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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第三章 私達で、終わらせよう
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アラタと勇気

 最初から、勇気にはなにかがあったのだろうと思っていた。

 超越者とはいえ普通に暮らしている少女が、犯人を捕まえるために訓練をする。

 何度打たれても、何度地面に倒れても、挫けずに立ち向かってくる。

 そして、着実に成長する。

 アラタの脳裏によみがえるのは、彼女の言葉。


「今でも起きた時、泣いている時がある。アラタさんとの特訓は気を紛らわせた。けど、決着をつけなきゃいけない」

 

「あんたがいなければ、あの子は死ななかった! あの子と同じ時間を歩めた!」


(幼馴染が死んだ時から、あいつの時間は止まってるんだな……)


 そんなことを、アラタは思う。

 そして、道場に足を踏み入れた。


 正座をしている勇気が、目に入った。

 真剣に、前だけを見ている。

 イメージトレーニングをしているのだろう。


「よう」


 なんとなく、居心地の悪い思いをしながら声をかける。

 勇気は微笑んだ。


「はい、師匠」


「今日は訓練は休みだ。体を回復させよう」


「そんな!」


 勇気が血相を変えて立ち上がる。


「いざスキルキャンセラーと戦った時に、疲労で全力を出せなかったら元も子もないだろう?」


「そうですが……」


 まだ不服げだ。

 直情的な子だ。


「ちょっと付き合え」


 そう言って、アラタは道場を出た。

 そして、縁側に座る。


「来いよ」


 そう言って、アラタは手招きする。

 勇気は戸惑いながらも、一人分のスペースを開けてアラタの隣に座った。

 コカコーラゼロが二本おぼんの上に乗っている。

 そのうち一本を開けて、もう一本を勇気に渡した。

 勇気もペットボトルの蓋を開ける。


 二人して、口をつける。

 沈黙が漂った。


「アラタ!」


 響が駆けてきた。手には竹刀を持っている。


「妹ちゃんに剣道のいろはを教えてもらった! 私も混ぜて!」


「遊びじゃないぞ」


 アラタは淡々と言う。

 響は不服げな表情でしばらく黙っていたが、そのうち拗ねた表情で来た道を引き返していった。


「えーえー、私はどうせ遊びですよ」


 そして、響の姿が消える。


「フォローしなくていいんですか?」


「どうせ明日には忘れてるさ」


 お互いの存在に慣れて、喧嘩が増えた。

 二人は、お互いの居心地のいい距離感を掴もうとしている最中なのだろう。


「慣れてるんですねえ」


「慣れようとしているんだ。で、話だが」


「はい」


 勇気が身を乗り出してくる。


「お前の剣には迷いがない」


「いいことでは?」


 勇気が不思議そうな表情になる。


「それは愚直さゆえの迷いのなさだ。色々回り道をして得た境地ではない。そのうちその愚直さはお前を飲み込むぞ」


 これはどちらかというと、人生論だ。

 けど、アラタはこの後輩をなんとか導きたかった。


「回り道なんかしてる暇はないですよ」


 そう言って、勇気はコーラを一口飲む。


「目標は、決まってるんだ」


「それで人を殺して、お前は迷わないのか?」


 ここは、彼女の岐路だ。アラタは、そう思う。


「……わかんないけど、スッキリすると思いますよ。泣いて目覚めることはなくなるはずです」


「そうかもしれんが、な」


 勇気は疑わしげにアラタを見る。


「師匠はなにを言おうとしているんですか?」


「お前が愚直すぎて心配なんだよ。お前は多分、相手を捕まえるためなら命をも捨てる。けど、それは強さじゃない。お前の死で悲しむ家族や友人や俺のことを考えていない弱さだ」


 勇気は黙り込む。

 反論の言葉を失ったのだろう。


「そしてきっと、お前の幼馴染もそんなことは望んでいない」


 音を立てて、勇気がペットボトルを床に置く。

 そして、立ち上がった。


「師匠に、あの子のなにがわかるって言うんですか!」


「……なら、訊いてみるか?」


 アラタは、勇気をまっすぐに見る。

 確実ではないが、手段はある。

 勇気は目を丸くした。


「訊くって……どうやるんですか」


「知り合いにサイコメトラーがいる。色々な記憶を探る超越者だ」


 勇気は、息を呑む。


「もう一度、会うといい。君の、幼馴染に」


 そう言うと、アラタは前を向いた。

 勇気はしばらく疑わしげに黙り込んでいたが、そのうち座る。


「会えるんですか?」


「保証はできんがね」


「そうですか……」


「ちょっと頭上を見てみろよ」


 勇気は空を見上げる。

 アラタも、ゆっくりと頭上を見上げる。


 満面の星が輝いていた。


「……綺麗」


 勇気が呟く。


「最後に、星を見たのはいつだ?」


 勇気は黙り込む。


「それほど余裕がなかったってことだ。予定は明日に入れておく。現場に行こう」


「もう一度……」


 勇気は悩むように口を開く。


「もう一度、会えるんでしょうか」


「葵の能力次第だな」


 アラタはそう言って、ペットボトルの中身を飲み干すと、立ち上がった。


「今日はゆっくり休んでおけ。明日からはまた訓練の繰り返しだ」


「はい、師匠!」


 勇気は、力強く返事した。

 どこまでも直情。

 その性質を、どうにか良い方向に導きたい。

 剣の道は破壊の道ではない。それが祖父の信念だったから。


 アラタは、部屋に戻ろうと廊下を歩いた。


「にーちゃんすごいね」


 妹が感心したように言う。


「なんだ? 家出したことをまだ言ってるのか?」


「ううん。一日に二人も女の子を怒らせた。デリカシーの無さに驚いてるんよ」


 アラタは後頭部をかく。


「まあそういう日もある」


「あーあ、響さん可哀想」


 そう言うと、妹は去っていった。

 響にはなにかフォローをしなくてはならないな、とアラタは思う。

 そして、部屋で寝た。



+++



「なにしてるんですか?」


 助手席の翠が不思議そうに訊く。

 運転席の楓は、椅子を倒して寝転がりながらスマートフォンをいじっている。


「パチンコ玉の注文」


「……パチンコが趣味とは思わなかった」


「私はギャンブルは嫌いだよ。必要経費だ」


「へえ。投げつける気ですか」


「あんた、節分をイメージしてるだろ」


 楓は呆れたように言う。


「これが、スキルキャンセラー攻略への最適解なんだよ」


 翠は、不思議そうな表情をするばかりだった。

 その時になってわかればいい、と楓は思う。


「なんだ、パチンコ玉なら俺がいくらでも出してやるのに」


 トランシーバー越しに相馬の声がする。


「あんたギャンブル癖なおさないと結婚できないよ」


 呆れ混じりに楓は言う。


「あ、性格悪いからそもそもできないか」


「交際相手はいるがね」


 楓は絶句する。


「ちょっと写真見せてよ」


「やだよ」


「公務員って餌で釣ったんだろ。あんたの腐った性格を許容する女性なんて想像がつかない」


「お前の心が狭いんだよ」


「シングルは私だけかよ!」


 楓は叫ぶ。


「私と恭司もまだお友達なんですけどね」


「のろけか!」


「違いますよ」


 その日は、特に進展もなく終わった。



第十話 完

次回『去っていったあの子へ』

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