そんなに似ていますか? 奥様に
河川敷にシートを敷いて、首都八剣第一席と私こと巴はピクニックをしていた。
「さ、はよう弁当を」
第一席は待ちきれぬとばかりに言う。
「逃げませんよ、弁当は」
私は苦笑しながら弁当箱を開く。
「年寄り向けのメニューじゃのう」
不服とばかりに第一席は言う。
「ご自愛くださいませ」
私はどこ吹く風だ。
第一席がおにぎりを食べ始めた。
その横顔を、私は微笑ましい気持ちで見ている。
「そんなに似ていますか」
「ん?」
第一席が、真顔になる。
「私が、亡くなった奥様と」
「誰が言った」
第一席は前のめりになる。
「第二席が」
「瀬田か。余計なことを言う」
第一席は、憤慨したように言う。
瀬田涼花。首都八剣の第二席だ。
歳はもう、七十を超えている。
「あの人も首都八剣を抜けたいと言い出して長いようですね」
「十年、言っておる」
「聞き入れてあげてはいかがですか?」
第一席は、しばらく私を見つめた後、溜め息を吐いた。
「瀬田め、そのための密告か」
「まあ、そうなんでしょうね」
私は苦笑するしかない。
「今ワシと瀬田が抜けたら混乱が起こるよ。第三席は実力は十分だが後ろ盾がない。ワシらは引退後の混乱を小さくする努力をしなくてはならない」
「頂点に立つというのも大変なものですね」
「偉くなるほど責任がつきまとうんだ」
「はい」
私は苦笑交じりにそう言って、水筒を取り出すと、お茶をコップに注いだ。
コップからは湯気が出ていた。
第一席はそれを受け取り、少量すする。
「うん、美味い」
「と言ってもおにぎりとお茶ですからね。おかずも食べてくださいよ」
「ん、そうだな」
そう言って第一席はおかずに割り箸を伸ばす。
一口食べた後、切られたレンコンを大きな口で一気に食べた。
「気に入ってもらえたようでなにより」
私は微笑んで言う。
「うん。ぬしはよい嫁になるだろうな」
「今の仕事をやめないと無理ですよ」
「やめてしまえばどうだ」
私は自分でもわかるほど間が抜けた表情になった。
「そんなに似ていますか? 奥様に」
「彼女もスキルキャンセラーの家系だった」
第一席は弁当のおかずを嚥下して言った。
「どこかで血が混ざっているのだろうな」
そう言って、遠くを見る。
「せっかくの休日に老人の相手をさせて悪かったな」
第一席は、心底申し訳無さげに言う。
「いえ、気分転換になりましたよ」
「最後に……ワシを名前で……」
「名前?」
第一席は、しばらく考え込んだ後、空になった弁当箱を閉じた。
「いや、なんでもない。釣り道具でも持って来れば良かったな」
「私あのうにょうにょの虫苦手なんですよね」
「ルアーフィッシングというのもある」
「状況に応じて使い分けなければならないから知識が必要でしょう」
「尤もだな」
第一席はしばらく河の流れを見ていたが、そのうち立ち上がる。
「河岸を変えよう」
「付き合いますよ」
「普段休日は外出しておるか?」
「うーん、食材の購入ぐらいですね。それも腐らすこと多いんですけど」
「大皿に山盛りのかき氷を食べたことはあるかな」
「ないですね。けど、季節じゃないです」
「……それもそうじゃな」
なにが楽しいのか、上機嫌に第一席は微笑んだ。
老人と女性は、二人で昼の街を歩く。
近い未来の襲撃を心の何処かで思いながら。
第一話 完
次回『楓組、東京に到着』




