物の軍隊化だと……?」
俺は思わず眉を顰めた。
目の前には、リンが椅子に縛られ座っている。
やや表情は青ざめていて、俺を前にして正気を保つのがやっとのようだ。
山での生活は、相当なトラウマだったのだろう。
仕方ないことではある。
人間のコミュニティで生きることは、人間が思っている以上に安全だ。
しかし、1度言葉も通じない、金も意味もなさない場所では、人間などちょっと賢い猿程度である。
今、リンの話を聞いているのは、料理ギルドだ。
スキルによる盗聴も恐れて、ギルドの中でも1番機密性が高い場所で、俺はリンを尋問していた。つまり、金庫である。
周りにはたくさんの食材が置かれていて、一定の温度を魔法によって保たれている。ちょっと寒いが、お気に入りのコートは防寒性能が高く、俺には通じない。
だが、リンは別だ。
ガタガタと震えながら、凍死する前にルカイニのことを喋り始めた。
とはいえ、『魔物の軍隊化』などという荒唐無稽な言葉を聞いて、リンの正気を疑ったが、目はまだ生きていた。
「ああ……」
「そんなことが可能なのか?」
質問すると、リンはようやく口端を吊り上げ笑った。
「あんた、ケリュネア教と揉めたんだってな?」
「それがどうした?」
「そこで見たろ? 人間に従順な魔物をさ。ルカイニのおっさんは、それと同じことをしようとしていたらしい。それもケリュネア教の規模なんてまったくお話にならないほどの強力な軍隊をな」
確かにケリュネア教は、文字通りケリュネアを操り、周辺のエルフを脅していた。
俺にとっては雑魚Cランクの魔物だが、他の人間にとっては驚異だ。
数が多ければ多いほどに、破壊力は抜群である。
「しかし、あまりに馬鹿げている。魔物の軍隊化なんて。本気なのか?」
「どうやら、本気のようですわ。ルカイニ様は」
ラフィナが金庫を開けて、入ってくる。
「ヘンデローネには会えたのか、ラフィナ」
「ええ……。そこのリンという男が言ったことは本当のようですわ。ルカイニ公爵様の目的は魔物の軍隊化です」
「それが本当のことだとして、ルカイニの目的はなんだ? いくらなんでも、リスクがあるように思うのだが……」
「ヘンデローネ夫人は、わたくしにこう説明してくださいました」
実は、ヘンデローネとルカイニは、元々近しい間柄だったようだ。
その2人を結び付けていたのは、魔物の保護政策。
つまり、ルカイニも魔物の擁護派だったらしい。
だが、その中身はそれぞれ根本から違っていた。
魔物を他の動物の希少種のように保護しようというヘンデローネの呼びかけに対して、ルカイニは魔物を保護し、ヴァナハイア騎士団、魔法団に次ぐ、3つめの兵団を作ろうとしていたという。
「3つめの兵団? 今さら、軍隊を強化してどうするつもりだ?」
世界は魔物で溢れ返っている。
しかし、魔物という明確な敵の登場で、古い時代行われていた人同士の戦争はなくなったといわれている。
魔物に対抗する術は確かに必要だが、現在どこの国も安定した治政が行われていて、軍隊増強などに舵をとる国はない。
逆にそんなことをすれば、隣国との緊張が一気に高まることになる。
メリットなどない。むしろデメリットの方が大きい。
「今さら侵略戦争もないだろう?」
「へ……。へへ…………」
「リン、何を笑っている?」
「別に。あんたの言う通りだと思ってな。でも、ルカイニはそう思っていない。ゼレットさんよ、あんたはカルネリア王国で何を見てきた?」
「……大主教の専横。まさか――――」
「そのまさかさ。ルカイニの爺さんが狙っているのは、革命を起こすことだ」
「なっ!! 革命!!」
「玉座とでもいえばいいのかねぇ」
「女王の弑逆を望んでいると」
ラフィナは声を震わせる。
あまりに恐れ多いことだからだ。
「あんたらが、あのルカイニって爺さんをどう言う人間として捉えているか知らない。……だが、オレから言わせれば、あの爺さんは人間の顔をした欲望の塊だよ。あの爺さんは欲しい物をなんでも掴み取ってきた。地位も名誉、そして金もある。でも、1つだけ欲しても手に入らなかったことがある」
「それが――――玉座か」
「ああ。オレの前でエラそうに講釈を垂れていた時に聞いた話だ。間違いない」
ルカイニが玉座の簒奪を狙っているなら、魔物の軍隊をつくろうとしていたのは、合点がいく話だ。
自分好みの軍隊を作って、女王に忠義を誓うものたちを抹殺していく。
「最後にはルカイニと魔物の王国ができるわけだ」
荒唐無稽な話が、さらに荒唐無稽になったな。
ただ残念ながら、すでにケリュネア教というモデルケースあるだけに、鼻で笑うわけにはいかない。
「ですが、どうやら女王にバレたようですね」
「女王に……。一体誰が告発したんだ」
「ヘンデローネ夫人ですわ。ルカイニの野望を聞いて、女王に告げ口したみたいです」
「ほう……」
ヘンデローネにとっても、魔物を軍隊化しようなんて構想を持つルカイニを許せなかったことは、想像に難くない。
「問題は、ルカイニが女王に自分の野望を告げ口されておきながら、本人は堂々と外を歩いてることだろう」
「はい。ただヘンデローネ夫人も、その件について詳しい事は知らないようです」
「女王とルカイニの間で、何らかの密約が買わされた可能性は?」
「ヴァナハイア女王に限って、それはないと思いたいですけど」
「ゼロではないか?」
俺はリンの方を振り返った。
「リン。その辺り、お前の方が知っているんじゃないのか?」
「はあ? どうして、オレが知ってるんだよ」
「たとえばの話だ。女王に魔物の軍隊化がバレた。その件について、ルカイニは責任を持って解散させる代わりに、咎めがないように訴え出た」
「だから、何の話だ?」
「ルカイニは女王にこう言った。『もし自分に何かあれば、魔物を解き放つ』と」
「女王を脅したというのですか?」
女王は渋々その条件を呑んだ。
問題は軍隊ができるほどの魔物をどうやって処分するかだ。
「あっ……。そうか」
ラフィナはどうやら気づいたらしい。
俺は頷いた。
「そう。魔物を解体し、肉にした。おそらくリンのところで偽装されていた魔物の肉は、ルカイニが軍隊化しようとしていた魔物だ」
「じゃあ……。偽装された肉を食べていた人は……」
「証拠隠滅の片棒を担がされていたというわけだな。人間の腹の中ほど、証拠を探し出すのが難しい場所はない」
ラフィナは絶句した。
だが、女王もまた罪に苛まれていたのだろう。
全容を知りながら、ラフィナや料理ギルドに調査依頼を出したのだ。
すべては自分の苦しみを理解してもらうために。
だが、これでリンたちが何事もなく、釈放された理由がわかったわけだ。
「そして、討つべき人間がわかった」
ルカイニ・ザード・ウロドロス……。ヤツは悪だ。







