最上階の魔竜
その音が聞こえたのは、その場所よりも数階も手前だった。
喉を鳴らす音。
なにか巨大な存在がいる。
その事実は、僕らの覚悟をさらに強固にした。
ここまでの敵も楽ではなかった。
龍はそれ以上の敵になることは間違いないだろう。
そして、僕らは最上階に辿り着いた。
「お前達の行動は見ていた。愚かな人間よ」
人間十人分はありそうな龍が、眠たげに首を上げて、言った。
「喋った?」
僕は衝撃を受けた。
「愚かで悪かったわねー愚かで」
「夏希さん、挑発ですよ、挑発」
言い返す夏希を、慌てて紫龍が止める。
「何故双子を殺さなかった?」
「俺達の目標は最上階から世界の果てを見ることだからだ。だから、素直にどいてくれはしまいか」
「残念ながら、ワシがここにいるのは主人の余興のようなものでな。侵入したものは全て殺せと言われている」
「そうかい」
僕は、無詠唱で撫壁を召喚した。
龍が起き上がる。
そして、激しい炎の息を吐き出した。
言葉で呼ぶまでもなく、二人は撫壁の後ろに隠れていた。
息が切れたのか、炎の息が止まる。
そして、龍が前進を始めた。
「電光石火!」
叫んで、夏希が撫壁の前へと跳躍していく。
そして、龍の顎を蹴り上げた。
僕と紫龍は目配せして、同時に剣を持って龍へと走った。
仰け反った龍の顎の下から、剣を突き刺す。
血の雨が、僕らの体に降りかかる。
龍の尻尾が、僕達の体を壁へと叩きつけた。
「いっつう……」
意識が朦朧としている。これはまずい。体に力が入らない。
しかし、僕が動かずしてどうする。
皆を守れるのは、僕だけなのだから。
立ち上がって、近くにいる夏希の前へと移動しようとする。
しかし、撫壁の前に移動したのは夏希だった。
「言ったでしょ。守るって」
夏希の手から雷撃が放たれる。
龍が苦悶の声を上げた。
「効くみたいね。良かったわ」
息を切らせ、片手を膝に置きながら、夏希は言う。
「無茶をするな! 電池切れになるぞ!」
「ここで使わずどこで使うの! 恭司、それより突進!」
僕は頬を叩いて、駆け出した。
紫龍も駆け出している。
「俺は上、お前は下!」
「わかりました!」
僕は龍の首を上から斬った。
紫龍は下から斬る。
二つの剣は、龍の首を見事に切断していた。
思わず、その場に座りこんだ。
「一難去ったな……」
「バテた……」
夏希は寝転がっている。
「けど、僕ら三人の連携なら大抵の敵は倒せることがわかりましたね」
紫龍が目を輝かせて言う。
「そうだな」
僕は苦笑して返す。
「さあ、見よう。塔の外の景色を」
夏希がゆっくりと腰を上げ、歩きだす。
僕と、紫龍も、その後に続いた。
そして、僕達は窓の外を見た。
「すげえ……」
紫龍が感嘆したように言う。
僕も同じ気持ちだった。
世界の果ては絶壁になっており、そこからは川の水が流れ落ちている。
崖の下は、雲で覆われていて見えない。
「世界の果ては、本当にあったんだ」
そう言って、夏希は拳を握りしめて、高々と掲げた。
「三人で行こう、あそこまで」
「そうだな。現実世界に帰りゃないかん」
「僕も、自分の肉体に帰りたいって欲がわいてきました」
夏希が手を差し出す。
無言で、僕も紫龍も手を重ねた。
「えい、えい、おー!」
三本の手が高々と掲げられた。
大きな難関を突破した僕らは、期待に満ちていた。
第十話 完
次回『お安くしときますぜ』




