第139話 元S級ハンター、悪に屈する?
☆★☆★ コミカライズ 更新 ☆★☆★
お待たせしていて、申し訳ない。
本日、コミックノヴァにてコミカライズが更新されました。
めちゃくちゃお腹空く回なので、お覚悟をw
日曜日にはニコニコ漫画でも更新されますので、是非よろしくお願いします。
地下街の頭領リン・ソージュが釈放された。
理由は証拠不十分という話だ。
俺やオリヴィア、さらに地下街で働かされていた労働者たち。それらによってリンが偽装食材に関わっていたことは証言されている。
だが、決め手となる物証は海の底に沈んでしまった。
料理ギルドも協力して、沈んだ物証を引き上げようとしたようだが、調理器具一式綺麗さっぱりなくなっていたという。
結果として、証拠不十分になったわけだが、ラフィナ曰く明らかにおかしいのだという。
「いくら証拠がないと言っても、正式な手続きを踏んでゼレットさんやオリヴィアさんの証言を反故にして、釈放というのは解せません」
元々俺たちは協力という形ではあるものの、捜査権を持って行動していた。
俺たちの証言は法的な有用性が認められるはずなのだが、それでもリンは釈放されてしまったということだ。
「労働者からもかなりの証言が取れてるのに、証拠不十分で釈放というのは……」
協力したオリヴィアも絶句する。
何かがおかしいことは間違いない。
これはおそらく……。
「ルカイニという公爵だな」
俺が口にすると、ラフィナは膝の上に置いた手をキュッと握りしめる。
こみ上げてきた怒りを噛み殺すように、わなわなと唇を震わせ、砂浜のように白い頬は紅潮していた。
しかし、冷静さを取り戻しつつ、ただ一言こう言う。
「おそらく」
そしてラフィナは王宮であったことを話した。
◆◇◆◇◆ ラフィナ 視点 ◆◇◆◇◆
ラフィナは罪人を裁く法務院を訪れ、抗議を行っていた。
すでにその年齢は20を超えている。
結婚の話はもちろんあるのだが、彼女に見合う人間がいないというのが実情だった。
今、法務院の院長やスタッフに話していることも理路整然としており、それまで公爵令嬢と侮っていた者たちをすっかり黙らせてしまう。
すでにラフィナの風格は、父親に守られている公爵令嬢ではなく、名家アストワリ公爵家の当主の厳格さすら兼ね備えていた。
「納得できません。今すぐ、リンの釈放を取り消して下さい」
「そ、そんなことは……」
法務院の院長が慌てた時、会議室の扉が突然開く。
品の良い扉から顔を覗かせたのは、アストワリ家公爵家と比肩する名家、ウロドロス公爵家現当主のルカイニだった。
その姿を認めて、法務院の院長ならびにスタッフは椅子を蹴って立ち上がり、老当主を迎える。
ラフィナは1度心を落ち着けた後、遅れて立ち上がった。
「何かの会議ですかな? すまないねぇ、院長。ただ……女性の怒鳴り声が聞こえたので、何かトラブルでもあったのかと思って。おや?」
やや腰をかがめていたルカイニは、少しわざとらしく顔を上げる。
黄土色というよりは、濁った金色の瞳をラフィナに向けると、破顔した。
「おお。聞いたことがある声だと思えば、アストワリ家のお嬢ちゃんではないか?」
まだ入室も許可されていないのに、ルカイニは杖を突きながらラフィナの方に近づいてくる。
やや甘い香水の香りに一瞬顔を顰めつつ、ラフィナは大人の顔をした。
「ルカイニ様、ご機嫌麗しゅう」
軽く会釈を取る。
美人の礼節に、気をよくしたのかルカイニは声を上げて笑った。
「先日、王宮でお見かけした時もお美しかった。本日もなかなか。ニコラス坊やもなかなか大したご令嬢を育てたものだ」
ニコラス坊や、と聞いて、ラフィナは一瞬眉を動かす。
ニコラスは来年で50になるが、目の前の男はエルフ族であり、すでに150近くになる。倍どころか3倍。ルカイニから見れば、ニコラスなども子ども同然なのだろうが、それにしても同じ公爵家当主を「坊や」呼ばわりするのは、どうかと思った。
「ありがとうございます。ルカイニ様に褒められたとなれば喜びましょう」
我ながら歯の浮きそうなことを言ってるな、と思いつつ、ラフィナは表向き感謝の言葉を述べつつ、次の言葉で老公爵をたしなめた。
「ただルカイニ様、今は大事な会議中でして」
「おお。それはすまない。邪魔をしたね。ただお嬢ちゃんの漏れてきた声をたまたま聞いたのだ」
まったくの出鱈目だろう。
この会議室の壁は厚く、そうそう声が漏れるものではない。
あるとすれば、扉ぐらいだ。それも扉の前で耳をそばだてるぐらいの行動をとらなければ、話している内容など聞こえるはずもない。
ラフィナは視線を周囲に移した。
もしかして、『戦技』による盗聴が行われているかもしれない。
そう思うと、余計なことは喋られなかった。
「魔獣食の偽装肉の件について話をしていたようだねぇ。知っておるよ。犯人が証拠不十分で釈放されたとか。……いけないねぇ。そういうのは」
「は、はい?」
「悪は罰すべし。我はいつもそう考えている。だが、ここは国だ、お嬢ちゃん。神が治める国でもなければ、英雄譚の中でもない。人間が治める国だからこそ、法律があって、人間が決めた罰がある」
「お言葉ですが、ルカイニ様」
ラフィナが反論しようとした時だった。
ぬるりと生暖かい手が、ラフィナの細い肩に置かれる。
蛇の這うが如く感触に、小さく悲鳴を上げてしまった。
気づけば、ルカイニの目がすぐ側まであった。
「証言はあっても、証拠はない。それでは人間の世界では罰せられないのだよ、お嬢ちゃん」
「なっ!」
ラフィナは固まる。
次に動けた時は、もうルカイニが部屋を出て行った後だった。
崩れ落ちるようにラフィナは椅子に座る。
ギュッと拳を握り、怒りを滲ませるのだった。
◆◇◆◇◆
「ラフィナの話を聞いて、少し思った事がある」
ラフィナの無念さを感じながら、感じたことを話した。
「リンと出会った時、俺は日常においてもハンターの強みは活かせることを証明してみせた。それが地下世界であろうと。だが、リンにもリンの強みがあった」
「蛇の道は蛇――ね。悪には悪の強みがあるってことかしらん」
執務机に座ったまま料理ギルドのギルドマスターは答えた。
その回答に俺は頷く。
「ああ。そして、法律を曲げてまで犯罪者を野放しにするルカイニは巨悪だ。さらにいえば、国をも動かす力を持っている。そういうヤツに法律は何の意味もなさない」
「ちょっと! ゼレット君。変な気を起こさないでよ」
「そうです。ゼレット様。下手な行動をすれば、こちら側が犯罪者になってしまいます」
「ゼレットさんが犯罪者になったら、シエルちゃんが悲しみます。パメラさんだって……」
ギルドマスターやラフィナ、オリヴィアは立ち上がる。
何かヒートアップしてるようだが、俺は冷静だった。
まあ、考えていることはなんとなくわかるがな。
「心配するな。犯罪になるようなことはしない。……ただ」
どうやら、まだハンター足る俺の力を侮っているようだと思っただけだ。
来週月曜から新作『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』という作品を投稿予定しております。
タイトルにあるとおり『公爵家の料理番様』以来、料理ものの長編作品になります。
調理道具を開発して、おいしいものを食べようというお話になっておりますので、
是非そちらも遊びに来て下さい。







