椎名水月の奇妙な出会い
響が襲われたと聞いて、水月は不安に襲われた。
自分も敵相手には結構暴れた。狙われないとは限らない。
響はひとまず治療を受けて完治したらしいが、今まで通りの生活を送るのは不安だろう。
礼拝堂で、神に祈りを捧げる。
その時、教会の扉が開いたので、水月は心臓が口から飛び出そうになった。
立ち上がり、振り返る。
細身の女性、いや、青年がいた。サングラスをかけているが、顔の輪郭や鼻筋は整っているように見える。
どこかで見た顔だ。そう思うのだが、思い出せない。
「シスター。昨日から食事がとれていないんです。なにか恵んでくれないでしょうか」
「炊き出しは毎月行っていますよ……なんて、追い返すわけにはいきませんね」
水月は苦笑する。
なぜか、水月はこの青年に親しみを感じた。
遠くにいたクラスメイトと再会したような、心地よさがあった。
「今調理してくるので座って待っててください」
「わかりました」
そう言って、シスターはキッチンに向かって歩いて行く。
「待って」
そう言われて、振り返る。
青年は、苦笑したようだった。
「やっぱ、可愛いなあ」
「ナンパはお断りです。月並みのものなら尚更ね」
「はい、失礼しました」
心音が高鳴っていた。
あんなにストレートに容姿を褒められたことはなかった。
大体、水月の外見の話になると、身長の低さをネタにされるのが常だ。
しかし、彼は可愛いと言った。
(チョロいなあ、私……)
思わず、溜息を吐く。
それは、結婚もできないはずだ。
水月は豚と野菜の炒め物と、朝の残りのご飯と味噌汁を容器に乗せると、おぼんに乗せて移動を始めた。
「はいってきてくださーい。テーブルがこっちにあるんで」
そう言って、テーブルにおぼんを置く。
すぐに青年は入ってきた。
「いやあ、助かった。お金を忘れたと気づいたのが昨日のことで。この辺りの建物も記憶と違っているし。なんとか四苦八苦してここに辿り着いた次第です」
そう言って、青年は席について、食事をとりはじめる。
「うん、美味い」
「それは良かった」
水月は微笑んで、青年の向かいの席に座る。
数ヶ月食事を断っていたかのような食べっぷりだった。
そして、青年はあっという間に食事を平らげた。
「ああ、至福、至福」
腹を擦りながら言う。
「昔、ここに住んでいたんですか?」
「まあ、時間軸的に見ればそうなりますね」
よくわからない単語が出てきた。
「帰る場所はあるんでしょう? 旅もほどほどにして、帰りなさい」
「それが、ないんですよ」
青年は、そう言って頬をかく。
水月は嫌な予感がした。
「数日でいいんで、泊めてくれませんかね……」
予感は的中した。
水月は考え込む。見ず知らずの男を同じ屋根の下に泊める。リスクの高い行為だ。
しかし、この青年を寒空の下に放り出すのも気がとがめた。
その時、玄関からノックの音が聞こえた。
「ちょっと待っててくださいね」
水月は立ち上がって、礼拝堂に出る。
一人の女が、憎しみを込めた目でこちらを見ていた。
「椎名水月。ソウルキャッチャーの仲間……ここで仕留める」
何故、嫌な予感は次から次に当たるのだ。
水月は悲鳴を上げたいような気分になる。
次の瞬間、獄炎が水月に襲い掛かってきた。
直感で悟る。この女の炎の適性は自分より上だ。
そして、水月にはこの攻撃を躱す身体能力も、阻むスキルもない。
蒸発する音が室内に響き渡った。
それは、水月の体が蒸発した音ではない。
氷の水が蒸発した音。
あの青年が、氷の盾を掲げ、水月の前に立っていた。
青年は懐から銃を取り出し、発砲する。
相手は炎でそれを遮る。
次の瞬間、その足元から氷の槍が生えて、勢いよく相手の腹を貫いた。
「ぐっ……」
相手は退いていく。
「ふう」
青年は安堵したように息を吐いた。
「あなたは、一体……?」
青年は水月を見下ろす。
後光が差して、神々しく見えた。
「俺は神崎青葉。最悪の予知から、君を救いに来た」
そう言って、青年は水月に手を差し伸べる。
水月は呆然として、その手を取る。
「必ず君を生き延びさせてみせる。この命にかえても」
ときめいていた。
相手が不審者で、妄想のような物語を語っていても。
水月の心はときめいていた。
私だけのナイト。
なんて良い響きだろう。
陽の光だけが、二人を眺めていた。
第二話 完
次回『未来を知る者』




