セレナと翠
翠が皿を洗っている音が部屋の中に響いている。
私は、内心拍子抜けしていた。
私達がやっていたことが露見して、翠が怒り狂うものだと思っていたからだ。
いつも通りの何事もない日常が流れている。
翠は皿を洗い終えると、私の向かいに座った。
そして、黙って私の顔を見る。
「なに?」
「色々、聞いてないことがあると思うんだけど」
重い沈黙が場に漂った。
「私は、正しいことをしている」
精一杯の反論だった。
「アーティファクトを手に入れているそうね」
私は喉が詰まったように声が出なくなる。
「それを駆使してクリエイター狩りをしている。正義のヒーローにでもなったつもりなのかしら」
「お母さんだって、普通に生きる気はないじゃない」
「その分、あなたには普通に生きてほしいのよ。ミカが敵の援護にやってきた時、私がいなかったらどうなっていたことか」
私は黙り込む。
翠にとって、私達のやっていることは子供の火遊びなのだろう。
「まあ」
そう言って、翠は言葉を切る。
そして、再び話し始めた。
「私もあなた達の護衛を任された。実戦で経験を積むのは悪いことじゃない。残念ながら、叱れないわね」
私は言葉が見つからなかった。
それ以前に、どうすればよいかわからなかった。
謝ればいいのか。
感謝すればいいのか。
拗ねればいいのか。
答えが見つからないまま、翠は自室へと帰っていった。
後には、私一人が残された。
+++
「よし、楓さんの公認も出たし、今日もやるか」
夜の街に子供達が集まる。
この中で一線級で通用するとしたら、アーティファクトの加護を受けている私か、勇気だろうと思う。
首都八剣第八席という肩書だけではない。
今の勇気には、風格があった。
「こっちだと思う」
そう言って、勇気は歩いて行く。
「勇気の探知能力は異常だな」
慎一郎が感心したように言う。
「修練で身につくスキルだよ。慎一郎も努力すれば身につく」
「今度習おうかね」
慎一郎は大真面目に言う。
「この面子で集まるのもなれてきたね」
右京が楽しげに言う。
「そうだね。正直、結構楽しい」
そう返したのは小豆だ。
子供の遠足気分。それでいいのだろうか。そんな疑問が私の中に湧く。
そして、一行は公園に足を踏み入れた。
公園の中央で、クリエイターがなにかを唱えている。
それは異国、または異世界の言葉で、日本のものではないように聞こえた。
クリエイターが顔を上げた。どういう手品か、昨日斬られた手足も元に戻っている。
「来たな、糞ガキども。今日がお前らの最後の時だ」
「口だけは達者ね」
小豆が滑稽がるように言う。
クリエイターは憎悪に顔を歪めた。
私は、濃厚な魔素の気配を察知して、黙っていた。
勇気も同じらしい。
「今日こそお前にトドメを刺して、平和な日常を取り返してみせる」
そう言って、慎一郎は剣を鞘から抜く。
「できるかな、ヒーロー」
そう言って微笑むと、クリエイターは片手を上げた。
その瞬間、周囲の気温が五度は下がった。
月明かりを受けてそれは煌めく。
屋根より高い巨大な氷の人形が、そこにはできあがっていた。
「ははははは、私の最高傑作だ」
クリエイターの声が、闇夜に響いていた。
第七話 完
次回『氷の人形』




