夜の公園で
スキルキャンセラーの活動が止まった。
傷を癒やしているのだろう、というのがもっぱらな噂だった。
私はアラタと修行を繰り返していた。
私が強くなるとアラタはもっと強くなる。
その実感が、楽しかった。
「そろそろ、いいと思うんですよ」
私は言う。
アラタは、困ったような表情になった。
「私も、アラタさんも、相当レベルアップした。後は実戦あるのみです」
「とは言っても、勝手に動いたら楓さんに怒られるんでないかな」
「楓さんは私の上司ではないので」
「それを言ったら俺の上司でもないけどさ」
私は、真剣の入った袋を担いだ。
「スキルキャンセラーを、倒してきます」
「なんで、そう焦る? 君の実力はまだまだ向上の余地がある」
「幼馴染だったんです。殺されたの」
アラタは口を噤む。
「今でも起きた時、泣いている時がある。アラタさんとの特訓は気を紛らわせた。けど、決着をつけなきゃいけない」
嘘ではない。
朝、起きたら、泣いている時がある。
幼馴染が死ぬシーンを、それを抱き上げて泣きじゃくるシーンを、何度も夢の中で繰り返している。
それはきっと、スキルキャンセラーを捕まえるまで終わることがないのだろう。
「ふむ……」
アラタは少し考え込んだ後、部屋を出た。
そして、十数秒後に戻ってきた。
肩には、刀を包んだ袋がある。
「俺も同行するよ」
「本当ですか?」
「二刀でも二人相手には苦戦するだろう」
そう脳天気に言って、アラタは歩き始めた。
「スキルキャンセラーの出現パターンから大体の活動範囲は見えている。俺達みたいな餌が出ていけば食らいついてくるだろう」
アラタの後を追う。そして、晴れ晴れしい顔でこう言った。
「はい、師匠!」
アラタは一瞬戸惑ったような表情になったが、くすぐったげに笑った。
+++
夜の公園で、一人の男がビールを飲んでいた。
それに向かって、マントのフードを目深にかぶった少女が歩いていく。
男はそれを見て、微笑んだ。
懐から銃を取り出し、マントの少女に向ける。
「俺のスキルは干渉型じゃない。消せないぜ」
男は、いや、相馬はそう言って、宙へと浮いた。
そして、銃弾を発射する。
太腿を狙った。当たったはずだ。
しかし、相手は痛がる様子もない。
(あのマント、飾りじゃないのか……?)
腹を、胸を、撃っていく。しかし、相手に動揺した様子はない。
残された箇所は、頭。
人殺しは後味が悪いからやりたくない。けど、そんなことを言っている場合ではなさそうだ。
その時、少女が動いた。
両手に持ったダガーナイフを、一本投じたのだ。
相馬は少し移動してそれを避ける。
二本目が投じられる。
相馬は、続けて避ける。
その時、相馬は背中に硬い線の感触を覚えていた。
二本のダガーナイフには糸がついていたのだ。多分ピアノ線だろう。それが、円状の軌道を描いて相馬を縛り付けていく。
次の瞬間、相馬は自分の飛行能力がキャンセルされていることに気がついた。
右腕から地面に落下する。
衝撃に、思わず絶句する。
「異常事態発生! 翠、出て!」
トランシーバーから楓の声がする。
彼女は少し離れた場所でスナイパーライフルを構えているはずだ。
あのマントが防弾性だと気づいて、プランを変えたのだろう。
右腕が折れている。電流のような痛みが走り続けている。
少女は近づいてくる。目に青い光を浮かべて。
翠はいつ出てくる?
これは駄目か?
そう思った時、物陰から一人の女性が現れた。
天衣無縫、最強の超越者、斎藤翠だった。
+++
「月並みなことを言うけど、怒らないでね」
翠の言葉に、相手は戸惑うように立ち止まる。
「いくら超越者を殺しても、あなたの家族は帰ってこないわ」
少女は、小さく笑う。
「ホント、月並みね」
「ええ。ホントそうだわ。けど、事実でしょう?」
「超越者は危険だとわかった。だから、排除する。誰だってスズメバチが巣を作っていたら駆除するでしょう? それと同じよ」
「そっか」
翠は腰を落として、構えを取った。
「なら、ここから先は一歩も通さない」
「上等!」
少女はマントの中に手を入れ、出した。
両手にはダガーナイフがある。
予備があったのだろう。
そして、少女はダガーナイフをふるった。
翠は水面蹴りで不意をつく。
前のめりになっていた相手はバランスを崩して地面を転がった。
しかし、次の瞬間には立ち上がっている。
突きを腕で逸らす。横薙ぎの一撃を手で相手の腕を捕まえて逸らそうとする。
そして、逸らそうとした腕を斬り裂かれた。
服が破れ、血が吹き出す。
(素速い……狙いも正確すぎるほどに正確)
というのが翠の実感だった。
攻撃に転じれない。
技術では負けている。
ならば、鬼の力の使いどころだ。
相手が突いてきた時、鬼の力を駆使して、意表を突く速度でカウンターを放ち、腹を殴った。
相手は胃液を吐きながら吹き飛んでいく。
辛うじて上半身を起こそうとしているが、全身に力が入らないだろう。
「ぐ……ぐう……」
「ここまでよ、スキルキャンセラー」
しかし、相手は立ち上がった。
立ち上がって、構えを取った。
翠は戸惑う。
今の一撃は大地を踏みしめて放った一撃だった。常人ならばその一撃で気絶するほどだ。
それを、相手は堪えた。
なんて精神力だろう。
いや、精神力だけではない。
遅れながら理解する。相手は後方にジャンプしてダメージを最小限に抑えたのだと。
とんでもない戦闘への嗅覚だ。
バイクの駆動音が近づいてきたのは、その時だった。
「逃げろ、嬢ちゃん!」
二人の間に、中年男性が乗ったバイクが割って入る。
「おじさん!」
「だから言っただろう。お父さんはそんなことを望んでいないと」
「……ありがとう」
そう言って、スキルキャンセラーは移動を開始した。
「くそ!」
相馬がそう言って、左手で銃を構える。
しかし、狙いが定まらないようで、悔しげに手を下ろした。
一方、中年男性は両足と両腕を撃ち抜かれていた。
楓による攻撃だろう。
「追って、翠!」
楓の声をスピーカー越しに聞いて、翠は倒れるバイクを飛び越えてスキルキャンセラーを追った。
しかし、スクーターの音を残して、スキルキャンセラーは姿を消していたのだった。
夜の公園での決戦。
それは、引き分けで終わったのだった。
第八話 完
次回『ソウルイーター対スキルキャンセラー』




