アラタと勇気
最初から、勇気にはなにかがあったのだろうと思っていた。
超越者とはいえ普通に暮らしている少女が、犯人を捕まえるために訓練をする。
何度打たれても、何度地面に倒れても、挫けずに立ち向かってくる。
そして、着実に成長する。
アラタの脳裏によみがえるのは、彼女の言葉。
「今でも起きた時、泣いている時がある。アラタさんとの特訓は気を紛らわせた。けど、決着をつけなきゃいけない」
「あんたがいなければ、あの子は死ななかった! あの子と同じ時間を歩めた!」
(幼馴染が死んだ時から、あいつの時間は止まってるんだな……)
そんなことを、アラタは思う。
そして、道場に足を踏み入れた。
正座をしている勇気が、目に入った。
真剣に、前だけを見ている。
イメージトレーニングをしているのだろう。
「よう」
なんとなく、居心地の悪い思いをしながら声をかける。
勇気は微笑んだ。
「はい、師匠」
「今日は訓練は休みだ。体を回復させよう」
「そんな!」
勇気が血相を変えて立ち上がる。
「いざスキルキャンセラーと戦った時に、疲労で全力を出せなかったら元も子もないだろう?」
「そうですが……」
まだ不服げだ。
直情的な子だ。
「ちょっと付き合え」
そう言って、アラタは道場を出た。
そして、縁側に座る。
「来いよ」
そう言って、アラタは手招きする。
勇気は戸惑いながらも、一人分のスペースを開けてアラタの隣に座った。
コカコーラゼロが二本おぼんの上に乗っている。
そのうち一本を開けて、もう一本を勇気に渡した。
勇気もペットボトルの蓋を開ける。
二人して、口をつける。
沈黙が漂った。
「アラタ!」
響が駆けてきた。手には竹刀を持っている。
「妹ちゃんに剣道のいろはを教えてもらった! 私も混ぜて!」
「遊びじゃないぞ」
アラタは淡々と言う。
響は不服げな表情でしばらく黙っていたが、そのうち拗ねた表情で来た道を引き返していった。
「えーえー、私はどうせ遊びですよ」
そして、響の姿が消える。
「フォローしなくていいんですか?」
「どうせ明日には忘れてるさ」
お互いの存在に慣れて、喧嘩が増えた。
二人は、お互いの居心地のいい距離感を掴もうとしている最中なのだろう。
「慣れてるんですねえ」
「慣れようとしているんだ。で、話だが」
「はい」
勇気が身を乗り出してくる。
「お前の剣には迷いがない」
「いいことでは?」
勇気が不思議そうな表情になる。
「それは愚直さゆえの迷いのなさだ。色々回り道をして得た境地ではない。そのうちその愚直さはお前を飲み込むぞ」
これはどちらかというと、人生論だ。
けど、アラタはこの後輩をなんとか導きたかった。
「回り道なんかしてる暇はないですよ」
そう言って、勇気はコーラを一口飲む。
「目標は、決まってるんだ」
「それで人を殺して、お前は迷わないのか?」
ここは、彼女の岐路だ。アラタは、そう思う。
「……わかんないけど、スッキリすると思いますよ。泣いて目覚めることはなくなるはずです」
「そうかもしれんが、な」
勇気は疑わしげにアラタを見る。
「師匠はなにを言おうとしているんですか?」
「お前が愚直すぎて心配なんだよ。お前は多分、相手を捕まえるためなら命をも捨てる。けど、それは強さじゃない。お前の死で悲しむ家族や友人や俺のことを考えていない弱さだ」
勇気は黙り込む。
反論の言葉を失ったのだろう。
「そしてきっと、お前の幼馴染もそんなことは望んでいない」
音を立てて、勇気がペットボトルを床に置く。
そして、立ち上がった。
「師匠に、あの子のなにがわかるって言うんですか!」
「……なら、訊いてみるか?」
アラタは、勇気をまっすぐに見る。
確実ではないが、手段はある。
勇気は目を丸くした。
「訊くって……どうやるんですか」
「知り合いにサイコメトラーがいる。色々な記憶を探る超越者だ」
勇気は、息を呑む。
「もう一度、会うといい。君の、幼馴染に」
そう言うと、アラタは前を向いた。
勇気はしばらく疑わしげに黙り込んでいたが、そのうち座る。
「会えるんですか?」
「保証はできんがね」
「そうですか……」
「ちょっと頭上を見てみろよ」
勇気は空を見上げる。
アラタも、ゆっくりと頭上を見上げる。
満面の星が輝いていた。
「……綺麗」
勇気が呟く。
「最後に、星を見たのはいつだ?」
勇気は黙り込む。
「それほど余裕がなかったってことだ。予定は明日に入れておく。現場に行こう」
「もう一度……」
勇気は悩むように口を開く。
「もう一度、会えるんでしょうか」
「葵の能力次第だな」
アラタはそう言って、ペットボトルの中身を飲み干すと、立ち上がった。
「今日はゆっくり休んでおけ。明日からはまた訓練の繰り返しだ」
「はい、師匠!」
勇気は、力強く返事した。
どこまでも直情。
その性質を、どうにか良い方向に導きたい。
剣の道は破壊の道ではない。それが祖父の信念だったから。
アラタは、部屋に戻ろうと廊下を歩いた。
「にーちゃんすごいね」
妹が感心したように言う。
「なんだ? 家出したことをまだ言ってるのか?」
「ううん。一日に二人も女の子を怒らせた。デリカシーの無さに驚いてるんよ」
アラタは後頭部をかく。
「まあそういう日もある」
「あーあ、響さん可哀想」
そう言うと、妹は去っていった。
響にはなにかフォローをしなくてはならないな、とアラタは思う。
そして、部屋で寝た。
+++
「なにしてるんですか?」
助手席の翠が不思議そうに訊く。
運転席の楓は、椅子を倒して寝転がりながらスマートフォンをいじっている。
「パチンコ玉の注文」
「……パチンコが趣味とは思わなかった」
「私はギャンブルは嫌いだよ。必要経費だ」
「へえ。投げつける気ですか」
「あんた、節分をイメージしてるだろ」
楓は呆れたように言う。
「これが、スキルキャンセラー攻略への最適解なんだよ」
翠は、不思議そうな表情をするばかりだった。
その時になってわかればいい、と楓は思う。
「なんだ、パチンコ玉なら俺がいくらでも出してやるのに」
トランシーバー越しに相馬の声がする。
「あんたギャンブル癖なおさないと結婚できないよ」
呆れ混じりに楓は言う。
「あ、性格悪いからそもそもできないか」
「交際相手はいるがね」
楓は絶句する。
「ちょっと写真見せてよ」
「やだよ」
「公務員って餌で釣ったんだろ。あんたの腐った性格を許容する女性なんて想像がつかない」
「お前の心が狭いんだよ」
「シングルは私だけかよ!」
楓は叫ぶ。
「私と恭司もまだお友達なんですけどね」
「のろけか!」
「違いますよ」
その日は、特に進展もなく終わった。
第十話 完
次回『去っていったあの子へ』




