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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第四章 必ず君を生き延びさせてみせる
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ヒーロー二人

「うーん」


 楓は椅子に座って唸っていた。

 その前には、翠が申し訳なさげに立っている。

 周りでは色々な刑事が行き来しており、対策室の本気ぶりが伺える。


「無理があると思うのよね。倫理的にも、医学的にも」


「ですよねえ……」


 今日、翠がここにやってきたのは、浮遊霊の歩美に新しい体を与えてやれないかと相談に来たのだ。

 もう敵に吸収され、完全に混ざりきり、帰り道を忘れた魂を待つ体。

 その体に歩美の魂を入れたらどうなるだろうと相談したのだ。


「まずね。これは当たり前の話なんだけど、その人の記憶は脳みそにもうインプットされてる。人格とか癖もね。それをフォーマットしない限り、逆に歩美ちゃんが侵食されるんじゃないかしら」


「なるほど。その可能性は考えてなかったですね」


「霊魂って存在そのものがそもそもファンタジーなのよ。霊魂の性格の動きを再現する大元はなに? 記憶を維持する大元はなに? それを思えば荒唐無稽なファンタジーに見えるでしょう? まあ」


 そう言って、楓は机の上の紙パックのジュースを手に取る。


「この世界がプログラム上の存在だったなら、魂の記憶容量がどこかに存在していてもおかしくないけどね」


「発想が飛躍し過ぎでは?」


 翠は疑わしげに楓を見る。


「私としては幽霊を裏付ける可能性を上げてるつもりよ。だからね、幽霊って存在自体が結構なファンタジーなんだって。あんたが連れてる浮遊霊も、あんたの脳の記憶容量を結構使ってるんじゃないかな」


「そう考えれば色々と腑に落ちますね」


「でしょう。あんまりファンタジーなこと考えないほうがいいわよ」


 氷と炎を操る楓が言っても説得力があまりない。


「じゃあ、楓さんの能力はどこからきてるんですか?」


「未知の領域からでしょうね。人間の意志に反応して現実を書き変える性質。アカシックレコードへのアクセス権限かもしれないわ」


「アカシックレコード?」


「この世のこれから起こることも過去に起こったことも全て記されているという未知の存在よ。そこを書き変えているというならば、超越者は神に近い存在ということになるわね」


 楓はジュースを飲み始めた。語り疲れたとでも言うかのように。


「じゃあ、アカシックレコードをいじれば、ソウルイーターもその元凶も消せるんですか?」


「そこまで強い書き換え権限を持つのは人間じゃなくて神さ。それもまたファンタジーだね。ファンタジーにファンタジーを重ねると頭が痛くなってこないかい?」


「けど、少しは書き換えられるかも」


「戦って勝つってね」


 楓はジュースを飲み終わったのか、潰してゴミ箱に捨てる。


「結局はそれしかないのよ。ファンタジーに頼るなら相馬にでも言って」


「相馬さん、ファンタジーな話好きなんですか?」


「彼女ができたなんてファンタジーな話を信じ込んでる男だからね」


 楓が遠い目をして言う。


「馬鹿にしてますよね?」


 翠は疑わしげに言う。


「いや。じゃれあってる」


 そう言って、楓は笑った。


「ソウルキャッチャーの確認が取れました!」


 そう言って、拡大した写真を持った刑事が部屋に入ってくる。

 彼はホワイトボードに、その写真を張った。

 人が集まってくる。


「車に乗ってます。防犯カメラが少ないので何分苦労しましたが、コンビニで食事を買ったようですね」


「車は奪ったか……」


 楓が顎に手を当てて言う。


「その土地に、なにがある?」


「……アラタくんの家が」


 翠の一言で、場の空気が凍った。

 全員が駆け始める。

 そして書類を漁ったり、車に走ったりしている。


「私達も行こうか、相棒」


「そうですね、楓さん」


 楓が拳を突き出してくる。

 翠は、その拳に拳をぶつけた。

 思えば、会って何ヶ月。腐れ縁ではあるものの、親しくなっている。



+++



 その日もアラタは寝転がってテレビのリモコンをいじっていた。

 目当てのチャンネルは見つかりそうにない。

 あるはずがないのだ。

 アラタの旅への欲求は飢えに似ている。それを潤すものなどテレビには存在しない。


「お兄ちゃんにリモコンを持たせるのは不毛やね」


 妹が呆れたように言う。

 そして、リモコンを奪うと、テレビをアニメのチャンネルに固定した。

 少年漫画だろうか。剣士二人が戦い合っている。


「お前、こーいうの好きなの?」


「うん」


「これ、少年漫画じゃね?」


「遅れてるねーお兄ちゃん。今じゃ男でも少女漫画を読むし女でも少年漫画を読むんだよ」


「なぬ」


 また世間に取り残されたか。剣にしか興味がないからアラタの張っているアンテナは少ない。


「そうなのか? 勇気」


 呆れたようにリモコン操作を眺めていた勇気が、唸る。

 背中には日本刀がある。


「うーん。見る人は見るし、見ない人は見ないんじゃないですか。けど、以前ほど垣根も感じないかなあ……」


「大体実写化多いからカップルで見に行ったりして男もはまるんやってば」


「そういうもんなのか……?」


「お兄ちゃんも見に行けば? 響さんと」


「それもいいかなあ。映画ならとりあえず話題はできるからな」


「そうそう。談義できるのが理想やね」


 玄関から破壊音が聞こえてきたのは、そんな時のことだった。

 尋常な音ではなかった。

 まるで、扉に車が突っ込んできたかのような。


「おい、響達を連れて裏口から逃げろ。避難場所は覚えてるよな?」


 妹に言う。


「うん」


 妹は、震えながら言う。


「すぐ警察が来てくれる。少しの辛抱だ」


 そう言って、妹の頭を撫でると、背を押した。

 妹は駆け出して、響を迎えに行った。


「さて、出番だな。腕は錆びついてないか、勇気」


「若干ブランクがありますが、相手が男でも勝つ自信はありますよ」


「いつになく強気だな」


「師匠が味方ですからね。最初から負けのないじゃんけんだ」


「……お前は本当呑気だなあ。フォルムチェンジ」


(俺はスーツで防御できるけど、お前はなんの防御装備もないんだぞ)


 心の中で思うが、口には出さぬことにした。

 リビングの扉が開く。


 ソウルイーター、春香と花月がその場に現れていた。


「あら、臨戦態勢ね」


 春香が、不敵な笑みを見せる。


「あれ、おかしいな。お前ら、三人じゃなかったっけ。もう一人はどこ行ったんだ?」


 アラタは、周囲を見回す。


「あれ? もしかしてやられちゃった? 一人で出張って?」


「月葉は私達の中にいる。その魂は常に協力してくれている」


 花月が苦い表情で言う。


「ふうん。ま、やろうか」


 開幕のゴングを鳴らしたのは、勇気だった。

 その指から放たれた光線が、家を巻き込んで相手を狙い始めたのだ。


 相手はしゃがみ込む。

 他に逃げる手段もないだろう。


「勇気、止めろ!」


「はい!」


 勇気の光線が消え、アラタは長剣を召喚し、しゃがんでいる春香を斬りつけた。

 敵は回避行動をとったが、肩に重い怪我を負った。


「よし!」


 アラタは言う。しかし、春香は笑っていた。


「悪いけどさぁ! 想定済みなんだよ!」


 花月が魔力を溜めている。その気配に、アラタは戦く。

 慌てて、剣を横に薙いだ。


 しかし、その剣が花月に届くことはなかった。

 アラタは花月の氷のスキルにより氷漬けになり、身動きが取れなくなっていたのだ。


 アラタは凍えてはいない。スーツの効果か呼吸もできる。ただ、身動きが取れないのが致命的だった。


「師匠!」


 勇気が焦ったように、光線で氷を削り始める。

 しかし、そんなことをしているうちに、相手は銃弾を勇気に撃ち込んだ。

 勇気は軌道を先によんでいたのか、辛うじて一発目を避ける。そして、二発目を肩に受けた。


「ぐっ……」


「不確定要素がなければこんなものね。対策は万全に取れている。私達のゲームは、成り立つ」


 そう言って、春香は邪悪な笑みを浮かべる。

 そして、勇気の眉間めがけて銃身を構えた。


 ここでどうにかしないでなにがヒーローだ。

 弟子を救えなくてなにが師匠だ。

 そう気が狂いそうになるほど思っていると、剣が不可思議な虹色の光を帯び始めた。


(なんだ……? これは……)


 その時、扉が跳ね飛ばされた。

 乱暴な客人は、風の刃で扉を粉々にして入ってきたのだ。

 勇気が、戸惑うように背後を見る。


 そうだ、こういうおいしい場面はあいつによく似合う。


「悪いけどさぁ。俺寝付き悪いから大きな音出されると迷惑なんだわ。失せてくんない?」


 ソウルイーター、大輝が、その場に現れていた。


「あっれー、君らトリオじゃなかったの? コンビなのなんで? 仲悪いの?」


「裏切り者がぁ……!」


 花月が怒って、氷の塊を飛ばす。

 それを、大輝は風のスキルで粉々にしてしまった。


 適正が違いすぎる。

 花月のスキルが弱いわけではない。

 大輝の風が、強すぎるのだ。


 大輝は指を鳴らす。

 アラタを閉じ込めていた氷は粉微塵になった。


「お前、今、俺ごと巻き込んだだろ?」


「それぐらいで死ぬなら死んでたほうが足手まといにならないでマシだね」


「……やれるか?」


「任せておけ。妹は腹を刺されたんだったな? アラタ」


「ああ、そうだが」


「それは、いいことを聞いた」


 大輝は、アラタが見ても逃げたくなるような、獰猛な笑みを浮かべた。

 なんにせよ、大輝の戦闘経験は頼りになる。

 自分と大輝ならなんの不可能もない。そんな気分になっていた。

 ヒーロー二人は、敵と対峙する。



第十話 完

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