平穏の中で
アラタがリビングでテレビを見ていると、母と響が入ってきた。
「いやあ、響ちゃんはできた子だわ。家事なんでも手伝ってくれるんだもの」
「嫌味かよ」
すねたようにアラタは返す。
「自分の皿ぐらいは洗ってほしいところね」
そう言って、母はキッチンへと歩いていった。
響が、アラタの隣に座る。
「なんか面白い番組やってる?」
「いつも通りさ。退屈な日常って奴」
そう言って、リモコンを操作する。
そうしていれば、世界の秘密に迫れると思っているかのように。
「アラタ、午後から友達と遊びに行くんじゃなかったっけ」
「んー、響といるほうが楽しいな」
「友達は大事にしなきゃ駄目だよ。私も高校の友達と出かけるんだ」
「そっか」
響は高校に通い始めた。長い間逃亡生活をしていたから、一年生からのスタートになったが、上手く教室に馴染んでいるらしい。
良いことだ。
アラタは、思わず微笑む。
「なあに? いきなり微笑んで」
「ん。日常もたまにはいいかなって」
「普通は日常のほうが人生の割合で長いんだよ」
「それも退屈だ」
「アラタ。就職したら転職繰り返したりしないでね」
響が不安げに言う。
「就職かあ……」
アラタは考え込む。働いて家に帰る自分というものが想像つかない。
旅の中に自分の生きがいはある。そう思う。
「しかし、超越者、だっけか?」
黙っていた父が、会話に入ってくる。
「うん、そうだよ」
「もっかい見せてくれないか、あれ」
「何回も見せたじゃんかよ。事情を説明した時に」
「見たいんだよ。父さん、仮面ライダーが大好きだったんだ」
「しゃーねえなあ」
立ち上がって、唱える。
「フォルムチェンジ」
そう言った瞬間に、アラタはフルフェイスのヘルメットとスーツに身を包んだ戦士となる。
「おー、凄い凄い」
父は手を叩いて喜ぶ。
「いいなあ。父さんも超越者になってみたいもんだ」
「……まあ、そういいことばっかあるわけではないんだけどな」
むしろ、危険に巻き込まれやすいという側面がある。
ソウルイーター達は、翠の活躍によって身を潜めたが、未だに逮捕されていない。
その時、アラタのスマートフォンがなった。
「フォルムチェンジ」
元の姿に戻って、スマートフォンを通話モードにする。
「もしもし」
「あー、もしもし? 私。翠」
「ああ、翠さん」
アラタは正直、この翠という先輩が苦手だった。
あまりにも強すぎる。それが恐怖感に繋がるのだ。
本人はその強さに無自覚であるようだが。
「なんですか、急に。もう予定は埋まってますよ」
「いや、忠告しとこうと思ってね。君の両親にももうすぐ電話がかかると思う」
「ソウルイーターですか?」
「いいえ。超越者を狙って殺している人物がいる。目的は不明。身長は百七十センチぐらい。三人の犠牲者が出ている」
アラタは息を呑む。
しかし、こうも思う。
変身した自分ならよほどの攻撃手段がない限りは敗れないだろうと。
「ちなみに相手は撫壁を豆腐みたいに切り刻んだらしいわよ」
「あー。そりゃ俺のスーツも無理な気がしますね」
「ええ、そういうこと」
撫壁の硬さは、一度見せてもらった。どう攻撃しても砕けず、最後には拳で殴りかかったがそれも無意味だった。
「まあ、外出には気をつけなさいって忠告。できれば外に出ない方がいいわ」
「俺、学校あるんすけど」
「超越者がスキルを使う時に目が赤く光るみたいに、その子は目が青く光っていたそうよ」
「青く光る目……」
「まあ、注意するのね。私は事件を追うわ」
「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」
そう言って、アラタは相手も見ていないのに頭を下げる。
通話は、そこで切れた。
考え込む。撫壁すら切り刻む超越者。しかし自分にも旅で得た経験がある。
剣を使う勝負になれば勝てるのではないか? そう思う。
「どうしたの? アラタ」
気がつくと、響が心配そうにこちらを見ていた。
「なんでもないよ。ちょっと木刀を振る」
そう言って、アラタはリビングを出た。
格上の相手との戦い。それを経験し、足掻き、無理やり自分を同じレベルまで引き上げた。
剣道部で、友達との球技で、様々な相手と対戦した経験がそれを可能にした。
アラタは前回の冒険で、明らかに強くなっていた。
第三話 完
次回『炎の消える時』




