激戦
敵はまず、銃で大輝を狙った。
それは尽くアラタのスーツに弾かれる。
そして敵は、室外への逃亡を狙った。
扉が、勝手に閉まった。
「そう逃げるなよ……美味しく料理してやるからさぁ」
そう言って、大輝の腕が相手を狙った。
アラタは相手に溜めの時間を与えないように斬り込んでいた。
運動神経はそれなりにある相手らしい。しかし、肉弾戦等の経験は少ないように思われた。
純粋な身体能力だけなら相手が上だろう。だが、経験の差が傷となり相手に蓄積されていく。
アラタは春香の腹を蹴り、花月のみぞおちに剣の柄を叩き込んだ。
「でかいの、行くぞ!」
大輝の声に、アラタは慌てて距離を取る。
春香は逃げようとしたのか、花月の手を取って大輝に背を向けた。
しかし、その先にあるのは壁だ。
「血と臓物をぶちまけるがいい……鎌鼬の踊り!」
風の刃が幾重にも重なり合って円状の暴風を作り上げた。
それに巻き込まれた壁が、天井が、どんどん消滅していく。
そして、大輝は諦めたように攻撃の手を止めた。
「逃げられた。つまらん」
見ると、壁に穴が開いている。それは、鎌鼬の踊りでできたものではない。人がぎりぎり通れるような穴だ。
「んじゃ、俺適当にぶらついてるから、適当に話でっち上げといてくれ」
「ああ。俺の協力あっての勝利だったからな」
「ん? なに寝ぼけてやがる。俺が要だっただろうが」
「まあそういうことにしとくか」
大輝はさらに言い返しかけたが、反論するのも馬鹿らしいと思ったのか、逃げていってしまった。
「酷い惨状だ」
アラタはぼやく。
天井と壁には穴。扉は粉々。まったく超越者の中でもやんちゃな連中が集まるとこの有様か。
「師匠ー!」
勇気が抱きついてくる。
その背を、軽く二度叩く。
「よく頑張ったな」
「敵が溜めてる間に私が倒しておけばよかったんです。ごめんなさい!」
「いや、最善を尽くしたよ。今回は、肉弾戦闘型には荷が重かった」
「私、遠距離射撃型でもあるんですけど……」
「それはそれ。さて、言い訳を考えなきゃな。あと、響達を呼び戻しに行ってくるか。お前はここを守ってくれ」
「命に代えても」
「馬鹿。命は自分の家族のために使え」
「はい」
勇気は微笑んだ。
こいつはこいつで結構美人だよなあとアラタはついつい思う。
「そろそろ離れてくれるか」
「あ、はい! 失礼しました」
「んじゃ、避難所行ってくるわ」
そう言って、アラタは歩き始めた。
+++
「んー、おかしいのよねえ。アラタくんの証言」
楓は、書類を眺めて足を組みながら、翠に話しかける。
「アラタくんの証言が?」
翠は、興味深げな表情になる。
「そう。全ての攻撃をスーツで防いだって言うけど、壁や天井を削るような攻撃よ。勇気ちゃんが巻き込まれてないのが不思議じゃない?」
「うーん、それは確かに矛盾しているなあ……」
「生意気にも、なにか隠しているわね」
「削るとなると、風ですか……」
「風の能力者に思い当たる節は?」
「いませんね、今のところ。他の県なら何人かいるんですが、刑事です」
「ふむ……なーんかこう、におうのよねえ」
「まあ、アラタくんは私達の期待は裏切りませんよ」
「なんであんたはそう手放しに信頼できるかなー」
楓は背もたれに体重を預けて、考え込む。
「しかし、アラタ家は気の毒だね」
そう言って、楓は悪戯っぽく微笑む。
翠は苦笑するしかない。
「ですね。もうすぐ正月なのに、家が穴だらけ」
「まあ修理費は警察が出すけどねー」
「そんなことできるんですか?」
「超越者の犯罪は特殊だからしゃーない」
そう言って、楓はアラタの報告書をデスクの上に置いた。
「さて、捜査だ」
楓は腰を上げて、歩き始める。
もう、書類のことは頭になかった。
+++
公園で、花月と春香は茂みに身を潜めていた。
春香の治療スキルで、その肩の重症は徐々に消えつつある。
「あんなバケモノだとは聞いてない」
花月がぼやくように言う。
「どっちが?」
春香は面白がるように問う。
「剣士も、裏切り者も、両方」
春香は思わず小さく笑った。
「そうね。悲惨な敗戦だったわ」
「ねえ、春香。この町はもう危険じゃない?」
「ん?」
「あんまりにも強敵が多すぎる。結託も強い。事実、あの直後にはパトカーがあの家を取り囲んでいた」
「まあ、そうねえ……けど、お父様の命令は絶対だから」
「勝てると思う?」
「私達が力を合わせれば」
そう言って、春香は片手で花月の手を取る。
花月の表情が緩み、そして緊張に強張った。
「春香……?」
花月は、銃で腹部を撃たれていた。
そして、光の腕が伸びてきて、倒れた花月のハートを握る。
どんどん命の光が吸収されていく。そんな実感があった。
「これもお父様の命令でね。できるだけ、鬼の力を一人に集めろ。なにか変化が起きないか調べたい」
「それじゃあ、あなたは最初から……!」
「ええ、最初からあなた達を裏切っていたってわけ。ゲーム制を提案したのも、月葉を負けるとわかってて行かせたのも、全部わざと」
「春香ァ!」
花月は叫ぶ。
しかし、それが断末魔になった。
花月の意識は、闇の中に落ちていった。
+++
縁側で、アラタはくつろいでいた。
今、リビングには修理の業者が来ている。
楓の指揮らしく、数日内には応急処置が取られるそうだ。本格的な修理工事はそれからとなる。
「いやー、お父さん怒ると怖えーのなんの」
アラタは笑う。
「冗談になってないわあ……」
妹が、溜息混じりに言う。
「悪夢に出そう」
「ごめんね、私のせいで」
響が、申し訳無さげに言う。
「いいよ。海外で逃亡生活続けるよりはマシっしょ」
アラタの一言に、響は苦笑した。
「残るソウルイーターはあと一人」
「お兄ちゃんがいるから二人だけどね」
「あいつはもう味方みたいなもんだから、違うだろう。どういうんだっけか……そう、ソウルキャッチャー」
アラタは息を大きく吸って、吐き出す。
「大詰めだな……この危機にも」
「うん……誰も死なないで、終わってほしいよ」
響は、祈るように言った。
自分達は、どこまで堪えられるだろうか。そんなことを思う。
敵のボスは明らかにアラタ達を狙っている。
その刺客に、いつまで対処すればいい?
響との将来に、一抹の不安を覚えたアラタだった。
第十一話 完
次回『邪悪の生まれる日』土曜更新(予定)




