炎の魔女、再び
巴は、通り過ぎていく男の心臓を一瞬の動きでダガーナイフで刺した。
服で血を拭い、内部にある鞘に収納する。
後方で悲鳴があがった。
巴は気配を消して、その場を黙って去っていく。
それもまた、巴の家族が訓練で与えてくれた技術だ。
そろそろ、場所を変えなければならないと巴は思う。
スクーターを置き去りにしてから、行動範囲が圧倒的に狭まった。
警察が嗅ぎつけてきてもおかしくない頃だろう。
そして、裏道へ入る。
マントを回収して、一応フードはかぶらずに身に纏う。
そして、盗んだ自転車に辿り着く。
新たに買った鍵を開けていく。
「はあい、スキルキャンセラー」
声をかける者がいて、巴はゆっくりと顔を上げた。
そこには、小柄な女性超越者が一人で立っていた。
「自殺志願者? 一人で来るなんて」
「あらあら、自惚れも大したものね。自分が負けるとは微塵も思っていないみたい」
巴は立ち上がる。そして、両手で二本のダガーナイフを取り出す。
「幼い頃から訓練を受けた。スキル無しの勝負じゃ私に勝てるやつはいないわ」
「さて、どうでしょう」
超越者は人差し指で天を指す。
「ヒントは、鬼の力が通じたことだった」
巴は黙り込む。
「スキルキャンセラーなのに鬼の力は通じる。それはつまり、鬼の力による加速を軽減できなかったこと。つまり、答えは簡単」
超越者は、ポケットから数十個のパチンコ玉を取り出す。
「スキルそのものをキャンセルしても、二次被害的なダメージなら、あなたに通用するということ」
炎が吹き荒れた。
パチンコ玉が徐々に赤くなっていく。
そして、徐々に溶け始めた。
これはいけない。そう思い、巴は前を向いたまま後退する。
「一応言っとくわ。私は野球部なんだ」
そう言って振りかぶると、パチンコ玉が投じられた。
ダガーナイフで顔にくるものは全て弾き落とす。
しかし、胴体までは守りきれなかった。
マントを貫通し、防弾チョッキをも溶かし、皮膚が焼ける嫌な匂いがする。
その痛みに、思わず声を漏らす。
マントが焼け始め、慌てて脱ぎ捨てる。
「幼馴染の形見であるこのスキル。私との適合率がすこぶるいい。だから、私はこう呼ばれている」
炎を纏い、その超越者は言う。
「二代目、炎の魔女と」
「あんた、名前は?」
巴は、憎々しげに超越者を睨んで言う。
超越者は、既に次の玉の発射準備を終えていた。
「楓。氷と炎の超越者。聞いてどうするの? 最後の敵ぐらいは覚えていたかった?」
「いつか、絶対に、殺してやる」
そう言って、巴は駆け出した。
陸上競技ならば新記録を出せるだろう速度で。
+++
「スキルキャンセラー、多田神社方面へ逃亡中!」
トランシーバー越しの報告を聞いて、翠は腰を上げた。
結局、自分の出番になったわけか。
これも運命だろう。
今、ドローンが空中で巴の動きを追っている。
巴自身は気がついてもいないだろう。
「位置データを送信してください。私も移動します」
翠はトランシーバーにそう伝える。
即座に、スマートフォンに着信があった。
そう遠くない位置だ。
翠は、移動を始めた。
第十三話 完
次回『最強は立ちはだかる』




