第121話 元S級ハンター、調べる
「三つ首ワイバーンじゃない? それ、ホント、シエル?」
切ったステーキをフォークに刺したままパメラは尋ねた。
シエルは眉を「八」の時にして、目の前に置かれたハンバーグを睨んでいる。
最初はあんなにはしゃいでいたのに途端、食べなくなってしまった。
「ゼレット、どう思う?」
「勿論、俺はシエルの言うことを信じるが?」
「だよね」
子どもの言うことだ。嘘という可能性は大いにある。
それにシエルもまた俺たちの子でも、普通の子どもとそんなに変わらない。
嘘を言って、駄々をこねることはままある。
だが、1つ言えるのは料理については嘘をつかない――だ。
嫌いな食材があって、それをプレートの横に避けて「食べたくない」とはっきり言うことはあっても、食べてないものを「食べた」などと嘘をつくことはない。
どうしてこういう子どもに育ったのか、俺たち両親でも首を傾げるところではあるのだが、ともかくシエルはそういう娘なのだ。
ましてや大好物のハンバーグを指差し、さらに珍しい魔獣の肉を前にして「三つ首ワイバーンではない」と名指しするような子どもではない。
「どうするか……」
俺は腕を組んで、しばし考えた。
「こういう時、リルやプリムさんがいたらねぇ」
パメラも考え込む。
全くその通りだ。リルやプリムなら、魔獣肉かそうでないかぐらい見分けられる嗅覚を持っているのだが、今日はエストローナで留守番だ。
そして俺にはさっぱりわからなかった。
ステーキなら魔獣肉かそうでないかぐらい、俺やパメラでも区別がついただろうが、ハンバーグとなるとさすがにわからない。
仮にシエルがハンバーグの正体を見破ったなら、それは1つの才能だろう。
だが、それが真実かどうか今のところ推し量る要素はない。
店に詰め寄ることも可能だろうが、子どもの証言だけでは単なる親バカクレーマーだ。
迷惑な魔物保護団体どもとなんら変わらない。
きちんとクレームを入れるには、真偽を確かめてからだ。
「すまない」
忙しく店内を走り回る店員を呼び止めた。
「子どもが突然食欲がないと言いだしてな。このハンバーグをテイクアウトしたいのだが……」
頼むと、店員の明るい顔が急に沈んでいく。
「申し訳ありません、お客様。当社の規定により食材のテイクアウトは禁止されておりまして……。もしお子さんが食べられそうにないのであれば、皿はそのままにしていただいて構いません」
「パーパ、シエル食べ――――」
「はい?」
「いえいえ。何もありませんよ。あはははは……」
シエルが何か言おうとしたのを、パメラが口を塞いで止める。
娘には可哀想だが、ナイスだぞ、パメラ。
「そうか。わかった。すまない。呼び止めてしまって」
「焼き加減がお気に召さないのであれば、お申し付け下さい。もう1度焼き直させていただきます。それでは失礼いたします」
店員は丁寧に頭を下げて、去って行く。
テイクアウトは無理か。
可能性として、肉の成分を調べられないようにするためか。
そうなると、肉を持ち込んだ業者だけではなく、店ぐるみでこのハンバーグの成分を隠蔽している可能性も高いな。
どっちが主犯かはわからないが……。
ともかく俺は店員の目を盗んでハンバーグを回収する。
すっかりテンションが下がったシエルには、玩具付きのお子さまランチを再注文し、後日パメラが魔獣ハンバーグを作ることで手を打った。
「どうするの、ゼレット? リルか、プリムさんを呼ぶ」
「いや、それよりも確実な人間がいる」
少し気まずい昼食を終え、俺たちは料理ギルドに向かった。
◆◇◆◇◆
「さ~すが、ゼレットくぅんとパメラちゃ~んの子どもねぇ」
大蛇を30日間煮込んで絞り出したようなねっとりした声が、料理ギルドの執務室に響き渡る。
部屋の主たるギルドマスターは、俺が回収した例のハンバーグを1切れ食べた後、シエルの慧眼ならぬ慧舌を褒め称えた。
「どうなんだ?」
「白か。黒か、と言われれば、灰色かしらねぇ」
ギルドマスターはジッと皿の上のハンバーグを見つめる。
俺は事情を話すと、早速料理ギルドで鑑定が始まった。
元王宮の味見役だったギルドマスターは、1切れ食べただけで、ハンバーグの異常を見抜く。
シエルと同様、ハンバーグの中の肉が普通の肉じゃないことを見抜いたらしい。
「灰色……か……。あまりはっきりしないな」
「そうね。それはすぐにわかるわ。オリヴィア、どう?」
ハンバーグに向かって、【鑑定】のスキルを使用しているオリヴィアは、すべての成分を読み抜いたのか「ふぅ」と1つ息を吐いた。
「はい。シエルちゃんの言う通り、このハンバーグには三つ首ワイバーンの肉が使われていません」
「ほう……」
横でパメラに抱かれて大人しくしている愛娘を見つめる。
「といっても、魔獣の肉ではあります。複数の低ランクの魔物を混ぜて使ってますね。中には、ギルドが食材として認めていない魔物肉を使われています」
「え? ギルドが認めていないって」
「食用には問題ないと思うけどぉ……。ほら、前のケリュネアみたいに乱獲されると困る魔物もいるでしょ~」
「なるほど。そういうことね」
パメラはホッと胸を撫で下ろす。
「それで、違法性は?」
「勿論あります! 大ありです!!」
オリヴィアがピョンと跳び上がるように椅子から立ち上がる。
部下が顔を赤くして怒る横で、ギルドマスターは冷静に答えた。
「これは間違いなく偽装された魔物肉よぉ。しかも、うちで把握していない流通ルートのね」
「まさか『たちまちステーキ』さんの中にまで浸透しているとは思いませんでした」
「その言い方だと店が主犯というわけではなさそうだな」
「魔物肉の精肉所って、今は限られてるの。大規模な投資にも必要になるしぃ。『たちまちステーキ』は割と新しい店よ。今は店舗を増やすことに注力してるのぉ。だから他に大きな投資はできないと思うわぁ~」
「主犯は卸業者か。しかも料理ギルドが把握していない」
すると、オリヴィアとギルドマスターは頷いた。
「これはチャンスよ、ゼレットくぅん。うちがまだ目をつけていない流通ルートなら、向こうもまだこのルートが安全だと思っているはず」
「『たちまちステーキ』を張って、そこに出入りしている卸業者を追跡すれば、主犯が見えてくるというわけだな。いいだろう、その役。俺が引き受けよう」
「え? いいですか? これは食材提供者の仕事じゃありませんよ」
オリヴィアの指摘はもっともだ。
だが、その卸業者という奴はシエルに偽の魔物肉を食べさせようとした。
毒がなかったとはいえ、偽物の食材を俺の愛娘が口にするところだったのだ。
害がなくても、許すことなどできない。
自然と俺の髪が逆立つ。
「うわ~。さすが娘さんのこととなると、人が変わりますね」
「うふふふ……。親バカもここまで来ると頼もしいわね」
オリヴィアとギルマスは、若干引き気味に俺を称える。
どうやら反対するつもりはないらしい。
ならば存分に暴れさせてもらおう。
「でも、ゼレット。人を尾行するなんてやったことがあるの?」
「人はない。だが、人より怖い魔物ならいくらでもある」
魔物を見張り、その習性を学び、確実に仕留められるチャンスを待つ。
そうこれは、ハントなのだ。
卸業者に見せてやろう。
S級ハンターは、魔物だけではなく、マンハントも得意であることをな。







