それぞれのその後
私はウェディングドレスを着ていた。
隣に並ぶのは恭司。
写真が撮られ、安堵の息を吐く。
「コスプレの気分だわ」
私はぼやくように言う。
「けど、式をしたくないなら写真ぐらい残してもバチは当たらないだろう」
恭司は悪びれずに言う。
「お父さんもお母さんも素敵だわ」
セレナが弾んだ声で言う。
「あなたは式をしなね。代金はもってあげるから」
私は微笑んでそう言った。
「それじゃあなんでお母さんは式をしないの?」
「恥ずかしいから。罰ゲームの気分だわ」
そう言って、ブーケを置いて、着衣室に歩き始める。
「綺麗だよ」
セレナは、そう言った。
「そうだ、綺麗だぞ」
恭司もそう言う。
「これだから、罰ゲームの気分なのよ」
私は、顔が熱くなるのを感じながらそう言った。
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響は、ベッドに腰掛けて、ヘッドフォンをつけて、暗闇の中でホラー映画を見ていた。
登場人物の一人が死ぬ特別なシーンだった。
その時、背後から抱きしめられて、響は震えた。
振り返ると、アラタがいた。
安堵しつつ、ヘッドフォンを外して対応する。
「なにやってんだよ」
「だって、ホラーは苦手だって言ってたじゃない」
「お前が見るなら、俺も付き合うよ」
そう言って、アラタはヘッドフォンの線を引っ張る。
ヘッドフォンはテレビから引き抜かれた。
響は、アラタに背後から抱きしめられて、映画を見た。
「……こういうのもたまには悪くないかな」
「大学に進学してから、夜はずっとこうだろ」
「そうね。自分の部屋を用意してもらったのが申し訳ないぐらい」
二人は密着して映画を見る。
悪い気分ではなかった。
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「水月!」
扉が開くなり、叫び声が響いた。
葵だ。
葵は、肩を怒らせて歩いてくる。
その様子に、水月は戸惑った。
葵は、水月の前に跪き、小さな箱を開けた。
中には、それなりの大きさのダイヤモンドがついた指輪。
「卒業のめどもついた。大学に進学してからバイトして貯めた金で指輪も買った。就職先も見つかった」
葵は、真剣な表情で水月を見る。
「結婚してくれないか」
水月は人差し指を顎に当ててしばし考え込んだ後、答える。
「葵さん。私でいいんですか?」
いつしか、葵くん、ではなく、葵さん、と呼ぶようになっていた。
少女のような少年は、立派な男性になっていた。
「あなたがいいんです」
「高そうな指輪だなあ。貰っちゃっていいの?」
「ええ、もちろん」
「……私も腹を決めました」
水月は微笑む。
「あなたの、お嫁さんになります」
葵は安堵したように、吐息を吐いた。
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「慎一郎ー」
右京が呼ぶ。
窓の外を見ていた慎一郎は、気だるげに右京の方を見る。
「喜べ、バレンタインチョコだぞ」
そう言って、右京はチョコレートの入った袋を慎一郎に渡す。
「ああ、じゃあホワイトデーのチョコ先渡ししとく」
そう言って、慎一郎は袋の中を漁り、チョコレートの入った袋を取り出して渡す。
「私もチョコあるんですよ、榊さん!」
便乗して、複数の女子が駆けてくる。
慎一郎は袋を机の上に置いた。
「ホワイトデー用のチョコ用意してあるから、置いていった人は持ってってよ」
流石は主人公。こういうイベントの混乱は予測済みか。右京は心の中で舌を巻く。
そして、ふと気づく。
他の子に用意したチョコレートより、自分の与えられたチョコレートは上等だと。
右京は微笑んで、その場から去っていった。
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「セレナ、遅い」
「エレンが早いのよ」
「いや、セレナが遅い」
「うん、遅い」
エレーヌは既に飲んでいるので普段より強気だ。
居酒屋の一室だった。
「んで、卒業後の進路は変わりないの?」
「……母国でモルモットにされている仲間達を助けなくてはならない」
エレンは、強い決意を込めた瞳でそう言う。
それを見ていると、仕方がないなあと思うのだ。
「私は日本をベースに活動するよ。それでできる範囲でなら協力する」
「うん。セレナは幸せにならなきゃ駄目だ」
「それを言っちゃエレンもねえ……」
「ケリはつけるよ」
「そうだね。私達四人が揃えばできないことなんてない」
「連携技のバリエーションも増やしたいところだね」
その時、シンシアがぽつりと呟いた。
「……そういう話ばっかりなのは、男ができない証拠」
「五月蝿いわね!」
セレナとエレンの声が重なった。
「どうしてこんなに美人の私に彼氏ができないのかしら……」
セレナは嘆く。
「そういうとこだと思うよ」
「どういうとこだよ!」
エレンの言葉に、セレナは噛み付いた。
「くっくっく」
エレンは笑い始める。
笑いは伝染していく。
酔いも手伝って一同笑顔になった。
「まったく、人をダシにして」
セレナも笑う。悪い気分ではなかった。
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スーパー銭湯の飲食スペースで、幽子は酒を飲み、ご飯を食べていた。
美味しい。けど、人生最後の料理にはするには惜しい。
結局、食材を買ってウィークリーマンションに戻った。
慣れた手つきで調理を開始する。
そして、酒を飲む。
沢山の魂に接してきただけあって、自分の寿命はわかる。
自分の寿命は後数日。
肉体が限界を迎えようとしているのだ。
外見こそ若いものの、幽子は数百年も生きているのだから。
幽子、という名前もミカが皮肉ってつけた偽りの名だ。
本当の名前は、もはや忘れてしまった。
ただ、脳裏に朧気に思い浮かぶものがある。
自分が愛した人と、愛した息子。
あの世に行けば会えるだろうか、と少し思う。
期待は、大きかった。
調理した料理を食べ、酒を飲む。
人生最後のささやかな幸せだった。
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中原楓は今日も退屈な一日を送っていた。
ミカが死んでからというもの、反超対室勢力の大半が勢いを弱めている。
勢いが変わらないのは元々弱小だったところだけだ。
「楓」
相馬が深刻な表情で言う。
「ん、相馬。あんた夜勤だっけ?」
「いや。小豆が帰らない」
「またか」
溜息混じりに楓は言い、スマートフォンを起動する。スマートフォンのGPS反応で小豆の位置が大体特定できる。
「慎一郎の坊っちゃんもいい加減嫁入り前の娘を振り回すのはやめてほしいものだ」
「まったくもって」
二人して、溜め息を吐く。
「有栖はこうはならないだろうなあ」
「祈ろう。節子は超越者じゃなかった。有栖もそうであると」
「……半分は俺の血だからなあ」
「子を持つってのは大変なことだね。普段生活を共にするだけじゃなくて、もっと大きな、観察眼とフォローが必要なんだ」
楓がしみじみとした口調で言う。
「じゃ、小豆連れ戻してくらぁ」
そう言って相馬は空を飛ぶ。
「素直に帰るかね?」
「敵を殲滅すれば帰るだろう」
閃光の相馬。最近相馬を畏怖した人々がつけた異名である。
その原因が彼の娘にあることを、人々は知らない。
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「ああ? 知ってる景色と違う?」
男が、一人でぼやくように言う。
「そりゃ違うさ。お前さんが魂だけになってから数百年経ってるだろ」
当たり前だ、と言わんばかりに言う。
「郷土博物館へ行けって? 要求多すぎねえかお前」
相手もいないのに、男は喋り続ける。
「わかったよ、わかった。ただ、約束を守れば成仏しろよ」
そう言って、溜息混じりに男は歩き始めた。
男は、魂を吸う能力があった。初めはそれをただ破壊に使っていたが、そのうち贖罪に時間を割り当てるようになった。
そんな男が、魂を大量に吸った。
日本を巡る旅の始まりだった。
「ほんと、成仏してくれよな」
ぼやきながら男は歩く。
まだまだ、男の中の魂は尽きそうにない。
それでも、男は歩き続ける。
最愛の妹や、仲の良い友人達と肩を並べるために。
彼らを思い返し、男は表情を緩め、歩き続けた。
ソウルキャッチャーは、今日も一人旅を続ける。
ソウルキャッチャーズ 完
一年近い連載に付き合ってくださいありがとうございました。
まだ、色々続ける手段はあると思うのですが、一番綺麗に終わるのがここだと思い完結の運びとなりました。
割烹であとがきじみたことを後々上げようと思います。
没となったミカ第二形態構想などなど書き連ねようと思います。




