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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第四章 必ず君を生き延びさせてみせる
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クリスマスイブ

更新予定日より早いのですがストックがかさばってるので三話ほど投稿しようと思います。

「シスターは?」


 礼拝堂に入ってきた葵の第一声がそれだった。


「なんかクッキー作ってる」


 椅子に座り足を組んで、背もたれに思い切り体重を預けて僕は返す。


「そっか。じゃあ手伝おう」


「おう。どんどん手伝ってやってくれ」


「お前は手伝わないのか?」


 葵が傍までやってきて、責めるように言う。

 いや、違う。

 これは、僕がいたら邪魔だという気持ちから出た確認だ。


「試食で腹一杯になって気分悪いんだよ……」


「ああ……」


 葵はそう呟くと、教会の奥へと進んでいった。


「頑張れ、少年」


 僕は苦笑して、そう言った。


「しかし、水月との年齢って何歳差だったかなあ。水月もずいぶん若いが」


 頭上を見上げ、考える。

 そして、どうでも良いことだと思って思考を止めた。


 ぼんやりと、敵を待つ。

 ソウルイーター月葉の遺体が見つかって一週間。

 ソウルイーターは、まだ二人いる。



+++



「なんか毎年さ。ホワイトクリスマスにならないかなって時期に雪降らないんだよな」


 僕は外を歩きながら言う。吐く息は白い。

 水月の手にも、僕の手にも、大きな袋があった。


「そうですねえ。十二月の半ばと一月末ぐらいですかね。いつも降るのは」


「秋田にでも行けば違うのかな。日本海側だし降りそうだ」


「新潟でも十分じゃないですかね。屋根の雪下ろししなきゃいけないらしいですよ」


「ほーん。疲れそうだなあ」


「そんな時はお菓子を一口」


 水月があっけらかんとした口調で言ったので、僕は苦笑するしかなかった。


「あ、笑いました? お気楽だなあとか思いました?」


「思ってないよ。水月はソウルイーターへの備えもきっちりしてるしな。これもその一環だ」


「まあ、楽しみにしてくれている子供達には心苦しいところですが……」


 僕と水月は、お菓子を配って歩いた。

 例年、水月はクリスマスイブに朗読会を行っていたそうなのだ。

 その常連さんに、今年は朗読会ができないので、いつもは帰りに渡しているお菓子を配って回っている最中なのだ。


「水月ちゃんの朗読がないと子供が寂しがるわあ」


「すいません。日付を変えてやるので、来てくださいね」


「ええ、もちろんよ」


 大抵の場ではこんな感じで、水月の人気が伺えた。

 僕はと言えば、荷持に徹していた。


「後ろの人は、新しく雇った人?」


 お菓子を受け取ったある人が、怪訝そうに聞いた。


「ええ、そんなところです」


「歳も近そうだしお似合いね」


「からかわないでくださいよ。では」


 大きな袋の中も少なくなってきた。

 二人で、道を歩く。

 雪が降ってきていた。


 僕は、着ていたコートを水月の肩に羽織らせた。

 水月は黙ってそれを受け入れる。


 なんだかくすぐったい。水月もそうだと思う。互いの感情が透けて見えるようで、なんだか照れくさい。

 僕達の心は、非常に近い位置にあった。



+++



「はい、コート」


 そう言って、水月がコートを差し出してくる。


「おう」


 そう言って、僕はコートを礼拝堂の椅子にかける。

 水月がオルガンを演奏し始めた。多分、気まぐれなのだろう。

 僕も隣りに座って、演奏に加わる。


「ピアノ、弾けるんですか?」


「練習したんだ」


「いつから?」


「あんたがいなくなってからだから……何年前かなあ」


「ふーん」


 水月の表情が、戸惑うようなものになる。


「私、引っ越したことないんですよね」


「うん」


「じゃあ、何故あなたは私と別れたんですか?」


 演奏が止まる。

 沈黙が流れる。


「私はあなたに親しみを覚えている。きっと以前もそうだったんでしょう。なのに、別れた記憶がない」


「……その時の俺は、あんたの視界にうつってなかったんだよ」


 そう言って、僕は演奏を再開する。

 曲目は、恋人たちのクリスマス


「結構世話にはなったけどな。恩返しだ、恩返し」


「ふーん」


 水月は不服げだ。


「努力して思い出そうと思います」


「努力する必要はないさ」


「あなたは幽霊かもしれないですからね。すっきりとさせておきたい」


「そうだな、俺は幽霊みたいなもんだ」


「それはどういう……?」


「ある日、ぱっと消えるんだ」


「困ります」


 水月は非難がましく言う。


「というと?」


「その、なんというか、あの」


 水月はしどろもどろになって視線を逸らす。


「あなたのいる生活にも慣れてきたのに。いきなり一人きりにされたら、がらんとした雰囲気に堪えられなくなりそうです」


「葵の坊っちゃんがいる。近所の人がいる。あんたは安泰だよ」


「けど……あなたは、あなたしかいない」


 水月が真剣に僕を見ている。

 真剣に、僕に消えてほしくないのだ。


(悪いな……)


 僕が消えるのは決定事項だ。風来坊として消えようとしていた。

 けど、それもできそうにない。


「わかったよ」


「本当に?」


「本当だよ」


 そう言って、僕は最後まで曲を演奏しきった。


(ままならないな、人生って)


「君を守るよ。目下のところ、俺の存在意義は全てそれだ」


 水月は、告白されたかのように目をうるませて、それを聞いていた。


(なんか、まずいかも)


 僕は今更ながらに、そんなことに気がついていた。



+++



 晩御飯の後に、クリスマスケーキを食べる。水月お手製だ。

 ホールケーキを切り分けながら、互いの皿に置いていく。


「腐る前に食べ切らないとな」


「こういう時は、美味しそうだって褒めるものです」


 水月は不満げにそう言う。


「悪かった。凄く美味しそうだ」


「でしょう? 私としても会心の出来です。頑張ったかいがありました」


 二人でケーキを食べる。

 話は弾んで、そのうちワインが出てきた。

 話題が弾んでワインも進み、意識が朦朧としてきた。


 水月はテーブルに突っ伏している。


「ねえ」


「なんだ?」


「私のこと、好きですか?」


「好きだぜ」


 世界の誰よりも、愛している。だから、救いに来た。


「なら……」


 水月はゆっくりと顔を上げた。


「キスしてください」


 僕は口ごもる。

 いつか消えていなくなる僕が、そんなことをしていいのだろうか。


「迷いましたね。結局その程度の好きなんですね」


 照れを隠すように、水月はテーブルに突っ伏す。


「止まれなくなるぜ」


 僕は、脅すように言う。

 しばらく、静寂が場を支配した。


「いい、ですよ」


 水月は、躊躇いがちに、そう言った。

 僕は、どうしてか目に涙が浮かぶのを感じた。


 水月が顔を上げて、目を閉じた。

 僕は立ち上がり、テーブルの上に手をついて、水月の頬に触れる。

 綺麗だった。触りご事が良くて、何度も触れたくなりそうな。

 そして、僕は水月とキスをした。


 それは、本来なら存在しなかったはずの道。

 歴史はまた、姿を変えようとしていた。



第七話 完

次回『母と娘』

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