母と娘
「世間はクリスマスイブだってのに私達は家でソウルイーターの脅威に怯える。これってどうなの?」
朝食の席で、響が不満げに言う。
「そのー……仕方ないですよ。それにイブだって言っても、社会人も学生も皆やるべきことがある」
と言うのは勇気。
「まあ警備を分散して出かける手もあるけどな」
「賛成」
響は真顔で言う。
(やばいな、本気にしたか……)
響なら真面目な意見を言ってくれるだろうと期待していたアラタだが、考えてみれば響は家出して各地を旅していた奔放な少女なのだ。
「映画行こうよ、映画」
「なんか面白いのやってる?」
「私ライオンキング見たい」
「まあ俺も見たいっちゃ見たいけど」
そう言って、口ごもる。
響の目が鋭く細められた。
「怖じ気ついたな」
「まあ、なあ。ソウルイーターはまだ二人残ってるからな」
響はアラタの顔を眺めて、しばらくして溜息を吐いた。
「私もまた腹突かれたくないわ。仕方ないなあ」
「だろー? 勇気と俺が家で警護してれば安全だよ」
「あら、呑気ね」
そう言って会話に加わってきたのは、響の母だ。
「お母さん……」
身構えるように響は居住まいを正す。
「映画に行く余裕があるなら学校へ行けば?」
「お母さん、敵は本当に危険なんです」
「君にお母さんと呼ばれる云われはないわ、アラタくん」
そう言って、響の母はアラタの言葉を一刀両断する。
「帰りましょう。私達の家へ」
響の母は、響を見つめる。
響は苦しげに顔を歪めた。
色々な思い出が脳裏に蘇っているのだろう。
「……帰れない」
「何故? ソウルイーターとかいう戯言を本気で信じてるの?」
「そうだよ。私がそのソウルイーターだったんだもの」
響の母は、黙り込む。
「ヤミ金の経営者の心臓発作。おかしいと思わなかった? タイミングが良すぎるとは思わなかった?」
「なら、あなたの力を見せてみなさいよ」
「今は、他の人に託してあるから、見せることはできない」
「お話にならないわね」
響の母は、響の手を引く。
「行くわよ、響」
「嫌だ!」
「駄々こねないで! 何歳よあなたは!」
「だって、私とお母さんは血が繋がってないんだもの!」
響の母の動きが、硬直した。
そして、ロボットのようにゆっくりと振り返り、響の顔をまっすぐに見る。
(ついに言っちまったか……)
アラタは緊迫した空気に慄いた。
「私達は家族じゃないの! 血が繋がってないの! 調べてもらってもいい!」
響の母は、響から手を離す。
「わかったわ」
そう言って、響の母は去っていった。
「……言っちゃったな」
アラタは、淡々とした口調で言う。
「いつか言わなきゃいけない話だよ」
響はそう言って、席に戻る。
「私、今の話忘れます。他人の踏み入っていい話とは思えないので」
勇気が、恐る恐る言う。
「うん、忘れよう。元気よくゲームでもしてさ」
そう言って、響は勢いよく食事を進めていく。
無理をしているのが見え見えだった。
+++
縁側で、庭に足を放り出して缶ビールを飲んでいる女性がいた。
響の母だ。
アラタは、その隣に座った。
「その……響の話ですが……」
「知ってた」
響の母は、淡々とした口調で言った。
「知ってた?」
「彫りの深い顔、茜さすような茶色の髪。それだけで、十分わかった。自分の子ではないと」
「なら、なんで……?」
「それでも、私達は親子なのよ」
響の母は、缶の中身がなくなったらしく、新しい缶のプルタブを開けた。
「赤ちゃんの頃から面倒を見ていたのは私だ。母を自称してなにが悪い。遺伝子上どうであろうと、あの子は私の娘よ」
響の母は、缶の中身を勢いよく飲んでいく。
そして、休憩とばかりに一つ息を吐いた。
「あなたも子供を持てばわかるわ。私は娘を得て変わった。変わったはずだった……」
そう言って、彼女は苦笑する。
「慣れって怖いものね。リスクの高い借金をするだなんて」
アラタはなにも言えなくなってしまった。
これは家族二人の問題だ。
なら、家族二人で解決したほうがいいだろう。
「響。だってさ」
僕の一言に、響の母は驚いたような表情になる。
通路の死角から、響が姿を現した。
響はしばらく涙をこらえていたが、そのうち自分の母に駆け寄って抱きついた。
「ごめんね、お母さん。お母さんの娘じゃなくて、ごめんね」
「なに言ってんの」
響の母は、苦笑しつつ響の背を撫でる。
「私は、あなたのお母さんよ。あなたを抱き上げた時からずっと」
「お母さん……」
「なあに、響」
「私、お母さんの娘でよかった」
「ヤミ金で借金作るような女なのに?」
「それはあらためてほしいけど……」
「私達は家族だ、響」
そして、響の母の視線がアラタに向く。
「いつか、他の人に託す日が来るのかもしれないけれど……それでも、ずっと家族だ」
アラタは、一つ頷いた。
母と娘の心のすれ違いは終わった。
よかった、とアラタは思う。
響は帰る場所ができたのだ。
そして、彼女がその場所に帰るためにも、ソウルイーターは退治しなければならないだろう。
+++
「茶番だな」
アラタの部屋にいた同居人の一言が、それだった。
「いい話だったじゃないか」
アラタは手を腰において、左足に重心をかける。
「血は水よりも濃いって言葉は知ってるか?」
「ははーん」
アラタは悪戯っぽく微笑んで彼の顔を覗き込む。
「お前、嫉妬してるな?」
「……馬鹿言え」
そう言うと、彼は窓を開けた。
もう、すっかり外は夜だ。
「どうする気だ?」
「探索してくる。ソウルイーターの思考はソウルイーターの俺のほうがよくわかる」
「……無理はするなよ。一対二は厳しいだろう」
「退き際は心得ているつもりだ。じゃあな」
そう言うと、彼は夜の町に駆けて行った。
窓を閉めて、鍵をロックしようかと思い、しばし迷う。
彼が帰ってくるとしたら窓からだ。
ならば、鍵はそのままにしておいたほうがいいだろう。
(我ながら縁起担ぎだな)
そう思いながらも、アラタは窓の鍵をロックせぬまま睡眠に落ちた。
第八話 完
ソウルイーター対ソウルイーター




