第138話 元S級ハンター、頭を下げる。
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自宅で休息を取った俺は、3日後自分から料理ギルドに赴いた。
ギルドに行くと、かなりハードな経験をしたにもかかわらず、受付にオリヴィアが果実を入れる箱の上に立っていた。
俺はギルドマスターと他の職員にお願いして、ひとまず2人で話し合いを持つ。
そこでパメラに話したことと、彼女が気にしてないこと、オリヴィアを危険にさらしたことを怒られたことを話した。
そして、俺はオリヴィアに頭を下げた。
「オリヴィア、ありがとう」
「え?」
「お前のおかげで、俺は娘にもう1度会うことができた。オリヴィアがあの時いなければ俺は娘を悲しませるどころか、父という存在を知らずに成長させるところだった」
「そ、そんな大げさですよ」
「それにだ。……また料理ギルドと、お前と仕事ができる。だから、お礼を言わせてくれ」
俺としては筋を通したつもりだ。
オリヴィアがどう思ったのか。
果たして,オリヴィアにとってあのキスがどういう意味を持っていたのか。
大切であったことは確かだろうが、それが俺から口にするのは、差し出がましいように思えて、何も言わなかった。
ただ最後に俺は、オリヴィアにこう言った。
「オリヴィア……。お前に何か礼をしたい。形があるものがいいのだろうけど、よく考えたら好みも知らない。割と長く仕事をしてるのにな。何かないか?」
「えっと……。じゃあ……」
オリヴィアは一瞬、口元に指を置いた。
まさかと思ったが、オリヴィアはその唇を動かしただけだった。
「いつも通りでいきませんか。わたしはギルドの受付嬢、ゼレットさんは食材提供者。いつも通りでいきませんか?」
「いいのか?」
「はい。……ただ」
「ただ?」
「わたしの背丈のことをいじるのは、金輪際禁止です」
「……それは構わないが」
俺は改めてオリヴィアをジッと見つめる。
オリヴィアの白い頬が赤くなる。
「な、なんですか?」
「お前からロリキャラを取ったら、何も残らないぞ」
「な、何でですか!!」
「強いて言うなら、胸――――」
「なっ! なんてことを言うんですかぁぁぁぁああ!!」
オリヴィアはピョンピョンと跳ねながら抗議すると、同時に身体の割りに大きな胸まではずむ。
俺はオリヴィアの頭を無理やり押さえ付け、わしゃわしゃと頭を撫でた。
「悪いが、却下だ」
「な、なんで!?」
「だってお前が望むのは、いつも通りだろ?」
「あ……」
「よし。とりあえずこの話は終わりだ。ラフィナが来てるんだろ? 早速、報告を聞こう」
「いや、ちょっと待って下さい、ゼレットさん。もうちょっと話しましょう! ゼレットさんはわたしのアイデンティティについて、何か誤解をしていますよ!」
とまあ、俺とオリヴィアはいつも通りというところに落ち着いた。
これがお互い良かったのかどうかもわからないが、変にこじれてしまったオリヴィアとの関係が、仕切り直されたと思えば悪くないように思えた。
◆◇◆◇◆
ギルドマスターの執務室に入ると、ラフィナが暗い顔をしていた。
オリヴィアと揃って、向かいのソファに座る。
早速、今回の報告会が始まった。
「ゼレットさん、オリヴィアさん。今回の潜入任務ご苦労様でした。特にオリヴィアさんには怖い思いをさせたようで、申し訳ありません」
ラフィナは頭を下げる。
「い、いえ。そんな……」
「ラフィナが気に病むことじゃない。今回の作戦を立てたのは、俺とそこにいるギルドマスターだ」
フォローしたが、ラフィナの表情が笑顔になることはない。むしろより一層、唇をきつく結んでいた。
「何かあったのか?」
「正直言って、口に出すのは憚る程度には」
「詳しく教えてくれ」
ラフィナは淡々と説明を始めた。
「では、良い知らせをまず」
それは偽装食材に関わった違法に集められた労働者の処遇だ。約8割の人間が借金を形に集められた人間らしく、賃金もなく最低限の食事だけで20時間以上、地下で労働させられていたらしい。
ただ自分たちが偽装食材に関わっていたことは知らなかったそうだ。指導役の幹部に言われるまま、肉を成形して、出荷していたという。
「現場で働いていた幹部を除く労働者には情状酌量の余地がありそうです。しばらく事情を聞くために拘留されるそうですが、悪いようにしないと」
「良かったですね、ゼレットさん」
オリヴィアは明るい声を上げる。
プリムとリルの功績だな。
2人がうまく誘導したことによって、貴重な証人を得るに至った。
「海の中に沈んでしまった精肉施設ですが、回収できるものは回収しました」
おそらく『戦技』を使って、回収したのだろう。
アストワリ公爵家はかなり顔が広い。
海に潜る『戦技』をもつ人間を手配することなど、造作もないだろう。
これで物証も揃った。
いよいよ、偽装食材の真相が明らかになる。できれば、ルカイニっていう公爵との繋がりが出てくればいいのだが……。
「また地下街から帳簿が入った金庫も見つかりました。海水に浸かってましたが、復元は可能です」
「やった! いいことばかりじゃないですか」
「いえ。悪い報告はここからです」
「どういうことだ?」
ラフィアの顔がさらに曇る。
今にも目から涙が出るのではと思う程、悲壮な表情を浮かべた。
「残念ながら先ほどいった物証などは、すべて査察官に押収されました」
「査察官? もしかして王宮食糧査察官ですか?」
「なんだ、それは?」
「名前の通りよ~。王国に流通する食材を検査する人間よ~」
これまで黙っていたギルドマスターがついに口を開く。
要は食材の安全性を確かめる役人ということか。そんな役職があったんだな。
随分と出っ張ってくるのが遅い気もするが。
「いいことじゃないのか? 食材の専門家にジャッジしてもらった方が……」
「それがねぇ、ゼレットくぅん」
「王宮食糧査察官は、ルカイニ公爵が昔勤めていた職場なのです」
「今でもルカイニ公爵の遠い縁者が、責任者をやってるわ~」
「待て! だとしても、あの物証を見れば、明らかに食材偽装は行われていたと――――」
「はい。ですが……」
「海水に浸かったことによって、それが偽装肉の断片が溶けてなくなっちゃったのよ」
「資料も復元したものの、決定的な証拠にはならないと……」
「じゃあ、労働者の証言は?」
俺はついに立ち上がって、ラフィナとギルドマスターに詰め寄った。
「さっきも言ったけど、労働者は自分たちが偽装食材を加工していたとは知らなかったの。仮にそれを認めてしまったら、罪を認めてしまったことになるわ」
な、なんということだ。
俺はソファに座り直す。
しばらく呆然とした。
あれほど苦労して……。
オリヴィアも身体を張り……。
弟子やリルもファインプレーを見せた。
様々な奇跡が起きて、やっと証拠を見つけたのに、全部無駄骨だったということか。
「ゼレットさん、大丈夫ですか?」
オリヴィアに腕を揺すられ、俺は我に返る。
だが、ラフィナがこの世の終わりみたいな顔をするわけだ。
今、彼女は俺たちに顔向けできないと思って、ここに来るまでどう話そうか必死に考えていたことだろう。
1番悔しいのは、こんな形で偽装食材事件が終わろうとしていることだ。
王国を覆う巨悪によって。
何かないのか。
何か、俺たちや相手が見過ごしていることはないだろうか。
「そう言えば、頭領の……リンでしたっけ? あの人はどうなったんですか? 捕まったと、うかがったのですか?」
そうか。まだリンという線が残っていたか。なんとしてでも、有用な証言を引き出して……。
「それが悪い報告2つ目よ~」
ギルドマスターは少しアンニュイな表情を浮かべて、指で「2」と示した。
「地下街の頭領……。リン・ソージュは釈放されました。証拠不十分ということで。今日――」
「なんだと……」
部屋の中はさらに凍り付いた。







