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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第三章 私達で、終わらせよう
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炎の消える時

「まあ、怖いですね」


 どこかおっとりとした口調でシスター水月は言う。

 ショッピングモールのカフェで、翠、楓、水月の三人は女子会をしていた。

 この三人、歳が近いということもあって親しく付き合いをしている。


「しかし、神が私に与えたスキルは炎。接近される前に退治できるでしょう」


「その油断が命取りさ」


 そう言って、楓は人差し指で水月を指す。


「教会は人の出入りが多い特別な日があるだろう? そういう時に子供が近づいてきたと思ったらグサッなんてこともあるわけさ」


「十分ありえますね」


 翠も同調する。楓が語ったその光景はありありと想像できるものだった。


「そうですねえ……」


 水月は困ったように、考え込んだ。


「けど、今回の敵の一番の不気味さは、撫壁を斬り裂いたことよね」


「そうですね。恭司の撫壁はスキルの中でも最上位の防御力を誇っていた。出張でもよくお世話になりました。それを豆腐みたいに斬り裂くっていうのはちょっと納得がいかない」


「まるで、スキルの機能を無視するかのような……」


 楓は呟いて、考え込む。

 そして、言葉を続けた。


「当たってみたいな。当たればわかるんだけどな」


 翠が苦い顔になる。


「無理しないでくださいよー。楓さんサーチ能力低いんですから」


「相馬が見つけてくれるでしょ」


 さらりと言う。

 相馬と仲直りしたのだろうか。翠は訊ねようかとも思ったが、そんなわけないだろうという返事が想像ついてしまったのでやめた。


「犯人の出現場所も転々としている。共通点は夜に活動しているということ。これは日の上がってる間は学校に行っているかもしれないという仮説が立てられる」


「部活は入ってないみたいですね。恭司の襲われた時間は部活のある子じゃ行けない時間だ」


「葵くんのサイコメトリーはどんな調子ですか?」


 水月が訊く。

 楓は苦い顔になった。


「不調。ソウルイーターの居場所を見つけた時ができすぎだったと思うべきね。まだあの子の能力は不安定だわ」


「葵くんってまだ銃持ってるんですか?」


「今回の件で持たせた。同級生に見せたら没収するって脅しかけといたけど」


 そう言って、楓はコーヒーを一口飲む。


「私も銃ほしいなあ……」


「なにを弱気な。県下随一の炎使いが」


 楓は水月に銃を持たせる気はないらしい。


「なにをおっしゃいます。その座からは既に追い出されたじゃないですか」


 楓は水月の言葉に悪戯っぽく微笑む。


「いい勝負にはなると思うけどな」


「いえ、無理ですね。私の負けですよ」


 そう言って、水月は肩を竦めた。


 結局、超越者連続殺人事件の話ばかりになってしまったのだった。

 他の話題といえば、恭司のやっているネットゲーム内の昔の名前がクラウド、今の名前がキリトだということぐらいだ。

 水月は戸惑ったような表情をしていたが、楓は意味がわかったらしく大笑いしてる。


「ゲームキャラの名前にするって相当ハマってんねえ」


「まあ、実際面白いですしね」


「じゃああんたはアスナか」


「楓さん、ファンに助走つけてぶん殴られますよ」


「キリト……?」


 水月が戸惑いながら言う。


「全巻貸そうか? 多分、世界で一番成功してるライトノベルだよ」


 恭司の家の本棚に並んでいるのを少し拝借しても問題はあるまい。


「一番成功してるのはハリポタじゃね?」


「あれは児童書」


 楓の意見に淡々と返す。


「借ります! そのハリーポッターというやつも!」


 水月は立ち上がって、そう言っていた。


「ハリーポッター知らねえの?」


 楓が意外そうな表情で言う。


「世俗に疎いもので……」


 水月が小さくなる。


「ハリーポッター知らないのは凄いなあ。けど魔法とか魔女とか出てくるからキリスト教徒に向いてるかな?」


「忘れましたか?」


 シスターは自虐気味に微笑む。


「私の異名は、炎の魔女です」


「皮肉な話だ」


 楓が笑いながら言う。

 そんなこんなで、互いに周囲を警戒するように注意しあい、その日の女子会は終わったのだった。



+++



 シスター水月は礼拝堂の掃除を終わり、額の汗を拭いた。

 椅子を磨き、床をはく。範囲が広いのでそれも重労働だ。


 そして、祈り始めた。


「神よ。私は魔女と呼ばれています。これもあなたの思し召しでしょうか?」


 返事はない。ただの独り言だから、それでいい。


「もしかしたらある日、私に天罰が下るのでしょうか?」


 扉の開く音がした。

 水月は振り返る。

 光る青い目が、闇の中で輝いていた。

 水月は心音が跳ね上がるのを感じた。

 相手はマントを着て、フードで顔は隠している。


「申し訳ないですが、今日はもう閉じようと思っていたところです。お帰りください」


 どんどん脈拍が速くなっていく。恐怖が鎌首をもたげる。


「炎の魔女」


 少女の声が、礼拝堂に反響する。


「そう呼ばれてるらしいね、あんた」


 水月は黙り込む。

 撫壁をも切り刻んだ相手。

 接近させるのは一番の悪手。

 水月の指に炎が灯る。


「誰が、そんなことを? 私はシスターです。魔女などではありません」


「ふふ、そうだね。とんだ皮肉もあったもんだよね」


 少女は一歩を踏み出す。

 水月は一歩を引く。

 少女はさらに歩いてくる。

 水月は、掌を前に差し出した。


「止まりなさい!」


 少女が駆け始める。その両手には、ダガーナイフが握られている。

 水月は炎の塊を放った。

 相手はその巨大な炎にそのまま突っ込んだ。


 痛みで動けなくなれば、水月の勝ちだ。援護を呼んで、少女の治療もしてもらえる。

 しかし、炎を突破してきた少女は、マントすら焼けていなかった。


「な……」


 水月は戸惑いの声を上げるしかない。

 そして、少女の顔が目の前にあった。

 腹部に熱が走る。

 自分の腹が刃に貫かれた痛みが電流のように全身に走る。


「遠距離戦闘タイプは慢心家が多い。あんたもそうだったみたいだね」


 水月はその場に膝をつく。指先に灯った炎が消える。

 少女は、その後頭部を殴った。


 そして、炎の魔女は地面に倒れ伏した。


「さて、トドメだ……」


 少女がダガーナイフを持ち上げるのを、水月は夢でも見ているような気分で見ていた。

 ダガーナイフが振り下ろされるのと、銃声が鳴ったのは同時だった。


「噂をすればなんとやら、ね」


 入口を見ると、楓がいた。

 銃を構えて、少女を狙っている。

 少女のダガーナイフは、動きを止めていた。


「今のは威嚇射撃。さて、投降しなさいな。あんたの乱痴気騒ぎもこれで終わりよ」


 少女はしばし考え込んでいたが、そのうち立ち上がって両手を上げた。

 そして、次の瞬間にもう一つの扉に向かって駆け出していた。

 銃声が響く。

 少女は扉を開けて、外へと出ていった。


「一発、当てた」


 そう言って、楓は駆け寄ってくる。

 そして、水月を抱き上げると、スマートフォンを操作して治療班の出動を要請した。


「タイミング、いいですね」


 水月は血が失われた脱力感に襲われながら苦笑する。


「いやそれがね。水月の銃の所持申請、出したら通ったんだわ。だから持ってきた」


「あと十分早く持ってきてほしかったなあ……」


「まあ、おかげで奴に一撃食らわせてやれたわけだ」


 楓は、前を向く。


「血から、相手の情報が入手できる」


 水月は、息を呑んだ。

 やっと、相手の素性がわかるのだ。



第四話 完

次回『厄日』

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