世界の果てを求めて
「それがねえ、心霊現象だったのよ」
そう、老婆は言った。
そして、デジカメの画像を見せる。
テーブルの上に地図が置いてある。
「この地図がずっと置いてあって、どかそうとしてもどかせなかったのよ。怖いでしょう?」
楓は頷く。
「ちょっと拝借」
そう言って、デジカメを借りる。
形だけなら、この県の地図だ。だが、この県にはないような樹海や塔が描かれている。
「なるほど……このデータ、お借りしてもいいですか?」
「いいわよ。解決してちょうだいね」
「もちろん」
楓はよそ行きの笑顔で答える。
「それにしても冷えるわね。暖房壊れちゃったのかしら」
(それは私のせいだ。悪いな、ばーちゃん)
楓はそう思いつつも、適当にその場を切り上げた。
車では翠が待っている。
助手席の窓から顔を覗かせていた。
「新しい情報、ありました?」
「あったもあった」
そう言って、デジカメを翠に渡す。
翠は、一瞬絶句したようだった。
「この県の地図……けど、こんな樹海や城、この県には存在しない」
「塔もあるよ。なんかロープレの地図みたいだね」
そう言いつつ、車の運転席に座る。
そして、発車した。
「この、最後の地。ここに、恭司は辿り着くんでしょうか?」
「どうだろうねー。恭司って撫壁で防御面は文句なしだけど、攻撃スキルがないからなあ」
「私が、あの世界に行けば……」
「やめときな」
楓は、冷たい声で言った。
「今、あんたに消えられるのは困る。ソウルイーター三人組が襲撃しに来たのはつい最近のことだろう? 敵が次にどんな手を打ってくるかわからない」
尤もだと思ったのだろう。翠は悔しげに黙り込んだ。
「今、機械の解析中だから。期待して待ちな」
「はい」
納得した様子ではなかったが、翠は頷いた。
+++
「それにしても、行けども行けども森で嫌になるな」
僕はオークの心臓を一撃で貫きながら、ぼやく。
「そう言わない。この森を抜けなきゃ世界の果てはないんだから」
夏希の手から放たれた雷撃が、広範囲の敵を吹き飛ばした。
「いいなー、そのスキル」
僕は次のオークの斧を盾で受け流しながら、思わず呟く。
「エネルギー結構使うからソロ向きじゃないよ。仲間がいてこそ使える技だ」
「なら、僕の存在も無駄じゃないということ」
紫龍がオークの攻撃を籠手で受け止め、反撃の一撃で仕留める。
そのうち怯えが広がったのか、オークの集団は逃げ去っていった。
「ふう、運動したあ。缶詰缶詰」
そう言って、夏希は鞄の中身を広げる。
「あー、鯖だ。私これがいいなあ」
「俺は残り物でいいよ」
「それにしても不思議ですね」
紫龍が言う。
「なにがだ?」
訊ねたのは僕だ。
「この世界の仕組みですよ。ある日いきなり食料品が置かれている時があって、それを使って皆生きている。けど、その食料品は誰が運んだものなんでしょう?」
沈黙が漂った。
「ま、確かに異常だわな」
僕はそう答えるしかない。
「全部わかるよ。最果てに辿り着いた時に」
夏希の髪をかきあげる仕草に、僕は思わず心音が早くなった。
(なに意識してんだ、俺。相手はガキだぞ……)
この前、守ってあげると言われたことで、動揺しているのかもしれなかった。
「ね、そこで、提案なんだけど」
「なんだ?」
「ルート外れて、ちょっとそこの塔よってみない? 世界の果てがどんなものか、一望できるかも」
少し離れた場所に塔があるのがこの場所からも見える。
「僕はかまいませんよ。世界の果てを早く見たい気持ちがあります」
「二対一か。こりゃ多数決でそっちの勝ちだな」
そう言って、僕は缶を選んで食べ始めた。
「魔物の塔攻略。わくわくしますね」
紫龍が楽しげに言う。
否定的な意見を言おうとしたが、夏希の言葉が脳裏をよぎった。
「泣かないで、あなたは私が守るから」
「……まあ、そうだな」
弱気な意見は言いたくなかった。
これ以上、夏希に醜態を見せたくなかった。
+++
塔までは雑魚敵しかおらず、順調に進めた。
そして、塔に辿り着いて、僕らは絶句した。
足かせをつけられた女性が二人、塔の前に立っている。
「罠か?」
僕は小声で囁く。
「……行ってみよう。話を聞いてみないとわからない」
僕達三人は、女性達に向かって歩いていった。
「大丈夫か?」
僕は問う。こんな魔物だらけの場所で、逃げ出すこともできないなんて、さぞ不安だろう。
「大丈夫です。私達は人間にしか姿が見えません」
「そっか。なら、なんでここにいるんだ?」
「この塔に挑もうという冒険者達を止めるためです」
僕らは思わず黙り込んだ。
「この塔の天辺にいるのは凶暴なドラゴン。外の景色を見る前に食い殺されてしまうでしょう」
「どうする?」
僕は夏希に問う。
「一回戦ってみないとわかんないでしょ」
「そうですね」
紫龍は根っからの冒険小僧といった感じだ。
頭脳労働役が増えて楽になるかと思ったが、そう単純に物事は進まないらしい。
「進むのですね、勇気ある者達よ。道中にも何匹も魔物がいます。お気をつけて」
そう言うと、二人は幻だったかのように消えた。
「さて、行くか」
僕の言葉に、二人は頷く。
そして、僕らは薄暗い塔へと入っていった。
第八話 完
次回『塔に挑む』




