泣かないで、あなたは私が守るから2
「約束は約束じゃ。持っていけ」
そう言って、町長は地図を投げてよこした。
「この地図は、誰が……?」
「旅人じゃよ。数日に一度ふらりとやってくる。鎧や剣で武装できているのもその者の協力があってのことだ」
「狭間の世界の旅人……」
夏希が興味深そうに言う。
そして、言葉を続けた。
「数日待てば会えるってことですか?」
「さてな。ここ一ヶ月は来ておらんよ」
「どうする?」
夏希が僕に訊く。
「行くなら最短コースだろ」
そう、僕は軽い調子で言う。
「町長、地図、ありがとうございます。それともう一つお願いが」
「言ってみろ」
「一晩の宿を借りたいんです。できればシャワー付きで」
「……よかろう。空いてる家はいくつかある。適当に見繕え」
「はい!」
礼をして、家を出る。
「待っているのは絶望じゃぞ」
町長は、小声でそう言った。
+++
「いやー気が利いてるわー」
ドライヤーで頭を乾かしながら夏希が言う。
僕達は古い民家の居間で集まっているところだった。
「けど、恭司って撫壁だけじゃないんだね。剣士としての技量もあるんだ」
「アラタって奴のところに行ってみっちり鍛えたからな」
「撫壁だけじゃ不十分だった?」
「不十分だね」
僕は鬱屈した感情を吐き出していた。
「……なんで?」
夏希がドライヤーの電源を切り、不思議そうに訊く。
「俺は、スキルのおかげでパーティーに誘われたようなもんでな。実際、それで活躍していた時期もあった。けどな、それはこういうことでもあるんだ」
僕は大きく息を吸って、吐く。
未だ許容できていないその現実を口にするために。
「撫壁さえあれば、俺はいらないってことだ」
夏希が言葉を失う。
そして、必死に、言葉を紡ぎ出した。
「そんなことないよ。恭司は剣使っても強いし、撫壁を有効活用できる」
「修行したからだ。けど、未だに撫壁を貸してくれと言われても、俺に一緒について来てくれとは言われないよ。考えれば考えるほど不安になるんだ」
初めて、人に告白した言葉だった。
涙が頬を伝った。
「俺は、あいつにとって必要なくて、あいつはどんどん遠くに行って、置いてかれるんじゃないかって」
「その人を置いてこの世界に来ちゃったのは恭司じゃん」
夏希が呆れたように言う。
僕は苦笑して、涙を拭った。
「そうだな。立場があべこべだ」
そして、僕は立ち上がる。
「もっと大人としてしっかりしないとなー」
僕は硬直した。
夏希に抱きしめられていたからだ。
まだ乾燥していない髪から、シャンプーの香ばしい匂いがした。
「泣かないで、あなたは私が守るから」
夏希はゆっくりと、子供に言い聞かすように言った。
「一緒に戦おう。私はあなたを戦力外だなんて言わない」
僕は涙腺が緩むのを感じた。
翠は僕を愛しているだろうか。撫壁のついでのように僕を思っていないだろうか。
そんなことを思う。
僕は、夏希の体を押して離した。
「ありがとう。けどな、このメンツじゃ俺も一線級だ」
「そうだね。それもそうだ」
そう言って、夏希は笑った。
「おやすみ」
夏希が微笑んで言う。
「おやすみ」
僕も微笑んで言う。
心音が高鳴っていた。
守ってあげる、なんて、言われたこともなかったから。
+++
旅立ちの日がやって来た。
地図を見る。少し複雑だが、魔物の多い道を避けるルートがあるようだ。
「町長。僕も彼らについていきたいです」
町長は目を丸くした。
「紫龍。お前はこの町の警備長じゃぞ」
「お許し下さい、町長。どうしても、僕も世界の果てとやらを見てみたいのです」
町長はしばらく考え込んだが、頷いた。
「いいだろう。だが、必ず帰ってくるように」
「はい!」
紫龍の元気の良い声が朝の町にこだまする。
「ということなんだが、いいか?」
紫龍が僕らに訊ねてくる。
「どうする?」
僕は夏希に訊く。夏希には、リーダーの資質というか、皆を引っ張っていくような明るさがあった。
「旅は道連れ世は情け。戦力アップ大歓迎よ!」
「つーことならよろしくな、紫龍さん。俺は恭司」
「私は夏希」
「三人で行こう。最果てまで」
僕らは笑顔で拳と拳をぶつけあった。
第七話 完
次回『世界の果てを求めて』




