鏡写しの二人
私は、真剣を構えてその相手と向き合っていた。
幼馴染の仇。連続殺人者木下巴。
しかし、不思議と感情は揺れない。
心の隅に、切なさがあるだけだ。
巴はぼろぼろだった。
マントを失い、左手は血まみれでダガーナイフを握ることもできない。
しかし、戦意は失わず、右手にダガーナイフを構えていた。
「もう、やめにしよう。巴」
名前を呼ばれたことに驚いたように、巴は目を丸くする。
「あんたは……?」
「私は、園部勇気。あなたが殺した女の子の、幼馴染」
巴は、嬉しげに微笑んだ。
「さぞ、私が憎いでしょうね」
「憎かった。今でも、少し恨んでいる。けど、薄れている。あなたと私は一緒だから」
「一緒?」
巴が、信じられないとばかりに目を丸くする。
「幼馴染を殺されて憎しんだ私。家族を殺されて憎しんだあなた。私達は、似た者同士だ」
「超越者風情が、一緒にするな!」
そう叫んで、彼女は襲い掛かってきた。
アラタが私を守るように立ち塞がる。
そして、ダガーナイフを真剣で受け止めた。
「説得は無理だ、勇気。まずは戦闘能力を奪うぞ」
「はい!」
巴の技量は異常だった。
アラタの鋭い打ち込みが全て防がれる。
私が介入しようとしたら蹴りで弾き飛ばす。
もしもこれが万全の状態の巴だったら。
もしもこれが一対一だったなら。
私はもうこの場に立ってはいないだろう。
アラタが突きを放つ。
それを掻い潜って、巴はアラタの腹を刺した。
「よんでたよ」
アラタは微笑んで言った。
そして、巴のダガーナイフを持つ腕を担ぐと、へし折った。
そして、アラタはその場に座り込んだ。
残ったのは、私と、攻撃手段を失った巴。
しかし、巴の目はまだ戦意に満ちている。憎悪に満ちている。
私はそれに、一瞬怯んだ。
巴はそれを察したように、逃げ出そうとした。
そして、翠に阻まれる。
「対決を放棄するなら私も介入するけど?」
悔しげに、巴は私の方を見る。
私は、叫んだ。声も枯れよと、叫んだ。
「あなたが殺した人は、私にとって大事な人だった。他の犠牲者だってそうだと思う。家族がいて、仕事や学校があって、皆必死に生きていた!」
「じゃあ、私の憎しみは忘れろと?」
巴は、吐き捨てるように言う。
「あなたの家族の話は聞いた」
巴は、黙り込む。
「あなたのお父さんやお母さんは、こうして追い詰められて逮捕するあなたが見たいと思う? 同僚と遊んでるあなたを見たがると思わない?」
巴は、憎悪の感情を込めて口を開いた。
しかし、言葉は発せられず、その表情からは徐々に感情が消えていく。
「あなたは憎しみの道に放り出された。そして、その道をさらに長くした。けど、私達は憎しみに任せて行動するべきじゃないんだ」
巴に、手を差し伸べる。
「私達で、終わらせよう」
巴は、初めて綺麗なものを見たような表情で、その手を見ていた。
「私はあなたの幼馴染を殺したわ。それを忘れると?」
「忘れられっこない。きっと、何度もこれでよかったのかって考える。けど、憎しみで染まる世界で動いているあなたを、そこから引き上げたい」
巴は再び黙り込む。
そして、考え込んでいるようだった。
「憎しみはなにも産まないって言うけどね。私は清々しい気持ちだったわ」
「本当にそう?」
「脳裏から消えてくれないのよ。兄弟や、家族が、超越者に殺されていく様子が……!」
「そんな時は、少し休もう。そして、新しい道を探そう。終わりじゃないよ。あなたは色々な人に懺悔しなければならない。けど、終わりじゃないよ。ねえ、想像してみて?」
私は、緊張して言葉を紡ぐ。
その一言が、クリティカルヒットするように祈りながら。
「あなたが殺した人の家族皆が、今のあなたと同じ心境でいるのよ? それって、とても悲しいことじゃない?」
巴は、強張った表情になった。
その手から、ダガーナイフが落ちる。
そして、彼女は膝をついた。
「少し、疲れた……罪を償う前に、休む」
そして、彼女は倒れて、眠り始めた。
数十年も熟睡していなかったかのように、動かなかった。
どれだけの土地を放浪してきたのだろう。
どれだけの戦いを経験してきたのだろう。
眠れぬ夜もあっただろう。悪夢で目覚める日もあっただろう。
ようやく彼女は、休めたのだ。
「一件落着か」
そう言って、アラタが真剣を鞘に収める。その腹部は、既に翠によって治療されている。
「ううん、ここから始まるんだよ」
私は、そう呟いていた。
「彼女はこれから罪を裁かれる。殺した人間の数々を突きつけられる。それが、スタート」
「そうだな……」
翠が私の肩を抱いた。
「立派な台詞だったわ。あなたも一人前の戦士ね」
私は照れくさくて、苦笑した。
「はい!」
これが、スキルキャンセラー事件の顛末。
それぞれの日常が目の前に近づいていた。
第十五話 完
次回『歩き出そう、もう一度』




