お安くしときますぜ
森を進むペースが早くなった。
希望が見えると人間は調子が出るらしい。
その日狩ったモンスター達をさばいたものが晩御飯になる。
ゲテモノもいくつか食べたが、生きていくには仕方ないと割り切った。
他の二人も、そのようだった。
そしてある日、変な看板の前に辿り着いた。
「物々交換実施中……?」
僕は戸惑うようにその看板を読み上げる。
すると、次の瞬間頭上から何かが滑り降りてくる音がした。
僕も紫龍も抜剣する。
紐に乗って木から降りてきた細身の少年が、にこやかな笑顔を僕らに向けた。
「はい、ここは物々交換所。どんな商品をお求めで? なんでも交換しますよ」
夏希は、即座に口を開いた。
「パラシュート」
それはそうだろうと思う。果ての崖の下は雲で見えなかった。もしもその下にも世界があれば、僕らは落下の衝撃に堪えきれずに死んでしまう。
「これは難しい注文だ、お嬢さん。見返りは?」
夏希は僕と目配せする。
そして、僕はこの旅で背負い続けた重い荷物を下ろすことにした。
「拳銃が二丁と銃弾が山ほど。悪い取引ではないと思うけどね」
「ふむふむ。見るからに、警察署から盗んできたものか」
鞄の中を漁りながら、少年は言う。
「いいでしょう。難しいけれど男波多野、嘘はつきません」
そう言って、少年は昇降用の紐を取ってしまうと、歩き始めた。
「二、三日待っててください。手に入れてくるんで」
僕らは呆気にとられてその背中を見送るしかなかった。
「まさか本当に調達できるとは思わなかった」
と、夏希。
「逞しいなあ。森のモンスターも一人でやっつけてるのかな」
「そうでしょうね。そうじゃないと、あんな堂々と出歩けないわ」
僕らは三人して、その場に座り込んだ。
+++
「今度はパラシュートが盗難にあった?」
電話口で楓は戸惑うように言う。特定の条件を満たした盗難事件は全て楓にも報告がいくようになっている。
楓は急いで、翠を伴って現場へと移動した。
監視カメラの記録が再生される。
パラシュートは宙を浮き、まるで意志を持つかのように外へ出ていった。
「悪夢ね……」
「恭司の姿はないか」
翠は落胆したように言う。
「そうよ、恭司よ」
楓は、確信を持って言う。
「あのマシンが起動してから、あのマシンに恭司が吸い込まれてから、この一連の事件は起きている。恭司がこの話のキーを握っているのは間違いないわ」
「……窃盗罪で済みますか?」
「証拠がないから無罪じゃないの」
楓はとぼけた調子で言う。
「おばけが悪戯したんだよ」
真剣に録画映像を見ていた刑事達は、げんなりとした表情になった。
+++
「はい、パラシュート」
本当に持ってきた。
僕は驚いていた。
森の中を一人で移動したことにも、パラシュートを調達したという事実にも。
「これ、一人分しかないじゃない」
夏希が不満げに言う。
「一人が浮いているところに二人が捕まればいい話ですよ。僕だって万能じゃない」
「じゃあ、報酬もちょっとマケてよ。拳銃一丁に、銃弾のストック五個もらってくわ」
「それぐらいなら、喜んで」
話はまとまったらしい。
鞄を少年に手渡す。少年は満足気に微笑むと、太い枝に紐を引っ掛け、昇っていった。
「なにはともあれ、これで準備はできたわけだ」
僕は言う。
周囲の二人は、頷いた。
「あ、旅人さーん」
頭上から声が降ってくる。
「なんだ?」
「あのですね。同じ依頼を数人分受けてるんですけどね、私」
そこで、少年は躊躇うように言葉を切った。
「帰ってきた人、いないんですよね。パラシュートなしで行き来している人は一人知っているんですが……」
「ありがとう。縁があったらまた会おう」
僕はそう言って手を振る。
少年も微笑んで、手を振り返した。
そして、僕らは進み出す。
世界の果てへ向けて。
「さっきの話、どういうことだと思う?」
僕は夏希に問う。
「外の世界に出てハッピーエンドって話じゃないの?」
「そんな単純な話かなあ……」
「ネガティブにならない」
夏希はそう言って、軽くなった僕の背を叩く。
「私達は行くんだ。最果ての先へ」
「……そうだな」
夏希はいつも清々しい。
現実世界へ帰っても良い友達でいられるだろう。そう思った。
第十一話 完
次回『そして、最果ての先へ』
次々回『夏希』
で五章と本日の投稿は終了します。
大体一時間ごとの投稿になると思います。




