最強は立ちはだかる
巴は足を止めた。
呼吸は乱れていない。鍛えた体は十分に機能している。
火傷が多少気になるが、自分で治療するしかないだろう。
痛みのせいで、スキルキャンセラーとしての能力が不安定になっている。
そして、翠の前には、以前戦った鬼の力を持つ超越者が立っていた。
彼女は少々厄介だ。
「えーっと、悪いけど、マントがないから使わせてもらうね」
そう言って、鬼の超越者は銃を持ち上げた。
巴は両手にダガーナイフを持って構える。
銃弾が三発発射される。
その全てを、巴は斬り裂いていた。
「いっ?」
超越者は唖然とした声を出す。
その時には、巴は既に超越者を攻撃圏内に収めていた。
右手のダガーナイフを振る。
相手がそれを止めようと手を出す。
しめたものだ。
左手のダガーナイフで不用意に伸びた相手の腕を断った。
「くっ」
そう言って、超越者は大きく後退する。
巴もその後を追う。
その時、ありえないような出来事が起こって、巴は目を丸くした。
断ったはずの腕。その傷口から、新たな腕が生えた。
これがソウルキャッチャー。
その能力は人知を超える。
しかし、頭を破壊されて生きていられる人間などいるわけがない。
巴の狙いは、相手の頭に絞られた。
それが、上段の攻撃となり、腹部に隙ができた。
狙われていた。
そう思った時には、神速の蹴りが巴の腹を掠めていた。
事前に察知し、辛うじて攻撃を避けたのだ。
前回の戦いが活きた形となった。
そして、ついでのように相手の腕にダガーナイフを突き立てる。
「刃物が刺さったままなら再生はできまい!」
本来ならスキルキャンセルの射程圏内に置けたのだが、今の痛みの中ではそれも難しい。
そう言って、脳天に向かって残ったダガーナイフを突き立てようとする。
そこで、気がつく。
(これもフェイント!)
慌てて一歩を引く。
超越者は腕からダガーナイフを抜いて、地面に落とした。
目の前を相手の蹴りが通過していった。
速度が違いすぎる。それを埋めているのは、一重に巴の技量。
「回復できるからって、痛いんだからね」
迷惑そうに言う。
なら目の前に立ち塞がらないでほしいと思う。
血が止まり、傷が消える。
なんてことだろう。
こちらはダガーナイフを一本失ったのに、敵はなんのダメージも受けていない。
まずはダガーナイフを回収しなければならないだろう。
巴は駆けて相手に接近しながら、残ったダガーナイフを投じた。
くくりつけられた糸が相手を捕らえようとする。
相手はそれを後方に跳躍して避けた。
そして、巴は左手で地面に落ちたダガーナイフにくくりつけられた紐を引っ張る。
銃声が鳴った。手に持たれようとしていたダガーナイフが、地面に落ちた。
左手が銃で撃ち抜かれていた。
「私はこう見えて一般人でね。社会人なんだ。けど、他人のスキルを吸収できることから、色々なスキルを吸収したからか、こう呼ばれている」
相手が神社に繋がる階段を降りてくる。
「天衣無縫だとか、最強の超越者、と」
巴は黙り込む。
巴が最強の格闘家とすれば、相手は最強の超越者。
最強の人間と最強の異能者が勝負をすれば結果は明白だ。
「あんまりあなたの体、傷つけたくないの。あなたには治癒の術が使えないから」
ダガーナイフを握ろうとする。右手のダガーナイフは糸で回収して握ることに成功した。しかし、左手のダガーナイフは血で滑って地面に落ちた。
超越者は悲しげに手に持った銃を持ち上げる。
「この勝負、私に託してください!」
思いもがけぬ少女の声がして、巴は顔を上げた。
そう、彼女達とも戦ったことがある。
真剣を持って挑みかかってきた男女。その片割れだ。
ダガーナイフを握る手に力を込めて、巴は立ち上がる。
そして、振り返った。
やはり、見覚えのある男女がそこにはいた。
「いいよ。けど、重症は負わせないで」
最強は、難儀な注文を淡々と言った。
第十四話 完
次回『鏡写しの二人』




