王剣アラタ
動けば動くほど体のあちこちに傷が増える。
しかし、ただ棒立ちしていればあっという間に首を取られる。
恭司は劣勢にあった。
流石勇者を名乗るだけはある。相手の実力は今まであった中でも一番だ。
しかし、それにも慣れてきた。
撫壁で相手の攻撃を受け流す。
そして、突いた。
勇者は両手で剣を引いて待ち構えている。
左腕を断たれる。そんな実感があった。
こんなことがあっていいのかと思う。
自分は結婚の約束をしたのだ。
翠とセレナとの未来を選んだのだ。
それが、ここで断たれる?
翠の焼いたホットケーキを三人で食べた時の記憶が脳裏に蘇る。
それは、焦燥感にかき消された。
(くそっ、くそ……)
剣が投じられて飛んで来た。
それを弾いて、勇者は後方へと飛んだ。
「恭司さん、大丈夫か?」
アラタが灯火を抱えて駆けてくる。剣を投げたのは彼だろう。
「翠は? 一人で行かせたのか?」
恭司は、安堵で座り込みそうになる。
「本人の要望だ。事実、恭司さんは危なかった」
そう言って、アラタは恭司の傷口を見る。
灯火が駆け足で右腕を持ってきた。
「綺麗な切断面だ。これならすぐに治る。灯火、三十秒頼めるか」
灯火は不安げな表情になったが、立ち上がった。
「高くつきますよ」
「なんでも食わせてやるよ」
「それなら、三十秒稼ぐとしますか」
そう言って、灯火は弦に三本の矢をつがえ、引く。
アラタは恭司の治療を開始した。
切断面に腕をくっつけて、治癒の光を放ち始める。
迂闊にも、湯船につかるような心地よさに顔が緩んだ。
勇者は盾を構えて前進する。
灯火は、箒に乗った。
そして、相手を撹乱しながら矢を放つ。
勇者はしばらく矢を切断することに集中していたが、その目が細められた。
勇者は跳躍した。
その先は、灯火の進行経路だった。
灯火の表情が真っ青になる。
その時、勇者に向かって剣が飛んだ。
勇者は、剣を弾く。その横を、灯火は辛うじてトップスピードですれ違っていった。
勇者は地面に降り立ち、注意深くアラタを見守る。
飛来する矢を切り刻みながらも、その目はアラタを注視している。
「お前……只者じゃないな」
「首都八剣が四席。遠野アラタとは俺のことだ」
「その実力で四席……なるほど。俺にお鉢が回ってくるわけだ」
迷惑げに勇者は言うと、剣を鞘に収めた。
「五十五秒」
そう言って、灯火が降りてくる。
「すまん。けど、おかげで怪我は完治した」
「助かったぜ」
恭司の素直な感想だった。
「灯火」
アラタが言う。
「一本でいい。俺が隙を作る。当ててくれ」
灯火は、神妙な表情で頷いた。
そして、アラタは立ち上がる。
「フォルムチェンジ」
そう唱えた途端に、アラタは白いフルフェイスヘルメットにスーツを着たヒーローのような外見になる。
その両手は、それぞれ剣を握っていた。
二刀流。
アラタの辿り着いた解。
恭司も、剣を構えた。
「……勝てる」
アラタは、呟くように言った。
「わかるのか?」
アラタは、頷く。
そして、アラタは一瞬で相手の間合いに入った。電光石火に勝るとも劣らない速度。
「十赤華!」
アラタは叫び、十本の剣が勇者を襲う。
それを、勇者は弾こうとした。
しかし、不条理の力は並大抵の力は相殺する。
勇者は背後に倒れ込んで回避した。
信じられない反射神経。
そこに、灯火の矢が突き刺さった。
相手の剣が、消失した。
勇者は戸惑いながらも立ち上がり、腰の剣を抜こうとしたところを恭司の黒剣に断たれた。
勝った。
長い緊張状態から開放され、恭司は気が抜けたように地面に座り込んだ。
「そうか……これが、仲間の力か……」
「勇者とは勇気ある者。一人でなんでもしようとする者ではない」
アラタの言葉に、勇者は笑う。
「否定していた仲間という存在に、俺自信が否定されるとはな……なあ、俺の魂はどこへいく?」
「ゲートは多少開いているだろう。故郷へ帰れ。勇者よ」
「……そうすると、しよう」
そう言って、勇者はゆっくりと目を閉じた。
+++
瀬田涼花は、一つの気配の喪失に驚き、刀を下ろした。
対面には、二人の後輩。
油断している隙などない。
わかってはいたのだが、それでも愕然とした気持ちは抑えられなかった。
「異世界の勇者も案外他愛ないと見える」
涼花は愚痴るように言う。
「私達の仲間が勝ったと……?」
藤子が、探るように訊く。
「まあ、そうね。まずは一勝おめでとうと言いましょう」
そう言って、涼花は刀を鞘に収めた。
そして、腰を落とし、柄に手を添えて構えた。
「カバーに回らなければならない。本気でいかせてもらうわ」
「居合使い……?」
藤子が戸惑うように言う。
「居合使いとは、初対面です」
巴が、不安げに言う。
「一般論では、居合使いは居合に修行の時間を割くために抜かせれば一般の剣士よりは弱い」
藤子は、暗鬱な表情で言う。
「そこまで言えばわかるわよね」
涼花は微笑んだ。
「振らせても一流だけど、私の居合は超一流よ」
防げるはずがない、と涼花は思う。
元第一席でもない限りは。
藤子は息を吸って、吐く。
「私は首都八剣第一神将だ」
そして、刀で涼花を指した。
「その名と責任においてあなたを処罰する!」
「心意気や、よし!」
藤子も、剣を鞘に収めて、構えた。
「ほう、私に居合合戦を挑むのね」
「藤子さん……」
「巴。あなたは黙って相手の隙を探ることに集中して」
「嫌だなあ隙なんてないわよ。この技で葬ってきた敵は数知れず。私の第二神将時代の象徴のような技なのだから」
藤子は黙り込む。
そして、耳に痛いような静寂が周囲に流れ始めた。
藤子も、涼花も、構えを崩さず少しずつ相手に近寄る。
そして、相手の間合いに入った。
「奥義!」
「東雲流!」
「飛竜の太刀!」
「十六赤華!」
涼花は戸惑った。
藤子の攻撃は、全て、涼花の攻撃を防ぐために使われていた。
十六本の刀のうち、十本が同時に折れる。そして、十一、十二と勢い良く進んでいく。
しかし、それは涼花にとっては想定外のことだった。
一瞬で二人とも斬る。そのつもりだったからだ。
その時、胸元に気配を察知して涼花は怖気を覚えた。
巴が、逆手に持った双剣を両手に構えて交差させていた。
双剣が走る。首が飛ぶ。
最後に涼花が思ったことは一つ。
(清十郎さん。あなたが私の気持ちをわかっていてくれたなら……)
河川敷で弁当をつつく清十郎と巴の姿が脳裏に蘇る。
それは暗転して、消えた。
思い返されるのは、半世紀前の記憶。
清十郎の後を、涼花は追っていた。
「清十郎さん!」
思いを込めて、涼花は言う。
「なんだい」
穏やかな口調で、清十郎は振り返った。
「私、見合いをするんです」
清十郎はしばらく考え込んだ後、微笑んだ。
「いい相手だといいな」
「……そうですね」
涼花は苦笑した。
それは、すれ違いの記憶。
半世紀前の、古い記憶。
それを抱いて、涼花は死んだ。
+++
「大きな気配が、二つ消えた」
相馬が、淡々とした口調でそう言う。
「それは敵の? 味方の?」
「敵の、だな」
相馬組は、苦戦していた。
敵のドラゴンにこちらの攻撃は効かず、相手の攻撃を辛うじて避け続けている。
集中力を切らしたら死ぬ。
それは純然たる事実として相馬達に突きつけられていた。
ドラゴンが炎を吐く。
それを、セレナは炎の球で防ぐ。
しかし、ドラゴンの炎は徐々にセレナの火球を押していく。
(集中力切れか!)
相馬は察知して、セレナの救出に向かう。
その時のことだった。
セレナの腰にあるバッチ。ハートを四分割した欠片のようなそれが、光を放ち始めていた。
(なんだ? この光……暖かい。人の善の気持ちの塊のようだ)
しばらく触れたことのないそれに、相馬は戸惑う。
そして、光が溢れた。
氷の壁ができあがり、ドラゴンの炎を遮る。
「あんたも大概しょうがないやつね」
エレンが言う。
「まあ、間に合ったから良しとしましょう」
そう言うのはエレーヌだ。
「……こういうの、聞いてない」
苦笑交じりに言うのはシンシアだ。
セレナの戦友三人が、この地に召喚されていた。
第九話 完
次回『エレメンタルカラーズ』




