第109話 元S級ハンター、男を語る
ギィン!!
乾いた音が鳴り響く。
その瞬間、見えたのは砕け散るエスカリボルグだった。
「あ――――」
ヴィッキーの顔が歪む。
しかし悲嘆に暮れる時間は残されていなかった。次の瞬間には、ドラゴンキメラがヴィッキーに突っ込んできたからだ。
はじき返されたのは、ヴィッキーの方だった。
紙を丸めただけの球のように、高々と空に打ち上げられる。
「ヴィッキー!!」
かろうじて回避に成功した俺は、ライバルの名前を見ていた。
すぐに落下点へと走り出す。
かなり遠くまで飛んでいる。
間に合うか……。いや、間に合わない。
俺は【砲剣】の砲口を下へと向ける。
【炸裂弾】!
地面が吹き飛ぶ。その爆風に乗って、飛んだ俺は落下し始めたヴィッキーをなんとか受け止めた。
「ぬっ!」
思わず顔を歪めたが、すぐに平静を取り戻し、ひとまず空を縦横無尽に飛び回るドラゴンキメラの視界から隠れる。
木陰の下に隠れたが、さほど時間はない。
ドラゴンキメラの炎のおかげで、森に火が付き始めたからだ。
「ヴィッキー、しっかりしろ」
「ん……。うぅ…………」
さすがはドワーフ族といったところか。
規格外の地竜の突進を受けて、意識があることに驚く。さすがに複数箇所で骨折してるようだが、大事にまでは至っていなかった。
今は脳震盪を起こして、意識がはっきりしていないというところだろう。
とはいえ、放置しておくわけにもいかない。
回復薬を飲ませたが、薬の効果が表れるのには時間がかかる。その時間、上で飛び回っているドラゴンキメラが逃してくれるとは思わない。
基本的に竜種は執念深い生き物だ。
俺たちを血祭りに上げるまでは、何度だって襲いかかってくるだろう。
「ゼレット……」
「気が付いたか、ヴィッキー」
「あたいはもうダメだ……。お前だけでも…………うっ!!」
「随分と殊勝なことを言うんだな。……『あたいを連れて逃げろ』とでも言うかとおもっていたが」
「あ、あたいを馬鹿に…………うっ! くそ!! まさかあたいが……あたいのエスカリボルグが潰れるなんて……」
ヴィッキーは倒れたまま、悔しそうに地面を叩いた。
目には涙が滲んでいるように見える。
自慢の武器と、その力で負けたのだ。さぞかし無念だろう。
そもそもヴィッキーにとって、怪力はアイデンティティーの1つだ。
だが、競り負けた。悔しさも一入なはずである。
『壊し屋』と呼ばれる彼女の目に、涙が滲むのもわかる。
「落ち込むな。今回はお前の得物が悪かった」
「エスカリボルグのせいにしたくない」
ぷいっとヴィッキーは顔を背ける。
「ゼレット……」
「なんだ?」
「お前だけでも逃げろ」
「はっ?」
「お前だってわかってるだろ。ここらが潮時だって……」
「潮時か……」
ヴィッキーは大怪我。その武器も壊れた。俺も万全の状態とはいえず、装備も十分とは言えない。
「撤退か。判断として悪くない」
「ドラゴンキメラを倒すには、対策が必要だ。お前が1度ギルドに持ち帰って、考えてくれ。人数を増やせば……」
「お前はどうする?」
「あたいはそうだな……」
そう言いながら、ヴィッキーはおもむろに立ち上がる。全身の骨が折れたり、ヒビが入ったりしているのにだ。
回復薬の鎮静効果も一役買っていても、普通の人間では起き上がれない。
ドワーフ族の体力と、ヴィッキーの驚異的な身体能力が成せる技だろう。
「あたいは、お前が逃げる時間を稼ぐ」
「その身体でか?」
「あたいは確かにゼレット――お前を追って、食材提供者になった。けどな。今でもハンターとしての矜恃は捨ててない」
そう言って、ヴィッキーはドンと自分の胸を叩く。
「ハンターは魔獣の駆除を目的とする。そして、何よりも依頼人と魔獣に困ってる人間の命を優先させるのが仕事だ。あたいがハンターとしての矜恃を捨てない限り、あたいはあんたを守るよ!」
俺を守る……か。
ふん。随分と大きく出たな。未だに討伐数では俺の足元にすら及ばないくせに……。
3年もの間、ただただ俺に対する逆襲のチャンスを窺っていたわけではなさそうだな。
「男子、3日会わざれば刮目してみよ、か」
「あ? 何言ってんだよ。あたいは女だ」
「こっちの話だ。しかし、お前の有り難い提案だがな。却下する」
「はっっっっ?? なんで? このあたいが殿を務めるって言ってるんだぞ! お前は逃げろ!」
「断る……」
俺は木陰からそっと顔を出す。
依然として、ドラゴンキメラは赤い炎を噴き出しながら、森の上を旋回している。
「何故だよ!? あたいが心配だとか! 舐めるなよ、ゼレット! あたいだって、元ハンターだ! 覚悟はできてる」
「別に舐めてなんかいない。そもそもな、ヴィッキー。俺とお前では、ここに来た目的が違う」
「目的? そういや、お前……。ドラゴンキメラのことを知らなかったよな。どうして、森なんかにいたんだ?」
「ピクニックだ……」
「はっ?」
ヴィッキーの目が点になる。
一方、俺は拳を握りしめて、熱弁した。
「シエル……子どもとピクニックに行く予定なんだ。この森にな」
「はっ?」
「シエルの安全確保のためにも、ドラゴンキメラは絶対に倒さなければならない。それにな、あいつめ! 森に火を放ちやがった! これで森を全焼ということになって、ピクニックに行けなかったら、シエルがどれだけ悲しむか!」
許さん!!
俺は拳を振り上げ、言い切った。
「えっと……。それだけ?」
何故か真っ白になってるヴィッキーが質問する。
ん? それ以外にあるか?
まあ、だが……強いて言うなら……。
「それにな。女を見捨てて、逃げたら妻にもシエルにも怒られる。そんな後ろ指を差されるような父にはなりたくない」
「ゼレット……」
「もっと言うならな、ヴィッキー」
お洒落じゃない!
「女を捨ててなんて逃げるのは、ダサい男がやることだ。それともお前は、俺にダサい男になれというのか?」
「…………相変わらずだな、ゼレット。ハンターの時と何も変わってない」
「環境こそ変わったが、俺は俺だ」
「すまない。お前の矜恃を傷付けたかもな。だけど、どうするんだよ。もうあたいもお前も、まともな武器が残ってないんだよ」
「武器なら残ってる。魔獣どもにはない武器がな」
俺は自分の頭を指差したあと、ヴィッキーに刺さったエスカリボルグの破片を拾い上げた。







