それぞれの日常
葵は水月と礼拝堂で並んで座っていた。
葵は沈んだ表情で下を見てる。
「なんか手応えがないんだよ。好かれてると思ってたのになあ……」
「追いかけるのが楽しかったのかもしれませんね」
水月は苦笑混じりに返す。
この、葵の愚痴じみた恋愛相談はもうこれで五回目だ。
「シスターに勧められた水族館に誘ってみたんだけどさ。部活があるから無理って」
「部活なら仕方がないですよ」
「部活は午前中だけなんだ」
水月の表情が固まった。
葵は小さく溜息を吐く。
「このまま幼馴染で終わるのかなあ……最近呼び出されて学校休むこと多いし」
「授業、ついていけてます?」
「あんまり」
「じゃ、私が教えてあげましょう。個室へ行きましょう」
「いいの?」
葵が戸惑うような表情になる。
その表情に、水月も戸惑う。
「俺も一応男なんだけど……」
水月は思わず、笑い転げてしまった。
「そんなに笑うこと、ないと思う」
女装させれば女に見えるだろうまだ華奢な少年。
それが、自分は男だと主張している。
愛らしいと思わずにはいられなかった。
「大丈夫です。シスターが教えるのは聖書の教えと学校の勉強だけですよ」
そう言って、水月は苦笑混じりに立ち上がる。
「……今頃、翠さん達は戦っているんでしょうかね」
窓から眺める青空を見て、水月は思わず呟く。
「俺は戦闘型じゃないからなあ。なんか、もどかしいよ」
そう言って、葵は学生鞄を持って立ち上がった。
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アラタは勇気と道場で稽古をしていた。
稽古と言っても剣道ではない。実戦を想定した剣術勝負。
アラタと勇気は何度も打ち合って、アラタが背後に引いた。
「前より冷静になったな。隙への攻撃が的確だ」
「ええ。私も、人間的に一歩成長できた気がします」
「後は大勢でいると喋れないのを矯正すれば一人前だ」
「……性分ですからねえ」
「面白くなってきた。もう一時間やるぞ」
「はい!」
二人の打ち合いは続く。
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楓は地図を見ていた。
連続殺人事件の発生現場が極端に狭い範囲になっている。
これは、スクーターが壊れたことが原因だろう。
捕まえることができる。そう思う。
ただ、それには被害者が出るのを待つ必要がある。
非情だが、そうしないと足取りを掴めないのだ。
「俺達も随分外道だな」
相馬が、からかうように言う。
「笑ってられるあんたの神経も疑わしいけどね」
楓は皮肉で返す。
「まあ、わかっていることは一つある」
相馬は、地図に書かれたバツが集中している地点を指で押す。
「終幕まで、後少しだ」
「そうね」
楓も、頷く。
その手には、パチンコ玉があった。
「でさ、あんた彼女いるって嘘でしょ?」
「いるよ。そこまで疑うか」
「写メ見ない限り信じない」
「同僚相手に見せる義理もねえよ」
「私だって見たくて見るわけじゃないわよ。ただあんたの発言が心底信用できないの」
「元から信用してないだろ」
楓はしばし考え込んだ後、頷いた。
「そうね」
「ほらな」
沈黙が場に漂った。
楓は、地図に集中する。
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「なんか長かったような、短かったような、不思議な気分だな」
恭司が言う。
翠と恭司は、恭司の部屋にいる。
恭司はベッドに座り、翠は床に座っている。
「スキルキャンセラー事件が?」
「いや。ソウルイーター事件からの一連の事件さ」
「そうね……色々あったけど、振り返ってみれば一瞬だった」
「休暇は今日一日か?」
「うん。明日には町の警護に移る」
「無理はするなよ。空手に実戦経験と言うが、相手はプロなんだろう?」
「まあね……けど、私には鬼の力がある」
「柔よく剛を制すとも言うけどな」
「私も不安なのはそこ。スキル合戦なら負ける気はしないけど、今回の相手にはそれが通用しない」
「生きて帰ってこいよな」
「ええ、もちろん。三時間以上待たせたら今度は私が責められるからね」
恭司の顔が、翠に近づく。
翠は目を閉じる。
二つの唇が、重なった。
「それにしても私、ダミー会社に出向ってことになってるけどさ。いつになったら戻れるんだろうね?」
「楓さんの気分次第じゃないかなあ……」
「先は長いなあ……」
「今回の事件も?」
「ううん。今回の事件は、もう終わる」
やけに確信めいた口調で、翠はそう言った。
決戦は近づきつつあった。
第十二話 完
次回『炎の魔女、再び』




