夏希達の現状
少し離れた場所に、車があった。
撫壁に怪物を乗せて押していた僕は、それで一息ついた。
「じゃあ、これ。お礼の印」
そう言って、彼女は茶の入ったペットボトルを取り出した。
日本で売っているものと変わらぬデザインだ。
一度に半分ほど飲み干すと、生き返ったような気持ちがした。
そして、車は草原を走り始める。
中は満員だった。
どうやら、少女はただの囮で、怪物を倒す罠やメンツは既に用意してあったらしい。
「凄いよ、この人。一人で魔物を倒したんだから」
「超越者が落ちてくるのは二度目だな」
若い男が、感心したように言う。
「超越者?」
周囲の人間が戸惑うように言う。
「そうなんだろ、あんた」
若い男は、確認を取るように僕に訊く。
僕は、一つ頷いた。
「俺は、盾とショートソードの超越者だ」
「おお、いよいよメンツが揃ってきたか……?」
少女が楽しげに言う。
「夏希、夢を見るのは程々にしておけ」
「だって、高樹。私はこの狭間の世界から出たいんだ」
「狭間の世界……?」
僕は思わず、口を挟む。
若い男、高樹が気の毒そうな表情で説明を始める。
「異世界と現実世界の狭間の世界。それが、ここだ。どちらの世界にも行けない。どちらの世界にも戻れない。だから俺達は、ここで永住することにした」
「私はまだ希望を捨ててない!」
少女、夏希が怒鳴る。
「それに、いつまでもあこにはいられないよ……食料がもう足りなくなるのは近い。食料を運んでくれていた男は消えてしまった」
沈黙が車を包んだ。
狭間の世界。
そういえば、石神は異世界への移動を夢見ていたと聞いたことがある。
これは、その研究の失敗例なのだろう。
そのうち、大きなショッピングモールが見えてきた。地元のショッピングモールと同じ外見で、僕は戸惑った。
車は、その駐車場で停まる。
数人で協力して、怪物の死体を移動させた。
内部の人は内部の人で、バリケードを一旦撤去するのに苦労しているようだ。
狭間の世界。
出る手段はどこにある?
考えても、答えは出ない。
月に映っているのは、異世界ばかりだ。
そして、僕はこの世界二人目の超越者として歓迎を受けた。
頼りになる味方が増えた、と手放しに喜ばれた。
十代後半ぐらいの若者が多く、二十代半ばの僕は若干居心地の悪さを感じた。
そして、僕の前に、紙皿に乗った魔物の肉と缶詰が運ばれてきた。
「沢山食べてね」
夏希が微笑んで言う。
あまり食欲がそそられない。
そして、夏希は僕に耳打ちした。
「ねえ、元の世界に帰りたいと思わない?」
僕は驚いて夏希の顔を見る。
「答えは、明日でいいよ。じゃあね」
そう言って、夏希は高樹達のグループに戻っていった。
元の世界に戻る手段がある?
ならば、僕はなんだってするだろう。
狭間の世界。
現実世界と異世界が入り混じった世界。
ショッピングモールの映画館で、僕は睡魔に襲われて、緩やかに眠っていった。
映画館まで、現実世界と一緒だった。
第三話 完
次回『折れない心』




