表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第三章 私達で、終わらせよう
53/391

去っていったあの子へ

 朝食の時間、アラタとその妹と響が賑やかに会話している横で私は小さくなって朝食をとる。

 集団でいるのは苦手なのだ。

 そして、食事を終えて着替えると、アラタと外に出た。


 しばらくすると、車がアラタ邸の前に止まった。

 助手席には葵。運転席には、楓がいる。


 アラタに続いて後部座席に乗る。

 車が発進する。

 所々に畑を挟んだ住宅街の町並みが視界を流れていく。


「探れると思うか?」


 アラタが、訊ねる。


「よほど、思いが強ければ、今も残ってるんじゃないですかね」


 答えたのは葵だ。

 もう一度あの子に会える。あの子の思いを聞ける。

 その思いが、私を緊張させた。


「楓さんは今日は非番で?」


「パチンコ玉届くまでやることないのよね」


「……パチンコ屋で換金でもする気ですか?」


「一発懲戒免職だねえ」


 皮肉っぽく笑って、楓は言う。


「そのうち、わかるさ」


 そうとだけ楓は言った。

 その後、葵とアラタの雑談が車の中で行われた。


 響とは上手くいっているか。幼馴染とは上手くいっているか。

 葵のほうは、生憎あまり上手くいっていないらしい。

 私は人見知りモードになって口を閉じていた。


 同じ空の下で、スキルキャンセラーが暴れているとは思えない、のどかな時間だった。


 そのうち、車はその場所にたどり着いた。

 嫌な汗が出る。

 私の通っている高校の正門の前。授業の時間なので生徒達は校舎の中だ。


「大丈夫か?」


 アラタが、淡々とした口調で訊く。


「大丈夫です。出れます」


 私はそう言って、車を降りた。

 フラッシュバックする。あの子が刺された瞬間が。

 怒りがこみ上げてくる。それはスキルキャンセラーと、なにもできなかった私自身への怒り。

 私のスタート地点はここだ。

 そんな思いがある。


 他の三人も降りてくる。

 葵が、驚いたような表情で言った。


「凄いな。日数が経っているはずなのに凄い残留思念だ」


「見れるってことですか?」


 私は、心音が高くなるのを感じながら、恐る恐る訊ねる。


「うん、問題ないと思う。僕の体の一部に触れて」


 言われるがままに、葵の背に手をつける。

 そして、葵は、地面に手を付けた。

 私の脳内に、ある日の景色が映る。


 それは、二人の帰り道。

 私達の長い会話は、海を見た瞬間に途絶えた。

 夏の盛りは過ぎて、利用者は少なくなっている。


「この町できっとずっと過ごすんだろうね」


 あの子が言う。

 私は苦笑して返す。


「大学もここの県で探すの?」


「うん。だって、ここが私達の町だもん」


「そうだねえ。小学中学高校まで一緒だったもんね」


「それとも勇気は他の県に進学するのかな?」


 少し不安げにあの子が言う。

 私は海を眺めてしばし考え込んだ。

 都会への憧れはある。けど、この親友をどうして放置しておけようか。


「この県で過ごすよ。ずっと一緒だ。旦那ができても、子供ができても、私達の友情は変わらない」


「そうだね。ずっと一緒だ」


 そう言って、あの子は私の手を握る。子供の頃からの二人の癖だ。温もりに、私は居心地の良さを感じる。

 永遠というものはあるのかもしれない、と私は思う。


 けど、永遠なんてなかったんだ。

 思い込みは私を裏切り、打ちのめした。

 私は歯噛みして、暴れたいような気持ちになる。


「二人の思い出まで、憎悪の材料にしないでよ」


 苦笑したような、あの子の声がする。

 私は顔を上げた。

 白い空間で、私はあの子と向かい合っていた。

 目に涙が滲む。思わず、あの子を抱きしめようとする。

 しかし、体は彼女に触れることなく、通過した。


「これは、霊体みたいなものらしいの。多分、私の本体はもう成仏してるんだろうけれど」


「つまり、残滓みたいなものってこと?」


「そう。いずれ消える、私のコピー」


 そう言って、彼女は苦笑する。

 私は、涙が頬をつたっていることに気がついた。

 再会できた喜び。それと比例する待ち受ける別れへの辛さ。


「ねえ、勇気」


「うん」


「私のために、人を殺そうとしないで」


 あの子の言葉に、私は目を丸くした。


「けど、あいつは、あんたを……!」


「勇気を一人にしたのは悪かったと思う。私がいないと、クラスに馴染めなかったからね」


 私は歯を食いしばる。

 そうだ、この子には借りが山ほどある。


「けど、いつかくるはずだった別れの日がきたんだよ。たまたま早かっただけだった。私達は、いずれ違う道を進んでいた」


「……そうかな」


「就職先まで一緒ってわけにはいかないでしょ」


「それも、そうだけどさ」


「だから、憎しみにとらわれないで」


 あの子の手が、私の頬に触れようとして通過していく。


「勇気。ずっと私達は二人で歩いてきたね。けど、これからは一人で立つんだ。きちんと学校へ行って、きちんと卒業して、コミュニケーションもちゃんととって。きちんとした大人になるんだ」


 私は、何度も、何度も、頷く。


「憎しみは力になるけど、道を違えさせる。私は勇気を殺人者にしたくない」


 そして、あの子は微笑んだ。


「私達で、終わらせよう」


「終わらせる……?」


「この、果てしなく続く憎しみの道を。私達で、断つんだ」


 そうだ。憎しみの道を歩いていた。

 それは、続けさせてはいけないものだ。


「じゃあね。私はここまでだ。勇気の子供が見れなかったのが心残りだよ」


 あの子の姿がどんどん光になって空中に拡散していく。

 役目を終えて安堵して、力が抜けたとでも言わんかのように。

 私はその光を掴む。

 しかし、光は手の隙間から滑り出て、空へと散っていった。


 そして、私は現実世界に戻っていた。


「……勇気」


 アラタが、不安げに言う。

 私は、声にならぬ声を上げ、泣いた。



+++



 車が発進する。

 私は後部座席で、まだ涙を拭っていた。


「似てるのよね」


 そう、楓が呟くように言う。


「似ている?」


 アラタが怪訝そうに訊く。


「スキルキャンセラー木下巴は、家族を超越者に殺されたわ。それで、超越者を憎むようになった。その力を、原動力にした」


 楓の言葉に、私は目を丸くした。

 ならば、巴という少女も奪われた側の人間なのだ。


「そして園部勇気。あなたは幼馴染を殺された。そしてスキルキャンセラーを憎むようになった。その力を、原動力にした」


「リフレイン……」


 葵が、呟くように言った。


「どこまでも続く憎しみの道を、私達は断たなければならない。未来を見て進まなければならないから」


 私は黙って、この会話を噛みしめる。

 一歩間違っていれば、私は巴になっていたかもしれない。

 私達は、似通っているのだ。


「けど、私は戦います」


 そう、私は断言した。


「止めるために、戦います」


 楓は、唇の片端を持ち上げて微笑んだ。


「それでいいよ。今のあんたなら闇に落ちることはないだろう」


(ありがとう。今まで私を支えてくれて。ありがとう。憎しみで立ち止まっていた私に一歩を踏み出す勇気をくれて)


 私は、心の中で感謝する。

 去っていったあの子に。

 私の中の時間は、再び動き始めていた。



第十一話 完

次回『それぞれの日常』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ