激戦
一本の刀。それで作られた牙城が崩せない。
巴は唖然とした気持ちで短剣二本を振っていた。
巴と藤子の攻撃、それを相手は時になぎ、時に受け流してみせる。その動きはまるで水が流れるかのようで、自然に次から次へと繋がっていく。
(これが、半世紀第二神将を名乗っていた者の実力……)
レベルが違う。それが、巴の正直な感想だった。
致命傷は受けないだろう。しかし、勝つには奇跡が必要だ。
躊躇いは剣を鈍らせる。
巴は腹部を蹴られて、尻もちをついた。
藤子がそこに隙を見出し相手の胸をつらぬいた。
そう思った時には、つらぬいたはずの体は消え、藤子の背後に涼花の姿があった。
巴は涼花にタックルして地面に伏せさせる。
蹴られて、唾液を吐きながら背後へ飛ぶ。
それと入れ違うように、刀を逆手に持った藤子が前進した。
刀が振り下ろされる。それを転がって回避すると、涼花は背後に跳躍して体勢を整えた。
「ふむ。互角というところかな」
涼花は不満げに言う。
巴も、藤子も、黙り込む。
認めたくない。けど、認めざるをえない。
二対一で、やっと互角だと。
「全盛期の私と二人で互角。誇っていいわよ」
「あなたの剣には誇りがない」
巴は立ち上がりながら言う。
「それが、私達とあなたの差だわ」
涼花は薄っすらと微笑んだ。
「誇りじゃ飯は食えないのよ」
+++
異界の勇者との戦いは、互いに様子見の段階にあった。
走りながら、互いに電撃を放つ。光が点滅し、薄暗い室内を照らす。
「こうしていてもしょうがないな。決着をつける段階へと移行しようじゃないか」
勇者は、微笑みながら言う。
「いいねえ。どうやって決着をつける? ジャンケンか?」
「この世界のゲームだっけ。平和でいいね。けど、これはゲームじゃない」
勇者は、両手で剣を握った。
その瞬間、悪寒が恭司を襲った。
この相手には勝てない。さほど多くない戦闘経験だが、それでも察するに余りある実感だった。
勇者は跳躍した。
恭司は撫壁を構える。
スキルキャンセラーの攻撃以外は全てを防いできた恭司の切り札。
そして、白い剣が撫壁にぶつかる。
その一撃で、恭司は後ろへと吹っ飛んだ。
勇者が追撃する。剣の先端が大輝の頭部へと吸い寄せられるように進んでいく。
(電光石火!)
心の中で唱えて、恭司は電光石火を発動させた。
首をひねり、辛うじて剣を避ける。
そして、相手の後方へと目にも留まらぬ速さで移動した。
白い剣が振り向きざまに振られる。
腕は断たれる。けど、こちらは相手の心臓を貫ける。
そう思い、恭司は黒剣を前に突き出した。
思ったよりも速く、相手の剣は動いた。
それは、恭司の右腕を完全に断っていた。
利き腕の喪失。それは想像を絶するショックとなって恭司を襲った。
しかし呆けている場合ではない。退かなければ、もう片方の手も断たれる。
恭司は自身の右腕を拾い、後方へと跳躍する。
そして、服を破って止血を行う。
「さて、攻撃手段がなくなったな」
勇者は、軽く剣を振って刀身から血を飛ばすと、言う。
恭司はしばし考え込んでいたが、そのうち呟いた。
「この戦いが終わったら、俺は結婚するんだ。健気な奥さんに元気な子供。それはきっと、幸せな生活になるだろう」
「ふむ」
「こんなところで立ち止まっていられないんだよ。俺はよ!」
そう言って、恭司は撫壁を消して、左手で黒剣を握った。
撫壁は左腕にくくりつけるように再構成される。
勇者は、寂しげにそれを見ていた。
「無情だね」
やりきれない、と言いたげな口調だった。
「そういうことを言う奴から、戦場で死んでいく。だから、俺は仲間を捨てた。一人で戦えるようになった」
「ほざけ!」
恭司は飛んだ。
電光石火時のスピードは相手より僅かに上。
撹乱からの一撃は可能だ。
そう思い、相手の側面に回った時、拳が恭司の顔に叩き込まれた。
「面白い手品だった」
勇者は言う。
「そろそろ、本気を出させてもらう」
恭司は背後に飛ぶ。
心臓が強く脈打っている。嫌な予感がする。気圧されている。ソウルキャッチャーでもスキルキャンセラーでもない一人のただの人間に。
勇者の目が、赤い光を放っていた。
+++
「これ、スキルキャンセルで消していってもらえばよかったのでは?」
勇気が、ドラゴンの腹に刀を通そうとして、その硬さに弾き返された。
「いや、こいつは自身の肉体を持っている。今までの魔力で構成されていた紛い物とは別物だ」
「正真正銘のドラゴン、か」
ドラゴンが火球を吐く。
それを、セレナの炎が吸収し、逆に相手の頭部を狙う。
しかし、ダメージは一つもない。
ドラゴンは大きく咆哮した。
勇気に断たれた片腕が再生し、その両手の中央に魔力が溜まり始める。
「おい、これ……」
相馬が強張った声で言う。
セレナは、目を見張って言っていた。
「エレメンタルカラーズ……!」
光が放たれる。相馬は二人を抱き上げて空を飛んだ。
光は後を追ってくる。しかし、不器用なのか動きはそれほど速くない。
「相馬さん、下ろして。私ならあれぐらいは避けられる」
そう、勇気が言う。
相馬は、素直に勇気の手を離す。
「さて、最強の矛に最強の盾か。厄介なことになってきたな」
「恭司さんみたいだね」
セレナの言葉に、相馬は苦笑した。
「あいつは今頃上層に行ってるんだろうな。援護に来てくれないかな」
「通信機で話してみる?」
「いや、自分のケツは、自分で拭くさ」
そう言って、相馬は銃の弾を全て取り出すと、口に咥えた弾を落とした。
「トルネードブリッド。こいつが効けば、勝機はある」
効かなければ?
そんな言葉を、セレナは飲み込んだ。
第六話 完
次回『大輝対ミカ』




