スキルキャンセラー
「スキルキャンセラー。スキルをキャンセルするってことですか?」
若い女性が小柄な女性に訊く。
私は興味津々でその話を聞いていた。
薄々、私も察していた。あの女には、スキルが効かない。
「全てのスキルを無効化するんだよ。だからあんたがいくらスキルを溜め込んでても、意味がない。魂を吸うのも避けたほうがいいね。内部でスキル同士が対消滅するかもしれない」
「そんなことしませんよ」
若い女性は苦笑混じりに言う。
そして、言葉を続けた。
「空手は結構使えます。実戦で、戦闘経験も増えました」
「空手ぇ~? 相手は武器持ちだぜ」
「当たらなければどうということはないんですよ。なにより私は、鬼の力があります」
「ああ、それがあったか」
小柄な女性は納得したように頷く。
「あとはアラタ。あいつも剣道の有段者だ。真剣を持たせておくのもありだな」
「響ちゃんと平穏に暮らしてるのに……」
「この前メンタルテストで訊ねたら暇だ暇だって嘆いてたぜ。まあ、巻き込む気はないけどな」
「一箇所に落ち着くタイプではないのかもしれませんね」
「あの!」
私は思い切って、口を開く。
「私も、剣、使えます! 祖父に習ってました!」
「へえ……」
小柄な女性は興味深げな表情になる。そして、言葉を続けた。
「私は楓。隣の女は翠。適当に呼んでいいよ」
「楓さんと、翠さんですね」
「とりあえず二人の腕前を見せてもらおうか」
そう言って、楓はハンドルをきる。
「アラタ君とこにいくんですか?」
「そゆこと」
女性は手短に答えた。
+++
「剣道の試合?」
三人を出迎えてリビングに移動したアラタは、戸惑うように言った。
「剣道つっても実戦剣術だ。なんでもありで相手を倒してほしい」
「それはかまいませんが……進展、あったんですか?」
アラタの問いに、楓はありのままの情報を告げた。
「スキルキャンセラーかぁ。スキル使うより木刀持ち歩いてる方が安全って皮肉な話ですね」
「君も武闘派だねえ……逃げるって選択肢はないの? 逃げるって選択肢は」
翠が呆れたように言う。
「そうだよ、逃げて」
アラタの隣に座る響が困ったように言う。
「けど、俺が倒せばそこで連続殺人事件は終わる。礼金の一つは貰いたいとこだな」
アラタは気楽なものである。
「で、試合の主旨は?」
「超越者二人を実戦レベルまで引き上げる必要性を感じてね。特に二人とも、なにをしでかすかわからない手合だ」
楓が、疲れたように言う。
その二人の中の一人は私なんだろうな、と私は小さくなる。
しかし、不思議な人々だと思う。
この状況において、落ち着いている。
まるで、幾つもの困難を乗り切ってきたかのように。
私は、真剣を持っているだけで心音が速くなるというのに。
「それって俺ですか、楓さん」
「そうよ」
楓は意地悪く微笑む。
「じゃあ、もう一人は?」
「そこのニューフェイス」
そう言って、楓は私を指す。
私は小さくなるしかなかった。
「園部勇気です。よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げる。
「じゃあ、早速勝負といくか。ニューフェイス」
そう言って、アラタは腰を上げる。
他の面々も立ち上がる。
私も、遅れて腰を上げた。
+++
アラタの家には小さな道場もあった。祖父が存命の間はここで剣道を教えたりもしていたらしい。
アラタが左手で木刀を一本投げてくる。その右手にも、木刀があった。
私は木刀を受け取ると、構えた。
「ほう……」
楓が、関心したように言う。
「綺麗な構えだ」
アラタは、そう言うと木刀を構える。
そして、私に飛びかかってきた。
上段からの攻撃を木刀で受け止める。
鋭い。
私は舌を巻く思いだった。
剣道には自信があったが、打ち合っただけでわかった。
この男は、格上だ。
横薙ぎの攻撃が繰り出される。
上腕を狙う、剣道のセオリーにはない攻撃。
それを防ごうとした時、衝撃が私を襲った。
体当りされたのだと、遅れて分かった。
そして、体を起こすと、私は木刀を首に突きつけられていた。
「実戦じゃなくてよかったな」
アラタが微笑んで言う。
「もう一度、もう一度お願いします!」
私は、木刀を構えた。
楽しい。
ここまで自分より格上の相手と久々に出会えた。
一つでも吸収したい。彼の動きを。
それが、あの子の仇討ちへの近道となる。
その日、深夜まで、私達は戦いあった。
その間には、奇妙な師弟関係のようなものができあがりつつあった。
+++
「マントなんて目立つ格好すぐに見つかると思うんだけどね」
ぼやくように楓は言う。
「案外外国の人の独特のファッションなのかなって流されてるとか」
翠が言う。
「まあ、犯行前に着替えてるんでしょうけど」
楓の一言に、翠はしばし黙った。
「最初から答えを知ってましたよね? 自問自答ですよそれ」
「あー、うん、悪い。私も自信なくてね」
そう言って、楓は車の後部座席を指す。
「真剣と銃がある。あなたも装備しておきなさい」
「この市も物騒になったもんですねえ……」
翠は呆れたように言う。
「事実、物騒なのよ。超越者にとってはね」
その時、スマートフォンが鳴った。
楓のものだ。
楓はすぐに通話に出る。
「楓か? ホシの正体が特定できた。木下巴。超越者に家族を殺され、数年前から一人で暮らしているが、最近帰っていない。バイトも無断で辞めたようだ」
「へぇ……百七十センチあったと」
「そのようだ」
「そりゃ、有力ですね」
翠が口をはさむ。
「スマホの電波で見つけることはできません?」
「残念ながら、スマホは家に放置されていたそうだ。ただ……顔はわかった」
「ありがたいですね」
「メールに添付して送るから確認しておいてくれ」
「了解」
楓が言い、通話はそこで切れた。
直後、メールの着信音が鳴る。
翠は楓にスマートフォンを手渡され、操作する。写真が出てきた。
おっとりとした雰囲気の顔立ちをした、スタイルの良い少女だった。
「この子が三人も殺したんですね……おっとりした雰囲気なのに」
「そりゃ、家族を殺されるまでは普通の生活をしてたわけだしねえ」
楓はハンドルをきる。
「この子は、未来ではなく、過去を見ている。過去にしがみついて今を生きている。それを正すのも、警察の仕事だ」
「アラタ君達にも情報提供したほうがいいんじゃないですか?」
「いんや」
楓は淡々と答えた。
「あの子達には情報は流さないよ。精々特訓してもらうさ」
「あ、酷い! 体よく捜査から外しましたね?」
「だってあの子らほっときゃ無理すんだもん。道場で大人しくしててもらうさ。勇気の母親から外泊許可は取ったしね」
「そんな数日で終わりますかねえ……」
翠は不安げに言う。
「終わらせるんだよ」
楓は、断言した。
第七話 完
次回『夜の公園で』




