二人を紡ぐ糸
その日、私はショッピングモールに来ていた。翠に買い出しを頼まれたのだ。運転は、楓がしてくれた。今頃フードコートでなにか食べているだろう。
そして、私は帽子とサングラスで変装した彼女と、すれ違った。
この県で大きなショッピングモールは一つだけ。同時にその空間にいるタイミングというものが現れても不思議ではない。
思わず、肩を掴む。
「エミリー、待って」
英語で喋る。
「……わかるの? 英語」
エミリーも英語で返した。
「うん。ちょっと先輩にお世話になって、喋れるようになった」
沈黙が漂う。
「ちょっと、場所変えて話さない? ここは人が多すぎる」
エミリーは周囲を眺めて、一つ溜息を吐いた。
「わかった」
スターバックスに入って、お互い注文し、席に座る。
「私、名乗ったっけ?」
不思議そうにエミリーは言う。
「最初に会った時に言ってたよ」
私は苦笑交じりにそう返す。
「そっか。案外私も口が軽いな。巴は? 偽名とか使ってないよね」
「私は巴だよ。それ以外にも名はない」
「そっか」
沈黙が漂う。
まるで、運命の糸があるのかと思う。
彼女と私を繋ぐ、強靭な糸。
私は意を決して沈黙を破った。
「なんでまだここにいるの?」
「斎藤翠を殺していないから」
「彼女はいい人よ。私にも分け隔てなく接してくれる」
「私は暗殺者。あなたは普通。差があるわ」
「私も、沢山の人を殺した」
エミリーは絶句した。
「若い人も年老いた人もいた。ダガーナイフで心臓を貫いて、殺してきた」
英語ということが幸いした。爆弾発言も周囲の喧騒に消されていく。
「そして、私は今、警察で贖罪している。かつての私のような、悪人を捕らえるために」
「なんで、そんなことを?」
私は苦笑する。
「家族が超越者に皆殺しにされてね。憎かったんだ、超越者が」
そして、ふと気がついて両手を振る。
「いや、昔の話だからね。今は超越者とも上手くやってるよ」
エミリーの瞳から、一筋涙が流れた。
それを、彼女はハンカチで拭う。
「優しいね、エミリー」
「優しくないわよ。私は暗殺者なんだから」
「優しくないと、泣いてなんてくれないよ。どんな善人だって、追い詰められたら悪に手を染める」
エミリーはしばらく沈黙していたが、そのうち溜息混じりに語りだした。
「まとまったお金が必要なんだ」
「それは、どうして?」
「弟が、心臓の病気になって」
私は、絶句した。それは確かに、子供一人が抱えるには重すぎる問題だ。
「私は自分の能力を活かした。その結果がこの有様ってわけ。笑えるでしょう?」
そう言って、投げやりに笑う。
「笑えないよ……」
私は、ついつい俯く。そして、言葉を続けた。
「けどね、私を更生させてくれた人はこう言ったの。あなたは沢山の人を殺した。その家族が今、あなたと同じ思いをしていると考えたら、嫌じゃない? って」
エミリーは答えない。
「私は、沢山の私を作り出しただけだったんだって、その時わかった」
「なら、我慢しろと?」
「募金を募るなら手伝うよ」
「フー。日本人は気楽ね」
エミリーはほとほと疲れ果てたとばかりに溜息を吐いた。
「協力してくれる?」
エミリーが顔を上げた。
私は、思わず笑顔になって頷く。
エミリーが膝下の鞄を弄り始めた。
なんだろう。そう思いつつ、待つ。
銃声が鳴った。
私は、腹部から血が物凄い勢いで流れているのを感じていた。
「どう……して……?」
「斎藤翠の仲間にも懸賞金がかけられているの。悪いわね、巴」
そう言うと、エミリーは鞄から手を出し、新たに銃を作り、私の頭部に突きつけた。
「心配してくれてありがとう。友達だと思っているわ」
「なら、殺そうとしないでよね」
私は苦笑交じりに返す。
そして、私の能力を発動させる。
世界が青がかって見える。
その瞬間、エミリーが戸惑うような表情になった。
手に持っていたはずの拳銃が消えたのだ。
私の能力は、スキルキャンセル。全てのスキルを無効化する。
スキルで作った銃も、なにもかも。
エミリーが逃げていく。
それを追おうとするが、足がうまく動かない。
私は椅子から滑り落ちて、地面に倒れた。
+++
救急車で、目が覚めた。
楓が渋い顔で傍に座っている。
「あんたはスキルで回復できないんだから、怪我されると困るわ」
「怪我ってレベルですかね、これ」
そう言って、体を起こそうとして、救急隊員に押しとどめられる。
「全治何日ですか? これ」
「幻聴かしら。何週間か? の間違いじゃない」
楓は冷たい声で言う。
「なんで私を呼ばなかったの?」
「……すいません」
私は、そう言うしかなかった。
「相手の境遇に同情して撃たれるぐらいなら、自分を憐憫して相手を撃ちなさい。それが私達の仕事よ」
私は、黙り込んだ。
エミリーに刃を向ける自分はまったく想像できない。
けど、これ以上、彼女に殺人をしてほしくはなかった。
「彼女は一撃で私を殺さなかった。彼女にも、迷いがあるんじゃないかと、私は思いました」
「迷いがあっても殺人は殺人」
楓は、そう言って私の頭を撫でる。
「よく、更生したわね。あなたは」
私はなんだか泣きたくなってしまって、目を閉じた。
エミリーにもブレーキになってくれる人、受け入れてくれる人が現れることを祈りつつ。
第八話 完
次回『躊躇い』




