疑惑
「お前さー。炎と氷を使えるだろ?」
警察署で、相馬が楓に訊ねる。
「だからなによ」
楓は面倒臭そうに紙パックのジュースを飲みながら答える。
「メドローア撃てねーの? メドローア」
「あのね」
「うん」
「そんな技使えたら今頃乱発してるわ」
「だよなー」
「それにしても、ややこしいことになってきたわね」
楓は、紙パックを握りつぶすと、ゴミ箱に入れた。
「ハートレス」
相馬が呟くように言う。
「彼が古城跡地に行きたがらなかったわけだわ。翠と会えば、ハートがない人間ということがバレる」
「生きている人間にはハートが必ずついてるって話だったよな。なら、あいつはなんなんだろう」
「……生きる屍?」
「どうする?」
「気になることはまだある。彼は刃のブーメランを使ったって言ってた」
「それがなにか問題か?」
「彼のスキルは氷なのよ。武器具現化系ではない」
相馬が腕組をして唸る。
「まあ葵みたいにスキル二つ持ってるやつもいるしな」
「けど、異質な要素が揃いすぎているわ」
楓は頭上を見上げる。
「青葉、彼は……何者?」
答えは出ない。
また、近々彼の本心を聞き出す必要があるかもしれない。
楓としては人の心を覗くのは嫌う手だ。だから、翠にもそれをしなかった。
だが、今回は相手が異質すぎるのだ。
「ただでさえ三人もソウルイーターがうろついてるのに。頭が痛いわ」
そう言って、楓は溜息を吐いた。
+++
「いつまでもお世話になっている訳にはいきません」
母の声が聞こえたので、響はキッチンに移動した。
母が、アラタの母に話している最中だった。
「ゆっくりしていきなさいよ。仕事も休みなんでしょう?」
「けど、こんな風に毎日家に篭っていては、気が滅入ります」
「そうね。たまにはアラタをボディガードにつけて外出するのもいいかもしれないわね」
「アラタくんを……?」
「フォルムチェンジは見たでしょう? あの子はあの子で、厄介なことに足を突っ込んでるみたいね」
「帰らせてください。私は、響と二人の生活に戻りたい」
「帰らないよ!」
思わず、響は大声で言っていた。
「響、あんたはまだ子供なの。親の言うことを聞きなさい」
母は、諭すように言う。
「嫌だ。帰りたくない!」
母は苦い顔になる。
「ヤミ金からお金を借りてたのは悪かったと思っているわ。けど完済の目処は立っていたの。もう二度とあんなことしないから……」
「そういうことじゃないの!」
私とあなたは血が繋がっていない。一行にも足らない文字が口から出てこない。
響は、その場を走って駆け出した。
そして、縁側に座っているアラタの横に座る。
アラタはなにも言わず、肩を抱き寄せてくれた。
+++
生きとし生けるものには存在するはずのハート。それが、青葉にはないという。
だから、相手はスキルを盗めないし、魂を盗むこともできない。
どういうことだろう。彼は、生きてはいないのだろうか。
礼拝堂で、祈るというよりはぼんやりとしていた水月は、そんなことを考える。
その時、礼拝堂の扉が開いた。
少し怯えつつ、振り返る。
「水月、ただいま」
「お帰りなさい」
自然と、表情が緩む。
好印象と疑惑。その二つが、水月の中で入り混じっていた。
「外の雪かきは終わったよ。雪っつっても三センチも積もってなかったけど」
「けど、綺麗な方が気持ちがいいでしょう?」
「そりゃそうだ」
そう言って、青葉は肩を竦める。
相変わらず、サングラスをかけている。
「ねえ」
「なんだ?」
「サングラス、外してみせてくれませんか?」
青葉はしばし考えて、サングラスの位置を人差し指で整えた。
「やだ」
「それぐらい、いいでしょう?」
「やだ。この話はおしまい」
「じゃあ」
水月は、少し真顔になる。
「あなたは、何者なのですか?」
沈黙が、場に漂った。
青葉は、礼拝堂の席に座る。
「予知を元に君を守りに来た超越者。それじゃあ不足かな」
「不足です。なんであなたにはハートがないんですか? なんであなたは多様なスキルを持っているんですか?」
「複数スキルを持つ人間もいる。葵の坊っちゃんもその類だろう」
「じゃあ、ハートは?」
青葉は、黙り込む。
「……まだ短い付き合いで心を開けと言うのも無理かもしれませんが」
水月はついつい拗ねたような口調になる。
「違うよ」
青葉は、淡々とした口調で言う。
「守りたいという相手じゃなければ、俺も護衛なんかしない」
水月が口を噤む番だった。
しばらくして、恐る恐る訊ねる。
「私達は……会ったことがあるんですか?」
「ああ、ある。俺にとっては、何年も前だ。悔いのある別れだった。もう一度会えたならと思っていた。それが、叶った」
そう言って、青葉は立ち上がる。
「あとは、守るだけだ」
青葉は歩き始める。そして、扉を開けて、個室に向かって歩いていった。
水月はその後ろ姿を見ながら、何故か心音が高鳴っている自分を感じた。
+++
ソウルイーター三人組は、公園でチョコを口にしていた。
「ハートレス。正直奴は不可解だ。魂掴めねーんだもん」
春香が言う。
「けど、倒す必要があると思う。シスター殺しも防がれたし、複数のスキルを持っている。吸収できれば、私達にとってもおいしい」
花月が難しい表情で言う。
「じゃあ、範囲殲滅型ソウルイーターの私の出番かな」
月葉が不敵に微笑む。
「そうね。スキルは一つでも多いに限る。全ては、私達のお父様のために」
春香の言葉に、一同頷いた。
+++
あの人は何者?
そんな思いが、水月の頭の中を回転し始める。
(私のこと、好きなのかな……)
それを匂わせるような言動はいくつもあった。
なら、自分はその思いにどう答えれば良いのだろう。
結論は出ない。
その時、悪寒を覚えて水月はベッドから降りた。
部屋の扉が開く。青葉が駆けつけてきたのだ。
「来るぞ。この感覚は、範囲殲滅型ソウルイーターだ」
水月は絶句する。
広範囲の人間の魂を一度に吸収するソウルイーター。それが範囲殲滅型ソウルイーター。
逃げ切れるのか? そんな思いがある。
悪寒はますます膨らんでいく。針で突けば破裂しそうだ。
「溜めに時間がかかるだろうが、今からじゃ逃げ切るのは無理。なら、仕方がないな……」
青葉は自分に言い聞かせるようにそう言って、手を掲げた。
「佇め、撫壁!」
青葉の手に、巨大なカイトシールドが現れる。
水月は頭が真っ白になった。
それは恭司のスキル、撫壁ではないか。
「それは、一体……」
「いいから、スキルの陰に隠れろ!」
青葉はそう言って、水月の肩を抱き寄せる。
こんな状況だと言うのに、心音が高鳴る水月がいた。
思えば、父が死んでから、頼りにできる人間が傍にいなかった。その影響もあるのだろう。
光が、弾けた。
「息を殺して。敵が死体を確認しに来たのを返り討ちにする」
水月は、黙って頷く。
そのうち、足音が近づいてきた。
「さて、このゲームの勝者に一歩前進って感じかな」
上機嫌にそう言いながら、ソウルイーターは近づいてくる。
青葉は扉から飛び出て、右手を前に差し出した。その先から、光の手が伸びていく。
水月は今度こそ言葉を失った。
ソウルキャッチャー、ソウルイーター特有の吸魂能力。スナッチャーだ。
水月も慌てて外に出ると、光の手はソウルイーターの胸の手前辺りで握りしめられていた。
「あんたの中で嘆いている人間を、解放してやる」
「小癪な……!」
そう言って、ソウルイーターは銃を取り出して構える。
水月は、二人の間に立って、炎の壁を作った。
「くそ、くそ、離せ!」
ソウルイーターは剣を召喚して光の手を両断した。
そして、逃げていく足音が周囲に響き始めた。
「もうあいつはリタイアだな。八割方のスキルは回収した」
そう言って、青葉は手を掲げる。光が飛び散っていく。他の地で捕らえられた魂が、帰っていく光。
「なんで、あなたが撫壁を……?」
水月は。恐る恐る聞く。
「同系統のスキルに目覚めることもある」
「なら、なんでスナッチャーを?」
「……それは、秘密にしておいてくれ」
「なら、私にだけ本当のことを教えてください」
「あんたを守る。その約束は本当だ。だから、あんたはそれだけ信じてくれればいい」
水月は、口を紡ぐ。
質問は喉元まで大量に込み上がってきていたが、その全てに答えが返ってくるとは思えなかった。
だからだろうか。
水月が聞いたのは、自分でも思いもしないことだった。
「最終決戦で、私が必要だからでしょうか」
青葉は黙り込んだ。
その顔が、泣きそうに見えたのは、気のせいだろうか。
水月の顔を、彼は真っ直ぐに見つめる。
「私が必要戦力だから、守ってくれるんでしょうか」
数分、二人は、黙って見つめ合っていた。
「……違うよ」
青葉は、重々しく口を開いた。
「君に、生きていてほしかったんだ。君と一緒に、戦いたかったんだ」
それは、まるで子供返りしたような口調だった。
青葉は数歩進んで、水月の前に立つ。
そして、力強く抱きしめた。
「死なないでくれ……俺に、もう悲しい思いをさせないでくれ」
水月はしばらく呆然としていたが、そのうち、慰めるように青葉の背を撫でた。
必ず君を生き延びさせてみせる。その一言を思い出すと今では心が温かくなる。
ミステリアスさから生まれた興味。
いつの間にか、その感情には、微妙に違うものが混じっていた。
そして、彼の言動から察する。
自分は彼を、傷つけたことがあるのだと。
「ええ、私は死にません」
水月は、慰めるように言う。
「あなたが守ってくれるんですから」
青葉の手に力がこもる。
「ちょっと、痛い痛い」
「ああ、悪い。けど、しばらくこうさせてくれ……」
「いいですよ。悲しい時は、泣きましょう。嬉しい時は、笑いましょう」
そう言って、水月は青葉の背を撫でた。
「私は、傍にいます」
罪悪感? 恋愛感情? それは、水月にもわからなかった。
あるいは、その両方だったのかもしれない。
+++
月葉は盗んだスクーターで合流地点に向かっているところだった。
スキルの大半を奪われた。しかし、まだ自分は戦力になるはずだ。
さらに、相手がソウルキャッチャーだという情報まで得られた。
そこまでは責められないだろう、とたかをくくる。
そして、集合場所の公園で二人にことの顛末を説明した。
「そっか」
春香は、呟くように言う。
「範囲殲滅も効かない。スキル吸収能力を持つ。いい情報だわ。よく手に入れてくれた」
月葉は安堵して頬を緩める。
そのハートを、春香の手から放たれる光の手が掴んでいた。
「なら、もう、死んでいいよ」
「そんな……そんな、私達、仲間でしょう?」
月葉は叫ぶように言う。
「ごめんね」
春香は微笑む。
「弱い人を仲間にしておく余裕はないの。顔がわれてるから、うかつに範囲殲滅なんて使えないしね」
「お前えええええええ!」
剣を召喚して、斬りかかる。
その腕を、花月が断っていた。
そして、月葉の意識は闇の中へと落ちていった。
第六話 完
次回更新は来週となります。




