共同生活
「という事情があってね」
恭司一家を家に連れてきた翠は、両親に色々と説明している最中だった。
内容としては、超越者、ソウルイーターの脅威、自分も超越者であること、敵は翠の関係者を無差別に狙っていること。
背中に冷や汗が流れる。病気と思われないか心配だ。
「……にわかに信じがたいな」
父が、顎を擦る。
母は、不安げに様子を見守っている。
私は、まずは超越者の存在を信じてもらうことにした。
「お父さん、煙草吸う?」
「ん、いいのか?」
「いいよ」
父が煙草を口に咥える。
私はそれに合わせて、掌に炎を浮かべた。
父は驚いた目でそれを見ていたが、煙草の先端を炎につけた。
煙を吸って、吐く。煙草の先端は僅かに震えていた。
「で、どうすればいいんだ? あの一家を家に置けばいいのか?」
「空いてる部屋はあるでしょ? 物置になってる部屋も片付ければ使えるようになるし。それに、恭司は盾の超越者。私達の安全な生活にも繋がる」
父は黙って、しばらく考え込んだ。
煙草の灰が、テーブルに落ちた。
「まあ、そうだな。そういうことにしておこう。母さん、片付けれるかな」
「ええ、大丈夫です」
母は、怯えるように言う。
こうして、ひとまず恭司一家を翠の家に避難させることは成功したのだった。
敵の凶刃がいつ家族に及ぶかわからない。
思えば、不安定な生活をしてきたのだな、と思う。
そして、父には無期限の休暇を取ってもらう。申し訳ないことをしていると思う。
「ところで、恭司君だったか?」
父が、翠を見る。
翠は戸惑いながら頷く。
「彼氏か?」
「うーん」
翠は考え込む。
キスはした。けど、告白を受けたわけではない。
「まあ、友達かな」
「友達一家を連れてくるなよな……」
父はぼやくように言うと、指先で灰を片付け、自室に引っ込んでいった。
「ねえ」
母が問う。
「なに?」
「危険なこと、してるんじゃないわよね」
「……危険にならないように皆で固まるんだ。大丈夫だよ」
そう言って、翠は苦笑した。
+++
「どういうことよ、響!」
家に響き渡る声で、響の母は怒鳴った。
玄関に出迎えに出た響は、小さくなっている。
「それがね、私達は今とても危険なの」
「職場行ったら無理やり休暇を取らされたんだけど」
「うん。出歩くのは危険だからね」
「あんた家出して何ヶ月になると思う?」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「で、出処の怪しい大金を送ってくる。お母さんもうあんたのことがわかんないわ」
溜息混じりに言う。
母を失望させている。その思いが、響の心を暗鬱にさせる。
そこに、アラタが現れた。
「響のお母さん、こんにちは。僕はアラタって言います」
響の母は、疑わしげにアラタを見る。
「あんたが響を家出に誘ったの?」
「違いますよ。僕は巻き込まれた側です」
響の母は、怖い顔をして響を睨む。
響はもう俯いていた。
「必要な旅だったんです。ただ、響はお母さんを大事に思ってる。それだけは信じてあげてください」
「そうですよ」
アラタの母が会話に入ってくる。
「さ、中に入って。お茶を用意してきますから」
「あ……これは、申し訳ない」
そう言って、響の母は家の中に入っていく。
「ごめんね、怒ったら制御が効かなくなる人なんだ」
響は申し訳なさげに言う。
「いいさ」
アラタは、響の母が歩いていった先を見て言う。
「響の大事な人だろう? 守るさ、俺が」
響は、胸が高鳴るのを感じた。
この人を愛して良かったと、心底そう思った。
「頼りにしてるよ、私のヒーロー」
「親子喧嘩の仲裁までは果たせないけどな。話すのか? あの話」
響は、沈黙する。
響は人工授精で作られたデザイナーベイビーだ。母とは血が繋がっていない。
それが、響に負い目を抱かせるのだ。
「わからないよ。ただ……ちょっと怖い」
アラタは響の肩を抱いた。
「大丈夫だよ、大丈夫。俺だけはどうなってもお前の味方だ」
「うん」
響は微笑んで頷く。そして、真顔になった。
「そういやショッピングモールで襲われた時、なんでタイミングよく傍にいたの?」
「ん」
アラタの笑顔が硬直する。
「バスでも一緒じゃなかったよね? 私達一番後ろの席だったし」
「ん」
「……言い訳なら、聞くけど」
「さあ、お母さんと一緒にお茶を飲もう」
そう言ってアラタは歩いていく。
「あー、後ろ暗いことがあるんだ」
「ちげーよ」
賑やかに言い合いながら、二人は進んでいく。
+++
僕は部屋の中で寝転がっていた。意識は常に建物の周辺に向いている。ソウルイーターが侵入すればすぐにわかるだろう。
部屋の扉が三度ノックされた。
「買い物に行ってきます」
水月が扉越しに言う。
「護衛するよ」
「心強いですね。護衛が二人だなんて」
微笑み顔がわかるような口調で水月は言う。
護衛が二人?
戸惑いながら、着替えてサングラスをかけて礼拝堂に出る。
水月と葵が並んで立っていた。
葵は水月より二十センチばかり高い。
身長差があるんだな、と僕は思う。
まあ、水月は小柄なので中肉中背の少年と並べるとどうしてもそうなる。
「で、君がもう一人の護衛かい? 葵くん」
僕は葵の顔を覗き込む。
胸に不可思議な感情が湧いてきた。
葵は、この時期は一番楽しい時期だった。
遊んでくれるシスターがいて、彼女と長時間一緒にいられた。
くだらない会話ですらかけがえのない日常の一ページだった。
全ては、今までの話だ。
葵は不服げな表情になる。
「お前もついてくるのかよ」
「ああ、ついてくぞ。水月の外出には常に付き合うつもりだ」
「ストーカーかよ」
苛立たしげに葵は言う。
「君も一緒でいいぜ。護衛対象が二人に増えてもかまわない」
「俺は自分の身は自分で守れる!」
「そうか」
若さからくる根拠のない自信。それを、葵はまだ持っているのだ。
やはり、不可思議な気持ちになる。
「じゃあ、出かけるか」
その言葉で、三人は外へと歩きだした。
水月を挟んで男が二人、牽制し合う。
「そういえば、二人の名前って似てますね」
ふと、気がついたように水月が言った。牽制のし合いには気がついていないようだ。
「神楽坂葵と、神崎青葉。どちらも神から始まる名字で、名前は二文字目まで一緒です」
「そうだな。縁があるのかもしれないな」
僕はからかうように言う。
「お前との縁なんてごめんだ」
葵はそう言って、前を歩き始めた。
僕と水月は顔を見合わせて苦笑した。
+++
水月はスーパーで食品を選んでいた。
「どうせ同じキャベツだろ? 大差ないって」
青葉が言う。
「どうせならいいものを買いたいじゃないですか」
「だから水月の買い物は長いんだぞ」
「あなたと一緒に買い物に来たのは初めてです」
そのうち、一つを選び、青葉の持つ買物かごにい入れる。
バスの暖房が効き過ぎたのか、少し腕まくりをした彼の腕は、とても筋肉質だった。
細身のようで、脱いだら筋肉質なのかもしれない。
そこで、ふと冷静になる。
(なに考えてるんでしょう私は……神よ、お許し下さい)
「お菓子コーナー行こうぜ」
青葉が楽しげに言う。
「水月、チョコバー好きだろ?」
「最近減量中の私に悪魔の囁きですね」
「葵も行ってるだろうし、護衛対象は合流してもらうに限る」
そう言って、青葉は歩いていく。
仕方なく、横に並ぶ。
「あら、水月さん?」
声をかけられて、立ち止まる。青葉も、足を止めた。
「彼氏?」
ゴシップ好きそうな小母さんが、楽しげに囁いてくる。
「そんな! 親戚関係の人です!」
サラリと嘘が出てきた。神への懺悔は後からにしよう。
「けど、そうして歩いてたら新婚夫婦みたいよ」
「そんな、やめてくださいよ、もう」
水月は焦ってしまった。
そんな風に見られるとは思わなかったのだ。
「それじゃ、私は行くけど。今度はその男の人紹介してね」
そう言って、小母さんは去っていった。
「新婚夫婦みたい、だってさ」
青葉がからかうように言う。
「……もう」
水月は気恥ずかしくなって、早足で歩き始めた。
後ろから青葉が鼻歌を奏でながらついてくる。
(なんで平気なの? 私でいいの?)
水月は混乱してしまって、最終的にさっきのやりとりを頭の外に追い出すことに決めた。
恋愛経験不足どころか、男性と接した経験も不足していた水月だった。
+++
「はい、翠、ありがとう。休暇を楽しんでね」
恭司一家が斎藤家に避難したと聞いて、楓は肩の荷を下ろした気分になった。
スマートフォンの通話を切る。
これで、大体の予防策は練った。
あとは、ソウルイーターの拠点を探すだけだ。
範囲は県の中。正直、広すぎる。
期待できるのは、今、葵のサイコメトリーだろう。翠の猫軍団はイマイチ期待できそうにない。
ソウルイーターが一度に三人。
「頭の痛い話だわ……」
思わず、ぼやく。
こんな時に嫌味を言う相馬は今日はいない。
葵の護衛としてついていっているのだ。
「とりあえず、犠牲者は最小限に……」
親指の爪を噛んで、楓は思考を張り巡らせる。
+++
(犠牲は出るのかな……)
僕は考える。
歴史は変わった。
水月の死んだ歴史から、水月が生きた歴史へと。
ならば、僕が知っている歴史は役に立たないということだろう。
ここからは、なにが起こるかわならない。
ポケットからメモを取り出す。
ソウルイーターが、近い時期に、古城跡地で暴れる、とある。
(捕まえてみせる、絶対。最終決戦にベストメンバーを揃えるために……)
僕は、決意を固めた。
そして、ふと表情を曇らせる。
(特に、水月は絶対に守ってみせる)
絶対に彼女が僕を見てくれなくても。
彼女が僕のことを過去の記憶にしてしまっても。
僕は彼女を思い続ける。
絶対だ、と僕は思う。
そして、僕は薄っすらと眠りへと落ちていった。
第四話 完
次回『古城跡地攻防戦』




