折れない心
朝、一騒ぎあった。
スーパーのバックヤードに大量に食品が仕入れてあったというのだ。
どこから現れたかわからない。誰が運んだかもわからない。
そんな缶詰を、少年達は喜々として運ぶ。
僕も、立っていても仕方がないのでそれを手伝った。
「この配給は、月に何度かある」
高樹が、運びながら言う。
「俺達はまだ、やってけるんだ」
それは、自分に言い聞かせるような台詞だった。
荷物をあらかた運んで、それぞれペットボトルの飲み物を口にする。
「水道とかはどうなってるんだ?」
僕は興味本位で聞いてみることにした。
「トイレは流れる。手も洗える。厨房へ行けば水も飲める」
一人が、淡々と答える。
しかし、この箱庭で一生を終えるのは退屈すぎると思うのだ。
翠のことを思い出す。
自分では、恋人だと思っている。しかし、彼女はそう思ってくれているだろうか。
答えは、出ない。
夏希が、隣に座った。
小声で話しかけてくる。
「ねえ、あなたは外に出たい? それともここで永遠に過ごす?」
僕は、息を呑んだ。
そして、ゆっくりと答える。
「出たい」
「よくできました」
そう言って、夏希は微笑むと、勢いよく立ち上がった。
「ついておいで」
そう言って、夏希は歩いていく。
そして、バリケードをどけて、ショッピングモールの外に出た。
太陽が輝いている。
「まず、警察署に行くよ」
彼女は言う。
「警察署?」
「銃火器と地図の確保」
そう言って、彼女は服の下から大きな鞄を取り出してみせた。
「ショッピングモールだからなんでもあるのよね」
「用意周到なことで……」
僕は呆れてしまったが、彼女の行動力は本物だ。
ついていこう、という気になっていた。
+++
翠は防犯カメラの記録を見つめて絶句していた。
それは、あるショッピングモールのバックヤード。
置いてあるダンボールが見えない手によって開封され、その中から缶詰が空を飛ぶように大量に運ばれていく。
そして、運んでいる人間の中に、恭司の姿があった。
「これは、一体……?」
「多分、彼は、この世界に限りなく近い世界にいるんだと思う」
と言うのは楓だ。
「現実と重なり合った世界。狭間の世界とでも呼ぼうか」
「どうやれば助けられるんです?」
翠は楓に顔を近づける。
それを、楓は片手で押し返した。
「それがわかっちゃ苦労しないよ。ただ、わかることは、石神勇人は次元の研究ではトップクラスの人材だってことだ」
翠は防犯カメラを凝視する。
「恭司……一人でなにをやっているの?」
「一人、じゃないのかもね」
楓はそう言うと、椅子の上で足を組んでテレビ画面を見続けた。
+++
警察署で、拳銃を念のため四丁、そして銃弾を鞄につめるだけつめた。
「重い……」
夏希が挫けそうな声で言う。
「貸せよ」
そう言って、恭司は夏希から鞄を受け取った。
「皆諦めてるのに、お前は元気だな」
「そりゃそうだよ」
夏希はゆっくりとした足取りで恭司の前を歩く。
「お母さんに謝らなきゃだから」
「お母さんに? なにを?」
「わからない。けど、謝らなくちゃって思いがあるんだ」
わからない、とは珍妙な答えだ。
「ま、何日も家空けてるだろうからな。ビンタぐらいは覚悟しろよな」
「そうだねえ。まあ、出られたらの話だ」
「地図は見つかったのか?」
夏希は、僕が元いた県の地図を取り出した。
その中に、円を描いていく。
「この世界の果てがそこにある。私達はそこに落ちれば、高確率で現実世界に飛ぶ」
「低確率は?」
「異世界行きになる」
「ギャンブルか……」
溜息でも吐きたいような気分になる。
「道中はモンスターで一杯。それでも行く勇気が必要となる」
「強い連中は何人も見てきた。けど、俺が臆したことはない」
夏希は上機嫌に僕の背を叩いた。
「それでこそだよ恭司。行こう。この世界の外へ!」
僕は苦笑した。
彼女のひたむきさが眩しいと思った。
「そうだな。行こう、外の世界へ」
目的地は決まった。
僕らは、この箱庭の外を目指す。
たとえ無謀と言われても、たとえ危険が待っていても、待ってくれている人と再会する。
そして、ふと思う。
翠は、待っていてくれるだろうか。
恋愛感情があるかは怪しいが、そこまで薄情ではないよな、と思いたかった。
第四話 完
次回『高樹』




