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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第五章 泣かないで、あなたは私が守るから
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そして、最果ての先に

 森の果てが見えてきた。

 夏希が駆け出す。

 僕と紫龍もその後を追った。


 視界が開けた。

 僕達は、崖の前に立っていた。


「パラシュートのつけ方わかる人!」


 夏希が質問する。


「説明書とかないのか?」


「依頼するのすっかり忘れてたよ。まあなるようになるさ」


「そうだな」


 幻想的な風景だった。

 普通の地では考えられない高速移動する雲。落下していく川の水。

 それが、狭間の世界の果て。


「ここ天動説採用してないわよね」


 夏希が疑わしげに言う。


「素直に果てまで来れたことを喜ぼうぜ」


 僕は苦笑する。

 そうして話している間に、悪寒がした。

 それは、下方向から圧倒的な速度で近づいてくる。


 それは、巨大な龍の首から上部分だった。


「ここは最果ての果て。何故この地に来た」


 重々しい声が、頭上から降ってくる。

 サイズの違いに、僕らはついつい怯んでしまう。

 夏希が一歩前に出て、胸を張って言った。


「私達は、帰りたい。だから、ここまで来たんです」


 龍は、三人を一人ずつじっくりと眺めた。


「お前達は超越者だな」


「はい」


 夏希は答える。祈るように。


「ならば、ここから進ませるわけにはいかん」


 ショッキングな一言だった。

 この巨大な相手を戦闘で倒せるとは思えない。

 僕らの旅は、ここで行き止まりなんだろうか。


「何故です! 何故超越者ではいけないのです!」


 夏希が、泣きそうになりながら怒鳴る。


「決まりなのでな。帰って、しばらくは穏やかに過ごすがいい。もしも飛び降りたら……その時はわかるな」


 そう言って、龍は大きく口を開いてみせた。

 三人の誰もが想像しただろう。その口に食いちぎられる自分の姿を。


 夏希は息を大きく吸って、吐いた。


「わかりました」


「わかってくれたか」


「説得が効かないことがわかりました」


 僕らは目配せする。

 ここまでくれば、僕らの意志は一緒だった。


「あなたを倒して、押し通ります」


 そう言うなり、夏希は腕から電撃を放った。

 龍はのたうち回る。


 風が吹いた。

 そうと思った時には、既に危険な状態になっていた。


「撫壁の後ろに!」


 周囲の木々が倒れていく。

 風の刃が周囲を襲っているのだ。


 しばらく、そんな膠着状態が続いた。

 十分経ったろうか。二十分経っただろうか。

 夏希は息も絶え絶えになって、膝に手を置いて息をしていた。


「虚しい抵抗だったな、小娘」


「恭司。撫壁は私が持つから、パラシュート装着できる?」


 夏希が息も絶え絶えに言う。


「なにか考えがあるんだな?」


「うん」


 風が止む。

 紫龍が前に出た。その手には、禍々しい黒い剣を持っている。


「僕が時間を作る! 今のうちに」


「私も、力を練り直す」


「わかった」


 悪戦苦闘しながらパラシュートを装着する。そして、引く部分もしっかりと把握した。


「どうすればいい?」


「私とあなたのコンビネーションで決める!」


 そう言って、夏希は高々と手を掲げた。


「汝は輝くもの、響くもの、破壊するもの。降り注げ天雷! 今こそ我に勝機を!」


 その瞬間、轟音が響き渡った。

 巨大な雷が、龍を直撃していた。


「行って、恭司!」


 僕は駆けた。駆けて、荒れ狂う龍の眉間に深々とショートソードを突き立てた。


「ぐおおおおおお……」


 龍が落下していく。そして、僕も落下していく。

 夏希が僕の左足をつかみ、紫龍が右足を掴む。

 三人して、悪戯っぽく笑った。


 そして、僕はパラシュートの紐を引いた。

 落下が緩やかになる。どうやら無事展開できたらしい。


 その時、僕はスマートフォンが鳴ったことに気がついた。

 狭間の世界から、現実世界へ、限りなく近い位置にいるのかもしれない。

 スマートフォンを通話モードにして、聞こえてきたのは懐かしい声。

 翠の声だ。


「恭司! いるの?」


「ああ、いる!」


「戻れそう?」


「わからない。今、果てからパラシュートで落下している」


「そう、良かった……」


 そして、二人の間に沈黙が漂った。

 夏希が僕の足をつねる。


「言っちゃいなさいよ」


「情けなさ過ぎる」


「それでも、言うべきだよ」


 再び、沈黙が場を包んだ。


「なあ、翠」


「なに?」


「俺がいなくなるのと、撫壁がなくなるのと、どっちを心配した?」


「別れたいの?」


 翠の声が、急に低くなった。


「め、滅相もない!」


 っていうか、付き合っていたのか、僕達は。


「心配してなきゃ、こんな県境まで来てないわよ! 恥ずかしいこと言わせないでよ、馬鹿! 撫壁がなくなるのは痛いけど代用品はいくらでもある! けど、あんたの代わりなんていないんだからね!」


 僕は、思わず涙ぐんでいた。


「ありがとう……」


「泣くな、良い歳した男が」


 翠は、溜息混じりにそう言った。


「良かったね、恭司」


 夏希は、どこか寂しげに微笑む。


「ああ。俺とお前は、きっとずっと友達だ」


「多分、多分だけど……それは、無理だと思う」


 夏希が苦笑交じりに言った。目尻には、涙がある。

 何故? と問おうとした時、衝撃が体を襲った。

 そして、僕らは、粒子となってその世界から消えた。



第十二話 完

次回、第五章最終回『夏希』

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