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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第四章 必ず君を生き延びさせてみせる
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邪悪の誕生

 鬼の魂が三個分ストックされたことはない。

 ソウルイーター大輝が、辛うじて一個半所持しているのが最大値だった。

 しかし今、その均衡が崩れようとしていた。


 春香は花月の手を離す。

 その体には三体分の鬼の魂。

 体が脈打つ。目眩がする。自分が自分でないような浮遊感がある。


 そして、しゃがんでいた春香は立ち上がる。

 花月は既に事切れている。

 月葉も逝った。花月も後を追った。


(少し寂しいな……)


 そこまで考えて、目を丸くする。

 そして、滑稽で腹を抱えて笑った。


(ソウルイーターの私に、まだそんな人間的な感情が残ってるだなんて)


 その時、異変が起こった。

 頭が痛い。

 脳が形を変えようとしている。

 しかし、春香にはなにもできない。


 ライトの光が周囲を照らす。


「この公園にもいないかな……」


「出ないに限るぜ。正直ソウルイーターなんて関わりたくねえ」


 警察がやってきた。

 なんとかしなければならない。

 そう思い。春香は立ち上がる。

 その体は、二メートルはゆうに超えていた。頭には角が生え、体中は細身だが筋肉質だ。

 手には金棒があった。


「ひいっ、出たか超越者」


「おい、撃とう」


 二人の警官が銃を構える。

 そして、銃弾を発射した。

 しかし、それは一つとて、春香にダメージを与えることはできなかった。

 春香は両手を広げて、突進する。

 そして、二人の警官の首を捕まえ、地面に叩きつけた。

 骨の折れる、鈍い音がした。


「うふふふ、嘘みたい……この絶対的なパワー、スピード。もう、私に勝てる人間はいない」


 相手が例え、天衣無縫だろうと、裏切り者だろうと、剣士だろうと、勝てないはずがない。

 そう、春香は確信した。

 そして、しばし考える。

 "お父様"に状況報告をするべきだろうか。

 しかし、鬼の醜い体を見せるのは多少抵抗がある。


(なら、警察のツテを利用すればいいか)


 春香は、気軽にそう考えていた。

 そしてふと、花月に気がつく。


「じゃあね。嫌いじゃなかったよ」


 そう呟くと、春香は風のような速さで夜の屋根の上を駆けていった。



+++




「というわけで、鬼の魂を三体分持った奴が外をうろついてるから外出は控えて頂戴」


 楓の説明を聞きに、僕と水月は礼拝堂に出ている。


「春香がまだ粘ってるんですか?」


 僕は戸惑いながら言う。


「あなたの歴史ならどうなってたの?」


「春香は一番最初の戦闘で射殺されていました」


「なるほど。包囲されて警戒心が増した結果、生き延びたと」


「あー、くそ、そうなるか……」


 僕は溜息を吐いた。

 どうやら歴史を変えてしまったのは僕自身らしい。


 ならば、今後もどうなるか予想はつかない。

 せめて、水月の安全を確保する時点まではこの世界にいたかった。

 水月が、そっと僕の手に触れる。


「大丈夫だよ、青葉。ここには、力強い仲間が沢山いる」


「そうだな……十分も粘れば来てくれるよな」


「うん、そうだよ」


 僕は水月の手を握った。勇気が湧いてくるような気がした。


「ま、連絡は以上です。後は精々いちゃついてくださいな」


 水月はなにも言わずに、微笑んだ。


「……マジ?」


 楓が疑わしげに言う。


「マジですよー」


 水月は幸せそうに言う。


「そこがくっつくとは思わなかったわー。だって青葉住所不定無職じゃん」


「今じゃここの従業員ですよ。給料も払うつもりです」


「はー。上手くやったわねー。ま、結婚式には呼んで」


 そう言って、楓は僕らに背を向けて歩いていった。


「君はあっさりばらすな」


「だって、隠してても仕方ないでしょう?」


 そう言って、水月は微笑む。

 いつまでも、その笑顔を眺めていたかった。

 けど、それは無理なのだ。僕の能力にも限界がある。


(いつまでも、この地に留まることはできない……)


 そう思った瞬間、心音が一際高く鳴った。

 消える。存在が消える。歴史の修正力が僕を消しゴムで消そうとしているかのように。

 負けるものか。

 僕はこの過去に介入を続ける。そうと決めたのだ。


「青葉……?」


 水月が、震える声で言う。


「大丈夫。ちょっと心臓が痛いだけだ」


「そうじゃなくて……」


 水月が、言いづらそうに言った。


「左手の手首から先、消えてるよ?」


 見てみると、確かに左手は手首から先がない。

 血も流れず、最初から消えていたかのようだ。


「ああ、新手の手品だよ」


「じゃあ、手品の種を教えて」


 水月は真剣な表情で僕を射抜いた。

 その目は言っている。冗談で済ませたら許さない、と。

 僕は、観念することにした。そろそろ、潮時だ。


「手品も手品。時間移動の大魔法の手品だよ」


 水月が目を見開いた。


「時間移動……?」


「本当に懐かしかった。可愛いと思った。昔はあった子供と大人の差が今はない。それが嬉しかった」


「あなたは、誰……?」


 怯えるように、水月は一歩を退く。

 僕は、サングラスを外した。


「この顔に思い当たる節はないかい? シスター水月」


 水月はしばし考え込み、そして目を丸くした。


「葵くん……なの……?」


「そう。神楽坂葵。それが俺の本当の名前。そして、神崎青葉を名乗り、未来から君を助けに来た」


「時間移動なんて、ファンタジーだわ!」


「それを実現できたんだよ。狂騒的な思いでな。過去の記憶を覗いてる時にふと気がついたんだ。その過去に介入できるんじゃないかって」


「介入……できたって言うの?」


「個人の力だけではとても無理だった。沢山の人の力を借りて、そして過去に行った時のために沢山の人のスキルを借りて、俺はここに来た。ハートがないのは、俺の本体に……つまり、未来にある体にハートが残っているからだろう」


 水月はよろけながらも、椅子に座った。


「歴史は変わった。君は生き延びて元気に過ごしている。俺は、それで満足だ」


「それで満足しないでよ!」


 おっとりとした水月が叫んだ。

 僕は、衝撃を受けていた。


「私と同じ毎日を歩んでよ! 私と同じ経験を共有してよ! 力切れで消える? なにそれ。冗談じゃないわ!」


「……悪いとは思っている」


「しかも葵くんだなんて。卑怯だわ。あなたは正体も隠して自分だけ有利な情報を持って私に近づいた」


「どうなじられても仕方がないと思っている」


「……馬鹿! 馬鹿、馬鹿、馬鹿」


 水月が前にやってきて、僕の胸を叩く。

 そして、そのまま胸に顔を埋めて泣き始めた。


「葵の奴のこと、頼む。あいつ何回か彼女できるけど、全部上手くいかねーから」


「……葵くんなんて嫌いです。けど、大好きだから嫌いになったんです。我ながら、よくわかりません」


「混乱させて悪いと思っているよ……」


「……今日は、寝ます」


 そう言って、シスターは僕に背を向けた。

 その時、扉が空いた。

 突風のように人影が走ってくる。巨大だ。二メートルはある。

 その影は、一瞬でシスターを抱き上げて拐った。


「シスター水月は預かった。返してほしくば鬼の力を持った人間を集めて午後十時に公園にやって来い。警察に言った場合、シスターがどうなるかはわかるな?」


「青葉くん、乗っちゃ駄目!」


 水月が一生懸命に叫ぶ。

 水月に当たったら。そう思うと、下手にスキルも撃てない。


「鬼の力を持った人間を集めればいいんだな……?」


「ああ、そうだ。私は神になるんだ」


「ははっ」


 思わず笑う。


「発狂済みかい」


「お前こそ、体にガタが来ているんじゃないの? 左手、うっすら透明になってるけど」


「場所は?」


「古城跡地の公園だ」


「そうだな。もう一度、あの場所で決着をつけよう。ただし、水月に傷の一つでもあった場合は、約束はなかったことにさせてもらう」


「当然だな。約束しよう」


 春香はそう言うと、水月を抱えて去っていった。

 後に残された僕は、急いで電話をかける。

 招集するメンバーは、決まっていた。



第十二話 完

次回『消えゆく体』

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